第22話

「「…………は?」」


俺と雪菜(ユキ)の声が、きれいにハモった。 目の前で起きていることが、理解できない。


下駄箱。 生徒たちの往来がまだ残る、人目につきやすい場所で。 昨日まであれだけ俺たちを憎んでいたユイが、何の脈絡もなく、完璧な『土下座』をしていた。 額を、汚れた床にこすりつけて。


「ちょ……おい、ユイ!? 何やってんだよ!」


俺が狼狽(うろた)えていると、周囲の生徒たちも「何だ何だ?」「うわ、あれ昨日(・・)の……」と、足を止めて遠巻きに集まり始めた。 好奇と軽蔑の視線が、土下座するユイに突き刺さる。


「…………ごめんなさい」


床に額をつけたまま、ユイが、くぐもった声でそう言った。


「私が……私が、全部悪かったです……」


「……」


「ヒロくんを『地味』だって振ったのも、先輩に乗り換えたのも、全部私がバカだったから……」 「掲示板に、あんなデタラメ書いたのも……西園寺さんを陥れようとしたのも、私です……」


淡々と、自分が犯した罪を告白していく。 その声には、昨日までの憎悪も、プライドも感じられない。 ただ、不気味なほど「無」だった。


「だから……」


ユイは、土下座したまま、わずかに顔を上げた。 涙でぐしゃぐしゃになった顔が、俺たちの足元を見つめている。


「お願い……します……」 「何でもしますから……!」


「……許して、ください……!」


「「「…………」」」


下駄箱が、水を打ったように静まり返った。 ユイの、必死の懇願が響き渡る。


周囲の生徒たちは、ドン引きしていた。 (うわぁ……) (昨日、悪事が全部バレた途端、今度は土下座かよ) (見苦しい……) (あれで許してもらえるとか思ってんのかな)


誰一人、ユイに同情する者はいない。 あまりにも見え透いた、浅ましい「命乞い」だったからだ。


「……ユイ」 俺が、あまりの光景に言葉を失っていると、


「――顔を上げてください」


隣から、鈴の鳴るような、しかし氷のように冷たい声がした。 雪菜だった。


雪菜は、俺の腕をそっと離すと、一歩前に出る。 そして、土下座するユイを、完璧な美少女が虫ケラでも見るかのように、冷たく見下ろした。


「あなたの謝罪は、誰に向けたものですか?」


「え……?」


「私たちに許しを請うことで、クラスでのあなたの立場(・・・)を回復させたいだけ。そう見えますが」 「反省しているのではなく、ただ『この状況(・・・・)』から逃れたいだけ。違いますか?」


雪菜の容赦ない追及が、ユイの核心を突く。 「っ……! そ、そんなこと……!」


「そんなことありますよね?」 雪菜は、一切笑みを崩さない。 「本当に反省しているなら、こんな人目のある場所(・・・・)で、私たちを『悪者(・・・・)』にするようなパフォーマンス(・・・・・・)はしないはずです」 「あなたが土下座すれば、事情を知らない人が、私たちがあなたを追い詰めた(・・・・・・・)と勘違いするかもしれない。そこまで計算ずくですか?」


「ひ……」 ユイの顔から、さらに血の気が引いた。


(……すごい。ユキ、そこまで読んでたのか) 俺は、雪菜の洞察力に舌を巻いた。


だが。 俺は、そんな雪菜の前に、そっと手を出して制した。


「ユキ。……ありがとう。でも、ここは俺が」


「ヒロくん……?」 雪菜が、驚いた顔で俺を見る。


俺は、雪菜に「大丈夫」と小さく頷きかけると、 今度は、俺が(・・・)ユイの前に立った。


もう、雪菜に守られて、後ろに隠れている俺じゃない。 こいつ(ユイ)との関係は、俺が(・・)終わらせなきゃいけないんだ。


俺は、土下座したまま震えている、かつての彼女を見下ろした。


「ユイ」 俺は、静かに、だがハッキリとした声で言った。


「顔を上げてくれ」 「あんたに、言わなきゃいけないことがある」

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