第5話どうしてまだ行かないの(2)
「……枫さん、移動しないの ?」
俺は声を潜めて、思わず聞いてしまった。
「この列、枫さんだけ残ってるぞ」
口にした瞬間、後悔が押し寄せる。彼女を追い払うような言い方に聞こえた。
「移動しないわ !」
彼女の返答は短く、強硬で、疑いを挟む余地のない強さを帯びていた。
「私はここに座る !へん !」
「でも先生……あなたが動かなくていいとは……」
俺は慎重に提醒し、周りの空気が俺の言葉で一瞬で凍りつき、温度が急降下したように感じた。
沈黙は冷たい湖水のように二人の間に広がる。
しばらくして、楓汐里が再び口を開いた。声には、明らかに抑えられた不満の感情が込められていた。
「そんなに私と席が隣なのが嫌なの ?」
「え ? ! まさか、そんなわけないでしょ !!」
尻尾を踏まれた猫のように、俺は慌てて否定し、心臓が制御不能に狂い跳ね始めた。
「じゃあ、前の休み時間、席替えがあるって聞いたとき、あなた、飛び上がるほど喜んでたじゃない。それはどうして ?」
「あれは……ただ、そう思っただけで……」
俺はうつむき、指で無意識にページの端をいじりながら、
「あなたみたいな人が、私这样的人と隣り合わせになるべきじゃないから…」
「なぜ ?」
「だって……あなたは輝きすぎてるから……」
声はだんだん小さくなっていった。
「でも僕は……先生が言った通り、『陰キャ』だし……僕らは根本的に別世界の人間だ。僕が……君と君の友達が話すのを邪魔するだろう?君は、きっと仲のいい友達と隣の席になりたいはずだ」
俺はほとんど力を振り絞って、この自己卑下に満ちた言葉を言い終えた。
自分を塵芥にまで貶める。そうすることでしか、彼女の「不満」に合理的な説明をつけられないかのように。
しかし、彼女の反応は俺の予想を完全に裏切った。
「じゃあ、もし私がこう言ったら ?」
彼女はふと振り向いた。
その淡い青色の瞳がまっすぐに俺を見つめる。最深部の海域のように、致命的な吸引力を持ち、一瞬で俺を飲み込み、息もできないほどだった。
「あなたと隣の席でいたいって ?」
俺は固まってしまった。
頭の中は混乱している。この言葉は冗談なのか?憐れみの施しなのか ?それとも…他の何かなのか ?
まったく見分けがつかず、簡単には応えられない。
「……なぜ ?」
口から三文字が飛び出した。
「すぐにわかるから~」
彼女は軽い口調で言った。
巨大な惶恐と、ささやかで、あるべきではない密かな喜びが入り混じり、俺はどうしていいかわからなかった。
「そ、それじゃ…いいよ」
結局、俺はこの無力で生彩のない二語を絞り出すしかなかった。暗黙の了解のようであり、屈服のようでもあった。
「『いいよ』だけ…… ?」
彼女は鋭く俺の躊躇を捉え、探るような口調で言った。
「とても辛そうに聞こえるよ。自分を無理させているみたい~」
「違う!そうじゃない !」
感情が突然爆発し、俺は声を荒げてしまった。
彼女は明らかにこの突然の反応に驚き、小さな動物のように体をわずかに震わせた。
俺はすぐに自分の失態に気づき、慌てて口を押さえ、緊張してあたりを見回した。幸い、クラスメートたちは皆忙しくしていて、誰も俺たちに気づいていない。
深く息を吸い、冷静さを取り戻そうと必死になり、ほとんど二人だけに聞こえるような声で、胸の内を明かした。
「枫さんと隣の席でいられて、嬉しいよ !」
これは本当だ。巨大な現実感のなさとともに。
「でも……困ってもいる」
これも本当だ。喧騒に適応できない俺の本能からくるものだ。
楓汐里は静かに聞いていた。眉をわずかにひそめ、俺の言葉を真剣に考えているようだった。
彼女の指が無意識に机の上で円を描いている。この細かな動作が、なぜだか俺を緊張させた。
「困っている理由…私に話してくれる ?」
彼女の声は優しく、かすかに震えさえ帯びていた。何かを心配しているかのように。
「その……彼らが休み時間にいつもここに枫さんを訪ねてくるから……」
俺は勇気を振り絞り、最大の悩みの種を打ち明けた。
「僕がここにいると邪魔で、余計なものに感じる……それに、僕は実際騒がしいところがあまり好きじゃないから」
最後の一言が、最も深く埋もれた本心だった。
俺の説明を聞き終えると、彼女はほとんど即座に反応した。口調は断定的になっていた。
「後ろの一言が本当の理由でしょ ?わかったわ。彼らには話しておくね」
「 ? ? ?」
俺は固まってしまった。彼女が彼らに話す?何を ?
