第9話 悪魔の娯楽場

 気がついたときには、俺は地べたに倒れ込んでいた。あのまま身体が叩きつけられるものかと思っていたが、なぜだか無事だ。


 うめきながら起き上がり、辺りを観察した。洞穴。岩盤を削って作られているようだ。というか、俺たちはおそらく岩盤の中の空間にいるのだろう──


 大した広さではない──壁に設置してあるロウソクで、灯りは事足りていた。辺りに漂っているのは、ホコリやけむりの匂い、それに寒気だ。


 部屋の片隅には一つの横穴があって、その縁にライがもたれていた。相変わらず憎たらしいにやけ顔だ。


「しばらく使われてなかったからな、快適な部屋じゃなくなってらあ」


 天井を見上げて、彼はぼそりと呟く。


「ここはなんなんだよ?」


「娯楽場さ。上位の悪魔が集まって話をしたり、菓子を食う。ときには殴り合ったりもするぜ──いや、実際はそればっかりだな」


 俺は不安になりつつも、彼に言われるがまま横穴から出ていった。


 暗い横穴をしばらく進んでいくと、広々とした通路に出た。幅は十メートル程で小さな横穴がいくつも掘られており、半円状の天井には等間隔に電球が取り付けてある。


 細長い空間を通り過ぎるうち、ふと疑問に思った──人間のいない、退化し、荒れ果てたこの世界に、どうして電気などあるのだろう? そもそも紙やベッドだってそうだ。悪魔にこんなものが作れるはずはないじゃないか。何か末恐ろしい秘密があるのではないか──そう考えてしまい、鳥肌が立った。


 恐る恐る、ライに尋ねた。すると、予想外の、非常に衝撃的な答えが返ってきた。


「人間が作ってるのさ」


「それって、人間が、俺以外にもいるってことか……?」


 ライはいぶかしげに俺を見て、言い放った。


「ああ、ざっと数十万」





 ライに連れられるがまま、俺は地下空間の奥へ進んでいった。通路を過ぎ去ると、ドーム状の広場に出た。先ほどのものよりもずっと大きい洞穴だ。

 

 煙、それに生々しい腐敗の匂いが鼻をつき、悪魔たちの笑い声が反響する。瓶入りの酒や菓子を手に騒いでいるのは、皆、上位悪魔だ。一人一人が俺同様の、あるいはさらに強力な魔術を扱えるのだ──


 このいかにも楽しげな景色、特にあちこちで揺れるオレンジ色の光を見ると、複雑な想いが沸いてくる。俺と同じ、人間の作った電球、酒、菓子だ──この荒廃した星に、数十万の人間が生きているとライは言った。魔王カルという恐ろしい人物によって、特別な魔術で保護されているそうだ。


 背筋が冷える。俺以外の人間がいるというのは、紛れもない朗報だ。が、それが一人の男の気まぐれで存続しているとなると、やはり手放しには喜べない。


「ライじゃないか!」


 一人の屈強な悪魔が、彼に話しかけた。頭頂部に立派な角が生えていて、黒いマントを羽織っている。


「よう。連れを紹介するぜ。こいつぁジェイク、ニコラスのお気に入りさ!」


 辺りにどっと歓声が沸いた。どうやら、ここではライは大物らしい。大勢に視線を向けられて、どうにも落ち着かない。けれどにこやかな悪魔に囲まれていくうち、だんだんと気が解けて、俺はいつのまにか満面の笑みを浮かべてしまっていた。


 ライが肩を叩く。


「ほら、ご自慢の雷をみせてくれよ!」


 とたんに、悪魔たちが、俺を値踏みするような目つきで見た。相変わらずの熱気だが、誰も彼も意地の悪い、にたっとした人相に変わっていた。新人の実力を確認してやろう、というわけだ。


 望み通り、俺は深く息を吸って掌に魔力を集めた。そして、挑戦するような顔をして、煽り文句を叫んでみせた。


「こんなぎゅうぎゅう詰めな所で、やっていいのか? みんな揃って灰になっちまうかもしれないぞ!」


 一瞬、沈黙が走った。とっさに、とんでもない失言をしてしまったのではないかと、不安になった。まずい。憤って、襲い掛かってきたりでもしたら、てんで敵わないぞ……


 幸い、懸念することなどなかった。すぐに再び笑い声が飛び交い、気に入ったとか、いい根性だとか、褒めたたえられた。しかし、未だバカにしているような表情だ。


「ようし、道を空けろ」


 ライがそう言うと、みんなこぞって俺から遠のいた。


 組んでいた両掌を離し、腕を後ろにそらせて──思い切り前方に突き出した。とたんに、すさまじいエネルギーが湧き出て、俺は後ろの壁に叩きつけられた。巨大な稲妻が、瞬く間に前方の壁を砕き、目視できないくらい遠くまで穴を開けた。穴の縁は溶岩のように溶けてしまっている。その様子を、俺も周りの連中も呆然と見ていた。


 よろよろと立ち上がり、悪魔たちを見た。皆、こっそりと防御魔法を発動していたらしく、おかげで誰も怪我はしていない。


「まさか、ここまでとはね……」


 ライは笑い飛ばそうとするが、他の連中は俺にかける言葉がないらしい。


「すげえよ、あんた! ほら皆の衆、何ボケっとしてるのさ。担げ、担げ!」


 悪魔たちは一瞬のためらいをみせ──わーっと歓声を上げた。俺に向かって列をなし、なだれ込んできた。抵抗できないほどの力でもみくちゃにされ、圧に苦しみながらも俺は苦笑いをこぼした。


 さらには、胴上げまでしてくれる始末だ。何人かが、なんだ、と機械の足に反応しつつも、四肢と胴を掴んで、雄たけびとともに、とてつもない力で俺を宙に放った。これがまた、不安定でスリル満点だった。

 

 横からその有様を見ていたライが、けらけらと笑いながら説明してくれた。


「実は、ここの壁には防御魔法が仕込まれてるんだけど、あんたの実力じゃ、それも意味をなさなかったみたいだな!」


 いさぎよく認めよう。この状況、とても気持ちがいい! 何だか、本当に自分が誇らしくなってきた! 正直、宇宙で暮らしていたときよりも、幸せかもしれない。だが、母や無残に殺された船員たちの事を考えると、どうしても、この世界に適応してしまう自分が受け入れられないのだ。


 が、何回も宙に投げられるうちに酔いが回ってきて、それどころではなくなった!

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