私とはまったく正反対の彼女

第3話 私を追跡していますか？

「ああ――今日こそ彼女に感謝を伝えなければならないのに、いったいどう切り出せばいいんだ…… ！」

　小説の最後の一文字を読み終え、俺は脱水症状の魚のようにベッドの上でもがき、最後に分厚い本を「パシッ」と顔の上に載せた。

　瞬間、視界は心安らぐ暗闇に包まれた。

　脳内では、勝手に様々な荒唐無稽なシナリオのリハーサルが始まっている。

『楓さん、こんにちは、昨日は助けてくれてありがとう ！』――ありきたりすぎる、通行人Aみたい。

『楓さん、昨日あなたが人々を指揮している様子は本当に輝いて見えました ！』――これって何なんだ、不気味なお世辞 ？

『楓さん……』――で、その後は ？言葉に詰まる。

　俺はばたりと起き上がり、顔に載せていた本をベッドに強く叩きつけ、鈍い音を立てた。

「なんだこれ、どっかの青春ラブコメ漫画に迷い込んじゃったのかよ ！ ？」

　言いようのない焦燥感が胸に込み上げてくる。

　昨日のすべてを仔細に思い返してみると、出来事が出来事すぎて信じがたい：

　朝、英雄（というか、むしろ短気な災難男）のように、車輪の前で一人の女生徒を助けた。

　適当に選んだ席の隣が、全校注目の新入生代表で、天使がこんなところに落ちてきた？！

　放課後、閉じ込められて帰れなくなり、結果その「天使」によって手際よく「救出」された。

　この立て続けの出来事に、俺は自分がいつの間にかどこかのライトノベルの世界に穿越してしまったんじゃないかと真剣に疑い始めた。

「いてっ ！」

　現実確認のため、自分の頬を強くつねってみる。はっきりとした痛みが走る――

　よし、どうやら俺はまだ残酷な現実にいるらしい。

「もうこんな時間か……」

　ベッドサイドの手机を手に取ると、画面の冷たい光が「21:00」を表示している。

　母はまだ帰ってきていない。静まり返った家には、俺一人の呼吸音だけが響く。

　リビングに行き、冷蔵庫から冷えた残り物を取り出し、電子レンジに入れる。

　スタートボタンを押す。「ブーン」という作動音が静かな夜に特に響く。

　温まるまで十五分。

「母さん、そろそろ帰ってくるころか……」

　かすかな期待を込めて、俺は独り言をつぶやいた。

　身支度を整え、部屋に戻り、一時の避難所を提供してくれたあの小説を、慎重に本棚に戻す。

「寝るか……」

　今日経験したすべては、気力を消耗する奇幻漂流のようなもので、今となっては尽きることのない疲労だけが残っている。

　今の俺は、ただベッドの柔らかな懐に深く沈み、意識を一時的にシャットダウンさせたかった。

　いつの間にか深い眠りに落ち、一晩中夢も見ず、昏睡したように安らかだった。

「もう六時か……」

　体内時計が正確に俺を目覚めさせた。

　手机で時間を確認すると、起き上がり、機械的に朝のルーティンを始めた。

　歯を磨きながら、鏡の中の眠そうで前髪がぼさぼらの自分をじっと見つめ、脳内は再び「どう感謝を伝えるか」という難題に占拠された。

「どうにでもなれ、」

　口の中の泡を吐き出しながら、考えた。

「どうせ昨日の時点で、俺の正体はほぼバレてるんだし。」

　入念に計画した対策がないこと、それが俺の対策だった。

　直感に任せて口に出すだけでいい、どうあれ、気持ちさえ伝わればいいんだろう。

（――実際のところ根本的な原因は、俺の社交性の乏しさでは、どうあがいても巧妙な話術など思いつかないからだ。）

　トースターでパンを二枚焼き、フライパンで目玉焼きを二つ焼いた。

　俺はそのうち一つの卵をパンに挟み、二、三口で丸飲みした。味は蝋のようだった。

　もう一つの卵はフライパンに残し、蓋をして、母が起きるのを待つつもりだ。

　彼女は昨日、いつまで忙しかったか分からない、こんな些細なことまで彼女に気を使わせるわけにはいかない。

　部屋に戻り、適当に身支度を整え、またカバンに新しい小説を一冊詰め込んだ。

　カバンを背負い、ようやく家を出た。

　時間は七時半を過ぎたばかり、八時十五分の登校期限にはまだ早い。

　新しい家は学校から遠くないので、ゆっくり歩いて、乱れた思考を整理することにした。

　再びあの運命的な交差点にやってきた。今日は、あの向こう見ずな女生徒の姿はない。

　代わりに――

　楓 汐里！

　俺が最も二人きりで会いたくない人物が、今、朝の光の中に立ち、まるで自带柔光滤镜（ソフトフォーカス）がかかっているかのようだった。

