第16話 アレルギーってなんでしょう?

「ショコラー! ショコラ! どこいったの」

 

 誰かを探しているような声をきいて、キャンディは納得したように呟いた。

 

「ああ、レヴィーの使い魔か」

 

 レヴィーという名前はクラスの自己紹介の時に聞いた気がする。確か小麦色の髪が綺麗な男の子だ。ノーム伯爵家の三男で、たしかにカピバラの使い魔を連れていた。

 

「おーい、こっちにいるよー!」

 

 キャンディが叫ぶと、レヴィーくんがこちらにやってきた。ふわふわの金髪に青い瞳はとても貴族らしい色だ。だけども穏やかそうで、私を見ても見下す様子がない。

 

「あれ、キャンディとフィストリアさん。……ああショコラ、またぶつかったんだね」

 

「ぶつかったの? だから気絶してるんだ」

 

「うん。ショコラの固有魔法は高速移動なんだけど、制御があんまりうまくないみたいで……」

 

 キャンディとレヴィーくんは面識があるのかもしれない。普通に会話している。私が静かに見ていると、レヴィーくんが気がついて話しかけてくれた。

 

「ああ、ごめんね。フィストリアさん。僕はレヴィー・ノーム。同じクラスです」

 

「クリスタ・フィストリアです。クリスタでいいです。敬語もいらない」

 

「じゃあ僕のこともレヴィーでいいよ。敬語もいらないから」

 

 レヴィーはとても物腰が柔らかくて、なんだかなごむ。癒し系ってやつかな。仲良くなれそうな気がする。

 

「そういえば、教室にお姉さんがきていたよ。クリスタと昼食を一緒にとる約束をしていたって言ってたけど……」

 

 私は顔をしかめる。姉が勝手に言っただけで約束なんてしていない。

 

「あー。……クリスタも大変だね」

 

 レヴィーは私の顔を見て苦笑いする。ほとんどの人が姉の味方をするだろうこの状況で、察してくれるのは嬉しい。

 ショコラを揺さぶって起こしたレヴィーは、「またね」と言って去っていく。

 

「レヴィーも外で昼食を食べてるのかな?」

 

 手にランチボックスのようなものを持っていたので軽い気持ちで言うと、キャンディが深刻そうな顔をする。

 

「レヴィーはね。小麦アレルギーなんだよ」

 

 私はキャンディの言うことがよく分からなくて首を傾げる。

 

「お隣のアール王国では最近広まってきた話なんだけど、特定の食材が体に合わなくて食べると拒絶反応が出る病気をアレルギーって言うの。レヴィーは小麦を食べると命にかかわるくらいの症状が出る。でもこの国じゃあんまり知られてないから、原因不明の奇病だってレヴィーのお母様がうちに助けを求めたの」

 

 そんな病気があるなんて初めて知った。小麦が食べられないなんて大変なことだ。それなら食堂で食事はできないだろう。主食であるパンには必ず小麦が使われているんだから。

 

「小麦さえ食べなければ大丈夫だけど、治療することはできないって言ったらさ、レヴィーのお父様、なんて言ったと思う? 小麦も食べられない出来損ないだって。最低だよね。それを人前で言ったから、レヴィーは暴言を吐かれたり、無理やり小麦を食べさせられようとしたり、ひどい嫌がらせにあったんだ。悪意のある噂って、すぐに広まるからさ」

 

 それはあまりにひどいと思った。フワリンも「へぷへぷ!」と怒っている。

 

「レヴィーのお母様と母方の祖父母はレヴィーのこと大切にしてるから、今では表立ってレヴィーを馬鹿にする人はいなくなったけどね。やっぱり人前で食事をとるのは抵抗があるんだと思う」

 

「そっか……。お米なら食べられるかな? 一人で食事は寂しいし、今度誘ってみてもいい?」

 

 私がそう言うと、キャンディは嬉しそうに笑った。

 

「クリスタならそう言ってくれると思ってた! 明日にでも誘っていいかな? 米料理パーティーしよう!」

 

 私たちは和気あいあいと話しながら教室に戻る。なにやらフワリンが、上に乗っているトットと話し合いのようなことをしていたが、仲良くなったのだろうと話の内容は気にしなかった。

 

「おい、出がらし」

 

 教室に戻るとウィズレッドくんが目の前に立ちはだかった。フワリンが口を開けようとしたので抑え込むと、無視を決め込む。だって私の名前、出がらしじゃないもの。

 しかし彼は私の反応はどうでもいいらしい、勝手に怒鳴りはじめる。

 

「お前アンネマリーを騙したな! 庶子ごときが聖女たるアンネマリーを騙すなんて、許されると思ってるのか!?」

 

「……騙してません。だって私は聖女様に名を名乗ったことはありますが、それ以外では一言も言葉を交わしていませんから」

 

「嘘をつけ! アンネマリーはお前と食事をとる約束をしたと言っていた」

 

「嘘ではありません。聖女様に聞いてみてください。私は『聖女様と昼食を共にする』とは言っていませんから」

 

 私はウィズレッドくんと目を合わせずに、事実だけを口にする。本当に私は、姉に名前を名乗っただけで、その後は一言も口を開いていない。姉が一方的に喋っていただけだ。私からしたら、約束したなんて嘘をついたのは姉の方だ。

 周囲からは私を軽蔑する声が聞こえる。事実を知らなくてもみんな姉の言うことだけを鵜吞みにして、私を攻撃する材料ができたと喜ぶのだろう。

 

「一つ聞きたいんだけど、なんで泣き虫くんが怒ってるの? 関係ないよね。これは聖女様とクリスタの問題でしょ? まったく無関係の人間が騒ぐことじゃないじゃん」

 

 キャンディが不愉快そうにウィズレッドくんに言う。多分キャンディは思ったことをそのまま言っているだけなのだろうけど、火に油を注いでいるだけのような気がする。

  

「アンネマリーと俺は無関係じゃない!」

 

 まあ一応いとこ同士だから近しい関係ではある。ただこの件には無関係だろうと思う。

 キャンディはそれを聞いて鬼の首をとったように笑った。

 

「あー、そっか。泣き虫くん。聖女様のことが好きなんだぁ! だから聖女様の気をひきたかったんだね! でもかわいそー! 聖女様には王族の婚約者がいるもんねー!」

 

 キャンディの煽りスキルが高すぎる。ウィズレッドくんはうつむいて、こぶしを握りしめて震えている。

 周囲も「あーそうなんだ」という目でウィズレッドくんを見る。

 なんだか彼のことがとてもかわいそうに思えてきた。

 

「そんなわけないだろう! ふざけるな!」

 

 ウィズレッドくんは顔を真っ赤にして涙目で叫んだ。そしてまた脱兎のごとく教室から出ていく。午後も授業があるんだけど、戻ってくるかな。

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