第6話
「ちょ、ユキ! どこ行くんだよ!?」
腕を組まれたまま、俺は雪菜に引きずられるようにして学校を出る。 周囲の生徒たちが「え、西園寺さんが男子と腕組んでる…!?」「相手、相葉じゃね?」と二度見、三度見しているが、雪菜はまったく気にする素振りも見せない。
「ふふーん、着いてからのお楽しみ」
「お楽しみって……」
俺たちが連れてこられたのは、校門の前に停まっていた一台の黒塗りの高級車だった。 スーツ姿の運転手が、俺たちが近づくのを見て、恭しく後部座席のドアを開ける。
「「お嬢様、お迎えにあがりました」 「……え、これに乗るのか?」
「うん、乗って!」
俺が人生で乗ったことのある一番高い車は、親戚のおじさんの国産ミニバンだ。 こんな、映画でしか見たことのないような車に乗せられ、俺は革張りのシートの上でカチコチに固まっていた。
「緊張しすぎだよ、ヒロくん」 隣で雪菜がくすくすと笑う。
車が静かに走り出して数十分。 着いたのは、明らかに「高級」と書かれた、ガラス張りの巨大なビルだった。
「ここ……デパート?」 「ううん。会員制のメンズブティックだよ」
店内に足を踏み入れると、洗練されたスーツを着た店員たちが一斉に頭を下げた。 「雪菜お嬢様、お待ちしておりました」
「あの、ユキ……。俺、こんなとこ、場違いだって……」
「大丈夫」 雪菜は俺の腕をぎゅっと握り直す。
「ヒロくんは、素材がすごく良いんだから。私が全部コーディネートする!」
そこから先は、怒涛の時間だった。
「まずは服からね。ヒロくんには、こういうシンプルなジャケットスタイルが似合うと思うの」 「こっちのシャツも。色はオフホワイトが、ヒロくんの肌の色に合うかな」 「パンツはこれ!」
俺に選択権はなく、雪菜が選んだ服を次から次へと試着室で着替えていく。 正直、服の良し悪しなんてさっぱり分からない。
「うんうん、やっぱり似合う!」 雪菜は満足そうに頷くと、次は「美容室」と書かれた奥のフロアへ俺を連れて行った。
「髪型も変えなきゃね。そのボサボサ頭じゃ、ヒロくんのカッコよさが半減しちゃう」 「え、髪まで!?」
抵抗する間もなく、俺はふかふかの椅子に座らされ、何人もの美容師さん(全員めちゃくちゃ美人だ)に囲まれた。
「ユキの頼みだからって……」
カットされ、ワックスで整えられ……。 されるがままになっていると、やがて「終わりました」と声がかかった。
おそるおそる、目を開ける。
鏡の前に立っていたのは、俺が今まで見たこともない男だった。
(……これ、誰だ?)
ボサボサだった黒髪は、清潔感のあるスッキリとしたスタイルになっている。 着せられたジャケットとシャツは、信じられないくらい体にフィットしていて、自分の手足が少し長く見えた。
いつも猫背気味だった背筋も、服のせいか、自然と伸びている。
「……うん。すごく、いい」
鏡越しに、満足そうに頷く雪菜と目が合う。 俺は、自分の変わりように、ただ呆然とするしかなかった。
「ほら、やっぱり。ヒロくんは格好いいんだよ」
雪菜は嬉しそうに俺の周りをくるりと回ると、不意に、その場で立ち止まった。
「……あ」
彼女は、俺の顔をじっと見つめたまま、急に自分の頬を両手で押さえた。
「ど、どうした? ユキ。やっぱり似合わないか?」
俺が慌ててそう聞くと、雪菜は、みるみるうちに顔を真っ赤に染めて、 ふるふると首を横に振った。
「……ううん。違うの」
「……かっこよすぎて……他の人(・・・・・)に、見せたくなくなっちゃった……」
小さな声でそう呟く雪菜の顔は、今まで見たことがないくらい、可愛かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます