第二話 愉快な仲間たち



 片っ端から声をかけては謝るという、無謀な行動を何十回と繰り返したが特になにも得られず、疲れ果ててその場にしゃがみ込む。


 最初に声をかけたのっぺら坊が一番まともだと思ってしまうほど、普通の"人間ひと"がいないなんてどういう悪ふざけなのだろう。


 行き交うコスプレイヤーたちは、それぞれ妖怪になりきっていて、声をかけてみるもまともな会話ができそうになかった。


 もう家に帰りたい、と呟いたそんな時だった。


 コスプレイヤーたちで賑わう大通りを、綺麗な長い黒髪を揺らしながら歩く、白と赤の椿の花が咲いた黒い羽織を纏った細身の少女の後ろ姿が、視界に飛び込んできた。誰とも知らないその少女は、今の平良にとって最後の希望だった!


「ま、待って····っ」


 迷わず声をかけようと少女の後ろ姿を追った。あと一歩、手を伸ばして数センチというところで、なにかに足を取られて大きく躓き、そのまま飛び込むような格好で少女の方へと倒れ込んでしまう。


 伸ばしたその手が助けを求めるかのようになにかを掴んだ、その瞬間――――。


「は?」

「あ、」


 ビリビリという嫌な音がしたのも束の間、平良は拳を握りしめたまま、うつ伏せで地べたに這いつくばっていた。


「······あいたたた、って······あれ?」


 思いの外ダメージは少ない。おかげで今の状況を冷静に把握することができた。倒れる寸前に右手で思わず掴んでしまった"あるもの"の正体を知る。ゆっくりと目の前の少女を見上げれば、冷ややかな視線がこちらに向けられていた。


 少女は右眼に黒い眼帯をしており、左眼は濃い紫みのある青色をしていた。よく見なくても纏っている黒い羽織の左袖が綺麗に破けていて、中の白い着物の袖が露わになっている。袖の半分が平良の右手に握られているこの状況では、犯人はお前だ! と全員に指をさされることだろう。


「この俺の袖を掴むとは良い度胸だな······、」


 その声は少女にしては低く、少年にしては少し高かったが、今はそんなことに気付く余裕もなく。顔を上げてその場に正座をし、地面に額を付けて「本当にごめんなさい!」と、ひたすら謝り続けた。


「羽織は俺が責任をもって直します! 俺にできることならなんでもします! こう見えて家事全般得意なんで、好きなものがあったらなんでも作りますし、掃除も喜んでやります!」

「言ったな?」


 眼帯の少女は、その綺麗な顔にものすごく怖い笑みを浮かべて平良を見下ろして来た。


 なんだろう、嫌な予感しかしない。


「ここでは目立つ。さっさと立って、ついて来い」


 ざわざわと他のコスプレイヤーたちがこちらに注目し始めていて、それを気にしたのか、そのまま踵を返した眼帯少女が小声で呟き視線だけこちらに向けてきた。平良は袖の半分を握り締め、なんとか立ち上がる。制服が土で汚れていたが、置いていかれる方が嫌なのでそのまま駆けた。


 少女は思っていた以上に細身で、背も平良の肩くらいまでしかない。色白で睫毛も長く、見れば見るほど綺麗な子だった。


「お前、変なやつだな」

「え? ええっと、どういう?」

「······まあ、いい」


 意味深な言葉を呟いておいて、その答えは与えられないまま。少女に連れられるかたちでその後を黙ってついて行く。二階建ての古い建物が並ぶ大通りから急に狭い裏道に入り、どんどん薄暗い路を選んで歩いて行く少女に対して不安を覚える。


(あれ? これ、本当についていって大丈夫なやつ····だよな?)


 そうは言っても土地勘のない、ただの高校生である平良は文句を言う筋合いもない。大通りの賑わう声がどんどん遠のいていき、やがて生活音すら聞こえなくなる。代わりに淡い橙色の光がぽつぽつと目に入って来て、雰囲気が変わった気がした。


 軒に吊るされた赤い金魚の形をした大きな提燈が並んでいて、ぜんぶ微妙に表情や模様が違った。その先に古くも風情のある立派な二階建ての店が見える。裏長屋の中では目立つ造りで、上の方には年季の入った看板も掛けられていた。


「はなかがみ堂?」

華鏡かきょう堂だ」


 少女は冷たい視線をこちらに向けて言い直す。濃い紫みのある青色の左眼に橙色の灯りが映り込んで、またなんとも言えない色を浮かべていた。少女は平良よりも年下にも見えるが、同じくらいと言われても違和感はない。


「おかえりなさい、弥勒みろく様」


 視線を戻した途端、今まで誰もいなかった場所にひとりの少女が現れる。見た目は十二歳くらいの可愛らしい少女。肩まである青銀髪。その右側に付けられた蝶の髪飾りが特徴的だった。


 物憂ものうげな表情とは正反対の、金色の大きな瞳。赤い紐飾りが付いた白い異国風の上衣。黒い帯には金の装飾が付いており、下は膝丈の白いスカート状の衣裳を纏っていて、足首が隠れるくらいの茶色いブーツを履いていた。


 まるでスマホゲームの中から飛び出てきたかのような不思議系和風美少女の登場に、平良はもうこれ以上驚くまいと心に決めた。


しき、お前が待望していた給仕だ。家事ならなんでもできるらしい」

「······このひとが?」


 物憂げな表情が一変、怪訝そうな顔に変わる。まるで汚いものでも見るような眼でこちらをじっと見つめてくる少女に、苦笑いを浮かべるしかない。


「弥勒様、その袖······、」

「その代償にタダ・・で給仕をしてくれるそうだ」


 識、と呼ばれた少女は、主らしき弥勒という名の少女の破けた左袖と、平良が握りしめたままの袖の切れ端を交互に眺めて、あからさまにむっとした表情になる。それに気付いた弥勒が識の頭に手をのせてぽんぽんと軽く弾ませた。


「気にするな。本人が繕って直すと言っている」


 頬を膨らませてなにか言いたげに平良を見上げる眼は、羽織を台無しにした者を責め立てているようにも見えた。


「お前、名は?」

「あ、えっと、鷹羽平良たかば たいらっていいます」

「平良。お前はここがどこで、自分がどういう状況かわかっていないだろう? 中でゆっくり教えてやるから、心して聞くんだな」


 弥勒のどこか真剣な口調に、平良は呆然と立ち尽くすしかない。なんとなく。なんとなくだが、ものすごく嫌な予感はずっとしていたのだ。


 まさか、そんなことあるわけないよな······と笑って誤魔化す余裕はもはやない。周りにいるのは人外か、見た目はちゃんと人間だが絵に描いたような美少女がふたり。どう考えてもおかしな状況だった。


「あ、梓朗しろうおかえり。その子は······うーん、色々と残念な子だね。慰めの言葉が見つからないよ」


 がらっと音を立てて「華鏡堂」の扉が半分開く。その隙間から、二十代前半くらいの青年が顔を見せるなり、「ご愁傷様」と平良に告げた。


 新たに現れたその青年は、背中までの長さの灰色の髪の毛を赤い髪紐で括っていて、黒い上衣黒い袴を纏っていた。十人いたら九人が優しそうという印象を受けるだろう、2.5次元俳優並みのかっこいいお兄さんだった。



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