「マジかよ、これはどんな状況だ！？」

　内心で声なき叫びが上がる。

　彼女はあまりにも輝きすぎている。

　ただ彼女の近くに立っているだけで、俺の身にまとう陰鬱なオーラがこの光で焼かれ、蒸発してしまいそうな気がする。

　私たちはまるで異なる次元から来た生物のようだ。彼女は光、俺は影。

「あの……」

　深く息を吸い、勇気を振り絞って口を開こうとした。

　――ピンポンパンポーン、通行の提示音が響き、信号が青に変わった。

　この信号、時を選ばない ！！！たった今奮い立った勇気は一瞬で消え去った。

「まあいいや、」

　俺はすぐに言い訳を考えた、

「どうせ俺たちは隣同士だし、話す機会はいくらでもある。今急ぐことじゃない。」

（――本当にそう思っているのか？ 多分ただの臆病な言い訳だろう。）

　俺は彼女の後ろについて、わざと歩調を遅らせ、距離を置こうとした。

　学校に近づくほど、歩いて登校する生徒は少なくなり、代わりに次第に増えていくのは、高価そうな光を放つ私用車だった。

　どれ一輛取っても、多分俺のような普通の人間が一生憧れられるものじゃないだろう。

「本当に……別世界だな。」

　思わず小声で嘆息し、目は勝手にそれら流線形のボディラインに引き寄せられてしまった。

　いつの間にか、校門までやってきた。俺は昨日の記憶を頼りに教室へ向かう。

　しかし、入ってすぐに、一つの推測が無情にも打ち砕かれた――俺の席が、見知らぬ女生徒に占拠されていて、彼女は親しげに身を乗り出して楓さんと談笑している。

　たった半日で？ この恐ろしいほどの社交スピードは、俺には理解不能な領域だ。

（これがリア充の世界というものなのか？）

　俺はカバンを手に、沈黙して楓汐里の隣に立った。

　その女生徒はようやく俺の存在に気づき、少し申し訳なさそうに背筋を伸ばし、席を空けてくれた。

　俺は小声で「ありがとう」と言い、素早く自分の席に座った。

　その女生徒は相変わらず通路に立ち、楓汐里と談笑を続けている。

　楓汐里も微笑みながら応えているが、その姿勢は相変わらず優雅で、分寸をわきまえていて、完全に教養の良いお嬢様という感じだ。

　クラスの人々がだんだんと揃い、授業のチャイムが鳴ろうとしている。

　一時間目が終わった。彼女の席は瞬時に包囲された。

　二時間目が終わった。包囲網はさらに厚くなった。

　三時間目が終わった。他のクラスから来た、見知らぬ崇拝者まで現れた。

　四時間目が終わり、午前の授業がようやく一段落した。

「はあ…… ！」

　心の中で、見えない机を強く叩いた。

　満ちあふれる無力感が込み上げてくる。

　この調子では、多分俺は一生、彼女とまともに一言も話せないかもしれない。

　俺は諦めて、小説を取り出し、席で静かに人々が散るのを待った。

「また四月か……中学二年の四月も……」

　いくつかの暗い記憶の断片がひっそりと浮かび上がる。

「パシッ ！ ！ ！」

　無意識に手を上げて、軽く自分の頬を叩き、強制的に思い出を中断させた。

「まだ帰らないの ？」

　澄んだ声が突然、俺の世界に割り込んできた。

　楓 汐里だった。

　振り返ると、彼女の周りにはついに誰もいなかった。

　チャンスだ ！ ！ ！ ！！！

　俺は素早く小説をカバンに詰め込み、ほとんど身体の本能に頼るように、口をついて出た：

「昨日は、ありがとうございました ！」

　同時に素早く一度うなずき、お辞儀の簡略版を完了させた。

　動作は一気呵成、言葉が終わらないうちに、俺はカバンを掴み、犯罪現場から逃げるように、大股で教室を飛び出した。

　言えた ！ ！

　胸の中に一日中ぶら下がっていた巨石がようやく落ちた。

　しかし強い羞恥心も同時に襲ってきて、彼女がこの言葉を聞いたときのどんな表情さえも思い出そうとはしなかった。

　俺は学校の近所のコンビニで、見た目がまあまあ良さそうなパンをいくつか適当に買い、それから学校に戻り、体育館の後ろにある非常に人里離れたベンチを見つけた。

　ここは緑陰が多く、人の気配はほとんどなく、俺にとって理想的な秘密基地だ。

　座り、ゆっくりとぱさぱさしたパンをかじり、この貴重な独りの時間を楽しんだ。

「さっき、なんでそんなに急いで行っちゃったの ！」

　聞き覚えのある声が、平静な湖面に石を投げ込むように響いた。

　顔を上げる。

