私とはまったく正反対の彼女

@Kazamiyuu

第1話 新しい段階

 あの日、彼女が私を救ってくれた。


 色あせた写真が、私と彼女の物語を語っている。写真の中で、彼女はバカみたいに笑っている。


「ずっとあなたを愛してるよ !」


 彼女はそう言った。

 まさかと思うだろう、人を愛するのに、一生だって十分じゃないって。

 そして、さらに思いもよらなかったのは、一生愛すと誓ったこの少女が、入学式の初日に、私の目の前で死にそうになったことだ。








 私は春が怖かった。


 徐々に暖かくなる天気も良いし、葉がだんだん翠緑になっていくのも良い。


「あら、陽平、なんで起こしてくれなかったのよ」

「呼びましたよ。お母さんが聞こえなかったんでしょ」


 春は、学校が始まる季節。より高い学年に上がる季節。


 私が思うに、人生とはたぶん、無限ループのダンジョンみたいなものだ。

 決まった時間に起き、決まった場所へ行き、そして決まった時間に「家」という拠点へ帰還する。

 漫画と小説で、隙間のような暇な時間を全て埋め尽くす。独りで、誰にも邪魔されずに。

 この運行システムが永遠に続くと、私はかつて信じていた。

 予測可能な今、私は何の変数も見出せない。


「頑張ってね、陽平 !」

「どうした ?」

「……友達ができますように」

「友達なんてできなくたって生きていけるよ」

「あらあら、寂しがり屋のくせに」


 母はそう言いながら、手際よくネクタイと制服の襟を直してくれた。

 彼女の目はキラキラと輝き、しきりに私を眺めている。


「新しい制服、本当に似合ってるわ!今日は入学式でしょう?しっかりね!」


 当の本人である私よりも、明らかに彼女のテンションの方が高い。

 正直なところ、私は新学期が大嫌いだ。特に、新しい学校に上がるような時は。

 新しい環境、新しい顔ぶれ、すべてが一から……考えただけでやる気が失せる。


「母さん、もう行かないと、遅刻するよ」


 私は腕時計をチラリと見て、低い声で注意した。


「わっ!本当だ!」


 母は声を上げ、急いで靴を履き、家を飛び出した。ドアが閉まる寸前、隙間から一言。


「入学式、絶対に楽しんでね!」

「わかったよ」


 見送ってから、もう一度時計を見る。


「……まだ時間はたっぷりある」


 部屋に戻り、本棚から適当に小説を一冊取り出し、リビングに戻ってカバンに詰め込む。

 ジッパーが「シュッ」と閉まる音とともに、カバン内部の最後の光も飲み込まれ、暗闇に包まれた。


「小説がなかったら、多分死んじゃうだろうな」


 軽くため息をつき、カバンを背負い、ようやく家を出た。

 もう一度なじみのある空間を振り返り、少しだけ不本意そうに、そっとドアを閉めた。


「また新しい環境か……めんどくさい」

 心の中でぼやく。

「まあ、誰も話しかけてこないだろうから、それでいいけど」


 DNAに刻み込まれた通りの道を独りで歩く。足早に行き交う通行人と、渋滞して動かない車の流れが、ありきたりな朝の風景を構成している。


「今朝は本当に『にぎやか』だな」


 信号待ちの間、思わず呟いてしまった。

 視界の前方には、私と同じ制服を着た多くの生徒たちが、新入生の印である小さな赤い花を胸に飾っている。

 彼らの顔に満ちている輝くような笑顔は、まるで私と別世界にいるかのようだ。


 信号は相変わらず赤のまま。何気なく前を見上げると――

 女の子?! あれ、何してるんだ?!


