地下二階のシンデレラ
@tankatatnaka
序章
夢の始まり
「これが世間に出たら大変だと思うんですよね。あなたは結婚していらっしゃいますし、これを知ったら奥様はさぞ悲しまれるんじゃないでしょうか」
そんな男に、
親身になるかのような口ぶりだが、思いやりよりも緊張が強い。どこか地に足がつかない様子で落ち着きがない。
「……何が言いたい? はっきり言ったらどうだ」
視線を落としたままの黙っていた男――
「え、いやね、別にどうってわけじゃないんですけど、ただ俺は心配だなーって。ほ、ほら、あなたは有名な方だから、色々と面倒なことになるんじゃないかなーと」
自分の年齢の倍はある加賀の威圧感に、橘はわかりやすく動揺していた。権威に弱い小心者の性格が、早口な姿に表れている。
本来であれば橘と加賀は二人で会うような関係ではない。そもそも知り合いですらない。そんな二人がこうして話しているのには理由があった。
きっかけは一つの偶然からだった。
加賀の不倫現場を目撃したことで全ては始まった。
橘がバイトを終えて夜の繁華街を歩いていると、加賀が女と抱き合い口づけを交わす場面に遭遇した。
加賀は一昔前に注目を浴びた音楽プロデューサーだ。今となっては過去の人として取り扱われることも多いが、当時はテレビにも出るほどの活躍ぶりだった。だから橘は加賀の顔を認知していた。加賀の妻が元タレントであることも知っていたので、
後日橘はSNSを通じてコンタクトをとった。通常であれば無関係な一般人からのメッセージなど取り合わないが、そこに自身の
不倫が咎められる行為であることは論ずるまでもないことだが、他人を盗撮して脅迫まがいの行為も咎められるべき行為だ。
橘自身それは理解しており、罪悪感を抱えながらこの場にやって来ていた。それでもこうして行動を起こしたのには彼なりの理由があった。
橘は今年で27歳のフリーターだ。高校卒業後、定職に就かず色々なものに手を出した。ネットビジネスや投資、起業など、儲かりそうな臭いがする方向に飛びついていった。しかしどれもこれも上手くいかず、借金だけを抱える結果で終わった。
自分は特別だ、自分は何者かになれる、そんな淡い理想を抱いていたが、現実はそれを拒んだ。自分は特別でもなんでもなく、ただの
無力感に
そんな時にたまたま目撃した元有名プロデューサーのスキャンダル。これをきっかけに再起できるのでは、と誤った期待に後押しされながら橘は加賀を呼び出した。
理由というにはお粗末な話だが、失うものの無い橘には覚悟があった。
「……金か? いくら欲しい?」
意を決したかのように加賀が尋ねた。
声からは
「いえいえ! 違いますよ! それだと恐喝じゃないですか!」
「じゃあなんだ? はっきりと言いなさい」
「曲を作っていただけたらなーと」
「は?」
加賀は驚きの声を上げた。
恐らく金銭を要求されると思っていたのだろう。その証拠に、加賀のポケットには起動したボイスレコーダーが入っていた。恐喝の
「はい。厚かましいことは承知していますが、天才音楽プロデューサー加賀文明さんの才能の結晶をいただきたくて」
「お前は何を言っているんだ? 本気か?」
「はい!」
威勢の良いことを言いながら即答する橘に対し動揺する加賀。それもそのはず
「俺の専門は女性アイドル曲だぞ」
そう。加賀が
加賀の動揺をよそに、橘は自信満々の表情で返す。
「もちろん存じ上げています! 俺、アイドルグループを作ろうと思うんです!」
ここから全ては始まる。
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