　間違いない、ま・た・か・よ・楓 ・汐・里。

「私、まだ返事してないのに、あなたもう走って行っちゃった。」

　彼女は少し息を切らし、頬は小走りしたことで赤らんでいる。

「あ……」

　俺は一瞬言葉に詰まり、無意味な単音しか出せなかった。

「隣、座ってもいい ？」

　彼女はそう言うと、ほとんど俺の反応を待たず、自然にベンチの反対側に座った。

　俺は火傷したかのように、無意識にベンチの端の方へ移動した。

　沈黙が空気の中に広がる。

　俺は機械的にパンを食べ続け、彼女の視線が俺の……パンに向けられているのを感じ取れた ？

『まさかこれを食べたいんじゃないだろうな？ ありえない、絶対ありえない……』

　この考えはあまりにも荒唐無稽だ。

　しかしなぜか気が変わって、俺は開封していない別のパンを手に取り、试探性的に差し出した。

「君……食べる ？」

　聞いた後、自分の舌を噛み切りたいほど後悔した。

　俺は何をしているんだ ？ 彼女のようなお嬢様が、こんな安っぽいコンビニのパンを見るはずがないだろう ？

「え…… ？」

　彼女は一瞬呆然とし、その後、顔に一抹の怪しい紅潮が浮かび、指をもじもじと絡め合わせた。

「食、食べたい……」

『？？？』

　俺は黙ってパンを渡した。

　彼女はそれを受け取ると、躊躇なく包装を開け、一口小さくかじった。

「美味しい ！！！」

　彼女は顔を上げ、目をキラキラさせて俺を見つめ、何か宝物を見つけたかのようだった。

「美味しければそれでいい……」

　小声で返事し、視線は素早く地面に逃げ、彼女と目を合わせようとはしなかった。

「パン、ありがとう」

　彼女は優しく、誠実な口調で言った。

「別に」

　俺の返事は相変わらず電報のように短かった。

　短い沈黙の後、彼女は再び口を開いた。

「そうそう、昨日のこと……まあいいや」

「なんで『まあいいや』なんだ ？」

　俺は思わず追问した。

「あの……私、本当にあなたがわざわざ私にお礼を言いに来てくれるなんて思わなかったの」

　彼女は笑った、どうやら少し照れているようだ。

「君が助けてくれたんだから、お礼を言うのは当然だ。だから……俺の感謝、受け入れてくれたのか ？」

「そんなの聞くまでもないでしょ？ もちろん受け入れるよ ！」

　彼女の声は突然少し大きくなり、純粋な喜びに満ちていて、普段のあの端正で距離を置いた感じは完全になくなっていた。

　俺は不思議に思った、彼女は一体どうやってこの隅っこを見つけたんだ ？ ここは明らかに、学校用務員さえめったに来ないような人里離れた場所だ。

「あの、どうやって俺がここにいるって知ったの ？」

　俺は心中的疑惑を直接口にした。

「え ？ あの……あのね……」

　彼女は明らかに慌てふためき、視線が泳いだ。

「つまり……あなたがここにいるような気がしたの。そう、そういうこと ！！！」

　彼女のこの反応は、まるで「嘘ついてます」と顔に書いているかのようだ。

「まさか……俺を尾行してたんじゃないだろうな ？」

　冗談半分に试探した。

「で、で、で、出鱈目言わないで！ 私がどうして……尾行なんてするわけない……」

　彼女の顔は一瞬で真っ赤になり、耳の先までピンクに染まり、話すのも吃音気味になった。

　答えはもう明らかだった。

「本当に嘘が下手だな……」

　ごく小声で呟いた。

「え ？ 何 ？」

「別に」

　俺は立ち上がった。

「先に帰る」

　去り際に、俺は彼女の手にあった空のパンの包装袋をさりげなく取り上げ、一番近いゴミ箱に捨てた。

「本当に……厄介な奴だな……」

　教室に戻る道すがら、思わず考えてしまった。

　彼女のような人間と関わるのは、きっと面倒なことになるに決まっている。私たちは根本的に別世界の人間なんだ。

　昼休みが終わりに近づき、午後の授業が始まろうとしている。

　俺は自分の席に戻り、午後の授業で使う教科書を取り出した。

　午後の時間は相変わらずあっという間に過ぎていき、俺と楓汐里の間には、それ以上何の交流もなかった。

　多分、これが正常な軌道なんだろう。

　昼間に起こったすべては、彼女が俺の感謝に応えたいと思ったから生まれた、ほんの小さな出来事に過ぎない。

　今、感謝は伝え終わり、返事ももらった。私たちの間のあの脆い糸は、これで切れてしまったのだ。

　俺は甘くも思っていた、日々はこのまま、平行線をたどり、二度と交わることはないのだと。