2章 様々な初めて 2-1
週末、部活を終えて家に帰ると、駿は念入りにシャワーを浴びる。果奈との初めての“お出かけ”に、汗の匂いを残したくなかった。
張り切って準備を進めていると、それを不思議に感じた結が話しかけてくる。
「凄く生き生きしているように見えるけど、今日何かあるの?兄さん」
「結、ちょっと見て欲しいものがあるんだけど良い?」
「別に良いよ」
「今着ている服と持ってる服どっちが良い?」
「それを普通、妹に聞く?」
結が思いっきり呆れたような表情をしながら応えた。
「はぁ〜、だったら、美生姉さんに聞いた方が良いと思うよ」
「別に美生に聞くほどでも無いしな〜」
「もう、知らない!」
呆れが怒りへと変わり、不貞腐れながら結がその場を離れる。
迷いに迷ったがなんとか自分の服を選び、家を出て行き、待ち合わせの場所へと向かう。
到着すると、まだ14時半を少し過ぎたところだった。ちょっと早く着き過ぎてしまったけど、遅れるよりはマシか〜と思いつつ、待ち合わせ時間まで何しようかと考えながら辺りを見渡すと、知っている人影を見て驚く。
「果奈!?」
そこには白いバックリボンニットとスカートをちらつかせながら辺りを見渡す果奈の姿があった。今まで制服や体操着の姿しか見てこなかったから、凄く新鮮で、息をするのを一瞬忘れてしまう。
「駿!?何で居るの?」
「それはこっちのセリフだよ。待ち合わせ3時でしょ?」
「そうだけど、駿だったら待ち合わせ時間よりも早く来ると思ったし、それに…早く駿に会いたくて、つい早く来ちゃったの…」
果奈の最後の一言に嬉しさあまり、叫びそうになるが必死に堪えて果奈と向き合う。
「ありがとう、果奈が今日を楽しみにしていた事を知れて俺も嬉しい」
「・・・・」
果奈は言葉を返せず、一瞬、視線を泳がせる。その仕草でさえも、胸の奥で静かに響いていた。
2人はショッピングモールの方へと入り、最初に有名なカフェへ向かった。
カフェには女性客が多く、男性客は自分を合わせても、数人しか居ない事もあり、ここに居ても大丈夫なのかと感じ始める。
「この店は特にショートケーキが美味しいよ。でも、チーズケーキも侮れないんだよね。でもでも、季節限定ケーキも捨てがたいな〜」
「果奈ってほんと、スイーツ大好きなんだね」
果奈がスイーツを幸せそうに選ぶ様子を見て自然と、最初に抱いていた不安感が消えていった。
「あっごめん、私ってスイーツの事になるとつい…」
「謝る事無いよ。スイーツをオススメする時の果奈の幸せそうな表情は初めて見たし、…可愛かった。」
勇気を振り絞って言った言葉に果奈が頬を赤くして俯く。
最終的にショートケーキと紅茶を注文し、果奈は季節限定のケーキと紅茶を注文した。
注文したケーキが来ると、果奈はつかさずケーキの写真を撮る。
季節のケーキはメロンのケーキで、断面に透けて見えるメロンの果肉がまるで宝石みたいだったが、
それを見て目を輝かせる果奈の表情の方がケーキよりずっと眩しく見えた。
ショートケーキも立派な苺が上に載っているだけではなく、スポンジケーキとスポンジケーキの間にも苺がびっしりと詰まっており、ワクワクしながら口に運ぶ。
「うん、このショートケーキ、凄く美味しい」
「そう、満足してくれたみたいで良かった。私もいただきます」
自分がケーキを美味しそうに食べている様子を見てホッとした表情を浮かべた後、果奈もケーキを口にする。
「うん、美味しい〜」
果奈はケーキを口にした途端、天に登りそうなくらい幸せな表情をして、見ているこっちも幸せな気持ちになってくる。
「凄く美味しそうみたいだね」
「うん、メロンの風味と甘さが口いっぱいに広がって食べてるだけで幸せ」
凄く美味しそうなメロンのケーキと果奈の反応を見て一か八かの賭けにでる。
「あ、あのさ、果奈」
「何?」
「無理だったら無理で良いけど、ケーキ一口貰っても良い?」
「・・・・」
その質問に果奈は黙り込む。
「急に変な事言ってごめん」
そんな果奈を見て、反射的に謝ってしまう。
「良いよ…」
「え!?本当に?」
「うん…」
まさか本当にケーキを分けてもらえるとは思わず、口では言ったくせに、フォークを動かせずにいた。
「食べないの…駿?」
果奈が照れながら話す様子を見て、果奈の勇気を踏み滲まないようにする為にも、口にする事を決意する。
そして、まだ手がついてないケーキの端の方を取って無心になって口にする。
「ど、どう?」
「うん…凄く甘くて美味しかった」
そうは言ったが、実際は緊張のあまり、ケーキの味なんて分かる筈が無かった。
「ショートケーキも少し食べてみる?」
流石に自分だけ貰う訳にはいかないので、同じようにショートケーキを差し出す。
「うん…」
果奈も手がついてないケーキの端の方を取って口にする。
「美味しい…」
果奈はそう言っているが、メロンのケーキを食べた時よりも明らかに反応が薄いように感じた。
その後は互いに無言になって、ケーキを食べ進め、カフェを後にする。
カフェを離れた後も脳裏に先ほどの出来事を思い浮かべてしまい、果奈に話しかけられないでいた。
果奈も未だに頬を赤く染めており、自分と同じように、動揺しているみたいだった。
「駿…」
そんな事を思っていると、沈黙を破るように果奈が自分の名前を呼ぶ。
「!?どうしたの、早川さん?」
場の雰囲気と急に果奈から声をかけられた事で、反射的に早川さんと呼んでしまう。
「もう、果奈って呼んで言ってるでしょ」
果奈が頬を膨らませて、軽く怒る。
「ごめん、急に呼ばれてつい…」
「次、そう呼んだら帰るからね」
「次から絶対に気をつけます」
「絶対だからね」
「はい…」
そんなやりとりが終わると、果奈がクスクスと笑い始める。
それを見て、安心したせいか、果奈と同じように笑い出してしまう。
「ごめんね、駿とこういう会話をしていたら、さっきまであったモヤモヤが無くなって、つい笑っちゃった」
「俺もそんな果奈を見ていたら、安心して笑っちゃった」
間違えて早川さんと呼んだ事が結果的に果奈との間にあった重苦しい雰囲気を破るきっかけとなった。
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