第18話 パンに合うスープはなんでしょう?

 学校からの帰り道。食材を買おうと貴族街を出て街を歩く。

 ちなみに普通は子供一人で貴族街の外を歩くのは危険だ。

 貴族街は高い塀に囲まれていて、入るには検問を通る必要があるからとても治安がいい。だけど街は違う。悪いことを企んでいる奴はたくさんいる。

 でも使い魔を連れ制服を着ているのは魔法が使える証。そもそも悪漢を退けるだけの能力が無ければ一人で歩くなんてことはしないので、子供を狙う犯罪者も手を出してこない。フワリンなら誰でもパクっとやっちゃうからね。

 

 市場にたどり着くと、フワリンが「へぷっ」と鳴いて目当ての食材を探す。私はすべてフワリンにまかせてついてゆくだけだ。

 この日フワリンが目をつけたのは牛乳だった。

 ジュリー先生の実家が酪農をやっているので、バターとチーズは家にたくさんあるのだが、牛乳は日持ちしないので先生の実家も王都の店まで卸さない。王都内で乳牛を飼育している店で買うしかないのだ。

 ちょっと高いけど、今は父がくれたお金がいっぱいある。「へぷー!」と鳴くフワリンの望み通り、大きな瓶二つ分、いっぱいに牛乳を入れもらった。

 その他の食材も買うと、私はガラスを加工している店にフワリンを連れて行く。

 

「フワリン、家にもう保存容器が少ないからいっぱい買っちゃおう!」

 

 いつでも料理を食べられるよう作りだめしているので、保存容器は必須だ。大小さまざまな瓶を購入する。その後は陶器を売っている店に行ってまた同じように壺を買ってゆく。これでたくさん料理を保管しておける。

 買い物をしているうちに陽が落ちてきたので、フワリンと競争しながら家に帰った。

 

「お帰りなさいませ、クリスタお嬢様。遅いので心配しておりました」

 

 私は学校でパンをたくさん食べたので、夕食はいらない。台所で先生のための夕食をフワリンに出してもらって、私は先生に今日の出来事を話した。

 先生は食べながら私の話を聞いてくれる。「お友達が増えてよかったですね」と一緒に喜んでくれる先生には感謝しかない。きっと先生が色々教えてくれなかったら、こんなに楽しい毎日を過ごせていないだろう。

 

 先生が夕食を食べ終わると、「へっぷー」とフワリンが鳴く。「料理の時間だ」と言っている。今日はどんな料理を作るのか、とても楽しみである。

 フワリンは牛乳の入った瓶を一つ取り出すと、蓋を開けるように言う。開けてやると、フワリンは口を開けて、なにやら白い液体を出した。多分菌類生成だ。

 そしてフワリンは満足そうに笑って瓶を口の中に戻す。今までのことを思い返すと、菌類生成を使った後は必ず放置していた。菌類がなにかはよくわからないけど、それが食材を時間をかけておいしくしてくれているんだと思う。

 

 フワリンはもう一つの牛乳瓶を取り出した。そして私に映像をみせた。その通りに玉ねぎとにんじん、ジャガイモと鶏肉を切る。そして切った食材すべてフライパンで炒めると、水を入れて煮込む。

 その間に別のフライパンで、バターに小麦粉を混ぜながら炒める。それに少しずつ牛乳をくわえながら混ぜると、とろとろとした液体になった。それに削ったチーズを加え、塩と荒めに粉にした胡椒をいれる。

 牛乳を使った料理なんて不思議だ。牛乳は飲み物というイメージしかない。

 

 野菜を煮込んでいた鍋に、先ほど作った牛乳のとろとろスープを入れるとまた煮込む。「へっぷー」とフワリンが「クリームシチュー」という料理だと教えてくれる。

 おいしそうだから味見しようかなとスプーンを取り出した瞬間。フワリンが鍋ごと飲み込んでしまった。

 

「えー! フワリン、味見は!」

 