 思考より先に体が動いた。

 大きく一歩踏み出し、迷わず彼女の腕をつかみ、力強く手元に引き寄せた。

 力が強すぎたかもしれない。彼女はよろめき、今にも転びそうになった。

 無意識のうちに、腕で彼女を支えた。

 瞬間、周囲の誰もが注目しているような気がした。


「本当に……最悪だ」


 心の中で舌打ちした。

「信号が赤なの見えないのか?!バカ!信号待ちでスマホいじるな!」

 咄嗟に、思わず声を大きくしてしまい、表情もきっとひどいものだっただろう。


「お前……!」


 言いかけていた言葉を、飲み込んだ。

 叫んだ後、後悔した。周囲の視線がさらに刺さる。


「……さっき、もう少しで車に轢かれるところだったんだぞ?」


 呼吸を整え、普段の冷静な口調に戻そうと努めた。


 彼女はまだ恐ろしさで我を失っているようで、相変わらず私の腕にもたれかかり、一言も発しない。

 数秒後、ようやく我に返った。


「ひ、非常に申し訳ありません!それに、本当にありがとうございます!」


 ばっと体を起こし、ゼンマイ仕掛けの人形のように何度もお辞儀をしながら礼を言う。

 お辞儀をしながら感謝するので、こっちが照れくさくなってしまう。

 ようやく彼女の様子が少し見えた――顔立ちはかなり整っている印象なのに、こんなにそそっかしい人だったのか。


(じっと見つめる勇気はなかったけど、全体的な感じは……非常に可愛い? でも……いったいどんな顔だったっけ?)