「あなたが心から私と隣の席でいたいなら、他は全部問題ないわ」
彼女は付け加えた。その口調は、俺の心を慌てさせるような確信に満ちていた。
「でも、君のあの友達たちは……」
「全部私に任せて」
彼女は俺を遮り、声は大きくないが、疑いを挟ませない力を帯びていた。
「こういうことは、私がしっかり彼らと話し合っておくわ」
そう言い終えると、彼女は振り返り、もう俺を見ようとはしなかった。
しかし、彼女の白い耳のつけ根が、肉眼でもわかる速さで赤みを帯びていくのに気づいた。あの長椅子の脇でそうだったのと同じように。
教室の中は席替えの騒音で、誰も俺たちのこの衝撃的な会話に気づいていないようだった。
新しいクラスメートたちが次々と席順表に従って自分の場所を見つけ、喧噪と机や椅子を動かす音が空間を満たしている。
会話が終わった後、俺は疲れ果てて机に倒れ込み、熱い頬を腕に埋めて、寝ているふりをした。
しかし、頭の中は沸き立つやかんのように騒がしく、さっきの一言一言、細部の一つ一つを反芻し続けていた。
『あなたと隣の席でいたいって?』
『すぐにわかるから~』
最後のこの二言が、呪文のように頭の中で旋回する。
なぜ彼女はそこまで執着するのか?
あの「すぐにわかる」理由は、いったい何なんだ?まさか…彼女も俺を利用したいのか?
いや、ありえない。彼女にとって、俺に利用価値など微塵もない。
じゃあ、なぜだ?前回、俺が彼女に感謝を伝えたからか?それともあのコンビニのパンのせいか?
どれもこれも、あまりにも荒唐無稽に聞こえる。
『ちっ…つれぇわ…そんなに人をじらすなんてよ!』
言いようのない焦燥感と好奇心が、羽根のように俺の心をくすぐり、居ても立ってもいられなくし、早く謎を解き明かしたくてたまらなくなる。
しかし、俺の性格上、もう積極的に問い詰めることなど絶対にできない。
唯一の希望は、彼女が自ら進んで答えを教えてくれる日を待つことだけだ。
これほど輝く彼女と引き続き隣の席にいられる。心の奥底で、ほんの少しの、密やかな、恐れ多いほどの喜びを感じないわけがない。
これはまさに、夢の中でしか起こらない展開だ。
もういい、今やみくちゃに考えても仕方ない。俺はため息をつき、顔をさらに腕の奥に埋めた。
新しい隣の人同士は挨拶を交わし、連絡先を交換し始めている。しかし、俺はただ自分を隠したいと思っていた。
運命の軌道は、再び不思議な方向にそれたようだ。
そして俺は、受動的にあの未知なる答えを待つ以外、どうすることもできない。
周囲は机や椅子を動かす喧騒。しかし、俺の世界は、隣にいるあの人の一言によって、未だかつてない、甘くもどかしい静寂に包まれていた。
この静寂は、どんな喧噪よりも、俺の心をかき乱すのだった。
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