第10話 約束

「君これからどうするの?」


 クラウがチェーロに問う。

 

「どうするもなにもないですよ。俺は聖女という存在になったんです。だったらその役割を果たしてみせますよ。それ以外のことは好きにしますけどね」

「変わらないね。自己犠牲する気がないならいいけどさ」

 

 チェーロがクラウを変わらないと思っているのと同じで彼もチェーロは変わらないと思っていたのだ。

 姿が変わろうとも心は変わらない。

 

(自己犠牲、か。確かに俺は自分のことは二の次だ。でも、それはみんなに笑っていてほしいからで別に苦痛だと思ったことはない。まあ、始末書の量は減らしてほしかったのだが)


 自己犠牲をしていた自覚はない。しかし、自分を二の次にしていた自覚はある。

 みんなに、組の仲間に笑っていてほしかったから。自分のしたいことに巻き込んでしまったからせめて、笑っていてと願ってやまなかった。

 仲間が抗争で暴れすぎて始末書の量が増えることは嫌だったようなのだが。


「俺はそういうことはしませんよ。それにあなたも俺が自分を犠牲にしていたら心配するでしょう?なんて、冗談ですけど」


 人の心配なんてあまりしてこなかった人が自分のことを心配してくれるはずがないとチェーロは冗談だと付け足す。

 しかしクラウから発せられたのは予想外の言葉だった。


「心配するに決まってるでしょ。君自分が最後倒れた原因分かってないわけ?過労だよ過労。それなのにまた忙しくさせるわけにはいかないからね。まあ、過労に関しては僕も悪いと思ってるけど......」


 クラウはチェーロを心配すると言ったのだ。

 それに、謝罪もした。チェーロはそれに驚き目をパチパチとさせた。

 信じられないといった様子である。


(あの人が、謝った?!は?え、始末書増やしても本部を壊しても謝らなかったあの人が?!なんだろなんか心境の変化でもあったのかな。まあ、俺としては違和感があるのだけどね)


「なに驚いてるわけ?」

「いやだってあなたが俺のことを心配するとか言ってくるんですもん。予想していなかったこと言われたら驚きもするでしょう?!」

「僕をそんな薄情者だと思っていた君に驚いてるよ」


 クラウが頬を膨らませてそう言った。

 態度には出さないだけでいつもそばにいた。自由気ままですぐにどこかに行ってしまうというのに組から離れようとしなかった。その理由が空だというのに彼は全く気づいていなかった。

 強い人と戦えるから一緒にいてくれるのだと空は思っていたのだ。

 

「薄情者というか、自由な方だなとはずっと思ってましたよ」

「きみも結構自由だったけどね。あ、そうだ僕のことは今後クラウって呼ぶこと。それ以外で呼んだら罰としてその都度決闘してもらうから」

「ひっ、気をつけます!って、クラウは私より歳上なんですから手加減してくださいよね!!」

「あれ君、一人称変えたの?」


 チェーロは今まで俺と言っていたのに急に私と言った。 

 王と話すときなどは私と言っていたのだが。


「あーそうですね。癖にしておかないとどこかでボロが出そうなので......」

「別に気にしないからいいけどね。君がどんな姿になろうとどんな喋りをしようと、どんな判断をしようと、君の根っこの部分は変わらないって知ってるから」


 クラウはチェーロを肯定する。

 彼女が変わらないことを知っている。どうなろうと自分がそばにいたいと思った人に変わりはない。

 だから、彼は微笑む。また会えたことへの喜びを隠すことができない。


(こうして俺のことを......私のことを肯定してくれていること、笑っていること、それら全てが自分にとってなにより嬉しいことだ。また会えて本当に良かった)


「ねえ、クラウ。また一緒にいてくれますか?」

「今更聞くことじゃないでしょ」

「ふふっ、そうでしたね」


 言葉にはしない。

 けれど分かっている。だから、もう聞かない。

 それでいいと彼女は思い微笑んだ。

 

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