 彼女の着ている制服も私と同じで、胸にも小さな赤い花が下がっている。新入生だ。


「本当にありがとう……ごめんなさい……」

「無事で何よりよ。さっき怒鳴って悪かった。本当にすまない」

「そんなこと言わないで……」

「それより、もう行かないと遅刻するぞ」


 時間を見る。入学初日から遅刻するのは、どう考えてもまずい。

 信号が再び青に変わる。私はまっすぐに道路の向こう側へ歩き出した。


「行かないの?初日から遅刻したい?」


 振り返ると、彼女はまだうつむき、ぼんやりとその場に立っていた。


「あ!そうでした!」


 彼女は我に返ったように叫んだ。

 まだ完全に驚きから回復していないようだ。

 当然だろう。さっき異世界転生しそうになったんだから。

 彼女は小走りに私に追いつき、再び礼を言うと、学校の方へ大步で走り去った。


「まったく……どんな変なことでも俺の身に起こるんだな」


 私はのんびりと学校へ歩き続けた。学校に近づくほど、同じ制服を着た生徒が増え、少なくとも道を間違えていないことは証明された。

 男子は黒のスーツスタイルの制服にネクタイ、女子は同じスーツの上着にプリーツスカート。

 いつの間にか、「西京高等学校」の立派な校門が眼前にそびえ立っていた。

 さっきのそそっかしい女の子の姿は、とっくに見えなくなっていた。


 市内随一の公立高校と言われるだけあって、校門だけ見ても「エリート」の気配が漂っている。

 お嬢様や御曹司がたくさん集まっているらしい。

 私のような普通の人間は、どうあがいても彼らの輪には入れないだろう。


 そんな考えを抱えながら、キャンパスに入り、自分のクラスを見つけ、適当に窓際の席に座った。


「みんな揃いましたか?準備して、5分後に下で集合してください」


 ショートカットの先生が教壇に上がり、大きな声で告げた。


「入学式は君たちにとって非常に重要です!」


 再び激昂した口調で強調すると、彼女は慌ただしく教室を去った。


「おい、君もいたんだな、まさか!」

「私も!また一緒に遊べるね!」

「入学式、楽しみだな」

「そうそう、もう高校生なんだね」

 私はあごを手で支え、周囲の騒がしい会話を聞きながら、部外者のような気分だった。


「さっきの先生、若かったね」

「そうそう、厳しい中年じゃなくてよかった」

「よかった !」


 一度会っただけで人を決めつけるのか……軽率にも程がある。

 私は視線を窓の外に向け、見知らぬ校庭の景色を静かに楽しんだ。


「あ、行くよ!」

「5分って早いね!」


 椅子を動かすガチャガチャという音の中で、私も立ち上がり、人混みにまぎれて階下へ向かった。

 教室を見渡すとき、一つの空席に気づいた――ちょうど私の隣だ。

 入学初日から欠席とは、なかなかのやり手だな。心の中でひそかにツッコミを入れた。


 私たちは誘導員によって、異常に壮大な会場へと連れて行かれた。


「うわ……これ、本当に学校の中の施設なのか……」


 私だけが驚いているようで、他の誰もが慣れっこな様子だった。

 私は急いで表情を整えた。

 私たちのクラスは会場の真ん中あたりに配置された。私はわざと左右が男子の席を選び、できるだけ自分の存在感を消そうとした。


「みなさん、すぐにお席にお着きください。入学式はまもなく始まります!」


 会場内の放送が繰り返しアナウンスを流す。


「入学式、ただいまから開始します !」


 会場は一瞬で静まり返り、言葉が決まった後の空虚な余韻だけが残った。


「新入生代表、ご登壇―― !」


 場内から熱烈な拍手が沸き起こった。私も機械的に何度か手を叩いた。

 すぐに、すらりとした姿が会場のステージに上がってきた。

 腰まで届く黒く長い髪、精巧に彫刻されたような顔立ち。疑いようのない美人だ。

 彼女が入学式に現れなければ、私は多分、誰かのアイドルが間違って会場に来たのだと思うだろう。

 ……人と人との差は、大きすぎる。


 彼女は落ち着いた足取りで、会場中央のマイクの前に歩いていった。


「みなさん、こんにちは。楓 汐里と申します。新入生代表としてご挨拶させていただくこと、大変光栄に思います !」


 彼女が口を開くまで、彼女の服装が私たちと違うことに気づかなかった――純白のワンピースは、青春の息吹を満たし、ひらひらと舞う白い蝶のようで、もともと目を引く彼女の存在感をさらに引き立てていた。


 彼女のスピーチの内容は、いわゆるありきたりな社交辞令で、小学校から中学校まで聞かされ、高校でも同じだとは思わなかった。

 今の私の願いは、この式典が早く終わることだけだ。

 予定では、入学初日は午前中だけの登校。

 入学式、自己紹介、先生からの注意事項の説明が終われば、午後は自由時間だ。

 そう思うと、気持ちが軽くなり、入学式がいつ終わったのか気にも留めなかった。

 隣のクラスメートに軽くつつかれるまで。


「おい、終わったよ。行かないの ?」

「あ、ありがとう !」


 急いで立ち上がり、去っていく人混みに追いついた。


 教室に戻ると、私の隣の空席にはカバンが置かれていた――その持ち主がついに来たようだ。


「この後、自己紹介をしますので、少し準備しておいてください!」


 ショートカットの先生が再び大きな声で告げ、またもや教室を出て行った。

 その時、後ろのドアからかすかな物音がした。

 一人の女生徒がうつむき、こっそりと入ってきた。彼女に覚えはない。どうやら遅刻した隣の席の同級生のようだ。

 私は視線をそらし、あまり気に留めなかった。彼女はすぐに私の隣に座った。


「すみません、お邪魔します……」


 耳元に優しい謝罪の声が聞こえた。

 思わず振り返ると――

 目に映ったのは、さっき講堂のステージで見たあの顔。

 長いまつげ、淡いブルーの澄んだ瞳、白くてきめ細かい肌……しかも、想像以上に近い距離!

 人とほとんど交流しない私にとって、この衝撃は強烈すぎる。まして相手はこれほど目を引く美少女だ。


「あなた……?」

「い、いえ、邪魔じゃありません!」


 私は驚き、舌がもつれそうになった。

 私の隣に座っているのは、さっきの新入生代表だった ! なるほど、前に会ったことがないわけだ。多分、服を着替えに行っていたんだろう。

 頬が急速に熱くなり、耳の根っこも間違いなく赤くなった。

 私は慌てて顔を背け、窓の外の景色を見るふりをして、制御不能な鼓動を鎮めようとした。

 耳元で、彼女が荷物を整理する音が聞こえる。動作は少し慌ただしいようだ。

 彼女が入ってきた時も息が切れていた。多分走ってきたんだろう。

 彼女についての妄想的思考をやめるよう自分に言い聞かせ、ただ静かに窓の外を見つめた。


 入学式という面倒なことは、こうして音もなく幕を閉じた。

 私の高校生活も、まもなく正式に始まる。私を待っているのは、果たしてどんな日々だろう ?


「さあな」


 多分……中学時代とあまり変わらないだろう。

 私を理解したいと思う人は誰もおらず、私も誰にも干渉したくない。

 友達なんて、結局は利害の交換関係でしかない。

 それなら、最初から関係を築くことを避けた方が、多くの面倒を省ける。

 人生ってそういうものだ。似たような日々を繰り返し、明日に何の期待も持たず、終点まで。

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