 フワリンは台所を飛び回りながら「へっぷぷー」と鳴いている。「明日のお楽しみ」だって。

 私は頬を膨らませて抗議したが、フワリンはどこ吹く風で「明日の分のパンを焼け」と命令してくる。しょうがないので明日のためにたくさんパンを焼いた後、眠りについた。

 

 

 

 翌日、お昼に学校の温室に三人で集まる。私はクリームシチューが食べたくて食べたくて午前の授業に集中できなかった。

 私はすっかり忘れていたのだけど、フワリンが勝手に倉庫から持ってきたのだろう、口から木のテーブルと椅子を出して温室の真ん中に置いた。さすがフワリンだ。

 

「もー待ちきれない! 早く食べよう!」

 

 フワリンが口からたくさんのパンとクリームシチューの入った鍋を出す。そしてアレルゲン除去の魔法をかけた。そっか、クリームシチューにも小麦粉使ってたっけ。

 私は木の器に人数分のクリームシチューをよそう。

 

「僕も食べていいの?」

 

 遠慮するレヴィーに無理やりシチューを押し付ける。

 

「絶対おいしいから食べて! おいしいものはみんなで食べたらもっとおいしくなるんだよ!」

 

 フワリンが満足げに「へぷ、へっぷ」と鳴く。「わかってるじゃねーか」と伝わってきた。

 キャンディはもとより昼食を持ってきていない。水アメと交換で昼食を用意する約束をしたからだ。

 三人で食前の祈りを捧げると、早速パンをちぎってクリームシチューにつける。

 

「いただきます!」

 

 口に入れると、とろとろとしたクリームシチューがパンに絡みついているのがわかる。粘度が高いからか、スープにつけた時とは違い、パンの食感が残っていた。ふわふわの焼きたてパンの香ばしさに、濃厚な牛乳とバターの風味が舌に絡みつくように混ざり合っていて、食感も味も最高だ。

 ふわふわパンとクリームシチューは互いの味を高めあうために存在しているかのごとく、相性が抜群で食べる手が止まらない。

 途中大きく切った鶏肉をスプーンですくって口に入れると、鶏肉からにじみ出る油に牛乳のまろやかな味が混ざってとろけてしまいそうだった。

 時折牛乳の甘さを引き立てるように胡椒の辛みを感じて、それがさらにアクセントとなって食が進む。

 

「あー、おいしい!」

 

「僕、料理ってみんな塩辛いものだと思ってた。こんなに甘みが強くておいしいスープは初めてだよ!」

 

「すごい! どんな計算したらこんなスープを作れるの? 全部の食材が黄金比で組み合わさってる。ソレイル神がフワリンに与えたのは食の英知の魔法なんだね!」

 

 三人とも満足するまで、夢中でクリームシチューを食べた。

 お腹を押さえて幸せに浸っていると、フワリンが口から牛乳の入った瓶を取り出す。

 

「あれ? それって昨日のやつ?」

 

 フワリンが菌類生成を使った牛乳だ。フワリンに言われるがままお皿に入れると、なんだかとてもどろどろしていた。

 

「これ、食べられるの?」

 

 匂いを嗅ぐとすっぱいようなにおいがしたから、腐っているのではないかと疑った。「へぷへぷ!へーぷっぷ!」フワリンが「心外な!ヨーグルトだ!」と言っているから食べ物なのだろうけど、食べるのに勇気がいる。

 蜂蜜と水アメを混ぜてヨーグルトにかけると、スプーンですくって口に入れる。

 なんともいえない味がして、私たちは首を傾げた。

 

「すっぱいような、甘いような?」

 

「あたし、あんまり好きじゃないかも……」

 

 おいしいといえばおいしいのだけど、なんだか癖の強い味がした。キャンディは嫌いみたいで、顔をしかめている。

 フワリンは「へぷー!へぷー!」と鳴いて悔しそうに床に突っ伏した。「体にいいのに!」と言っている。

 しばらく大人しかったフワリンだが、やがて低く「へぷ」と鳴いて顔を上げた。「絶対おいしく食べされてやる」という強い意思が伝わってくる。その目の中に熱い炎を見た気がした。

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