第4話

キーンコーンカーンコーン。


無慈悲なチャイムが、昼休みの開始を告げる。


教室は一瞬で「食事」の空気に切り替わる。 机をくっつけて弁当を広げるグループ。 購買に走る連中。


「「「…………」」」


そして、教室の半分くらいの生徒が、遠巻きに俺の様子を伺っていた。 今朝の、西園寺雪菜の「お弁当宣言」。 あれが本気だったのか、それともただの気まぐれか。


(まさか、本当に来るわけ……ないよな)


俺は机の中に隠していた菓子パンを取り出そうとする。 あれはきっと、俺を振ったユイへの、軽い当てつけか何かだ。 俺みたいな地味な男に、あの完璧美少女が本気になるわけが……。


「……あ」


教室の視線が、一斉に入り口に集まった。 俺も、つられるように顔を上げる。


そこに立っていたのは、雪菜だった。


彼女の手には、上品なちりめん生地の風呂敷包みが握られている。 ……でかくないか?


雪菜は、クラス中の視線をものともせず、まっすぐに俺の席へ。 そして、にっこりと微笑んだ。


「ヒロくん、お待たせ! お腹すいたね」


「え、あ、うん……」


ドン、と俺の机に置かれる風呂敷包み。 雪菜はテキパキとそれを解いていく。 現れたのは、高級料亭で使われるような、漆塗りの『三段重』だった。


「「「(さんだんじゅう!?)」」」


クラスメイトたちの心の声が、ハモった気がした。


「さ、食べよ!」


雪菜はどこからか持ってきた自分の椅子を、俺の机の真横にぴったりとくっつける。 距離が近い。


パカ、と一段目が開かれる。


「うわ……」


思わず声が漏れた。 色とりどりの野菜の煮物、完璧な形のタコさんウィンナー、きらきら光るエビチリ。


「二の重は、お肉ね。ヒロくん、唐揚げ好きだったでしょ?」


ぎっしりと詰まった黄金色の唐揚げ。


「そして……」


三の重。 そこには、白米の真ん中に、これでもかと輝く『だし巻き卵』が鎮座していた。


「あ、これ!」 雪菜は嬉しそうに声を上げた。 「ヒロくんの好きな、ちょっと甘めの卵焼き。昔の味付け、覚えてる?」


彼女は備え付けの箸(これも高級そうだ)で、一切れの卵焼きを掴むと、ふぅふぅ、と息を吹きかけ……。


すっ、と俺の口元に差し出した。


「はい、あーん」


「「「…………!!??」」」


教室が、今度こそ完全に凍り付いた。 三段重。 最強美少女。 そして、「あーん」。


情報量が多すぎて、クラスメイトの思考が停止しているのが分かる。


「ちょ、ちょ、ユキ! 自分で食べる!」


俺は顔を真っ赤にしながら、その卵焼きを慌てて自分の箸で受け取る。 口に放り込むと、懐かしい甘さがじゅわっと広がった。 ……うまい。昔、ユキのお母さんが作ってくれた味だ。


俺が感動していると、雪菜は心底幸せそうに、とろけるような笑顔を浮かべた。 「よかった……。ヒロくんの好みが変わってなくて」


その瞬間、俺は見てしまった。


教室の隅。 パンをかじろうとしたまま固まっている、ユイの姿を。


彼女の顔からは、今朝までの余裕ぶった笑みは消え失せ、 「なんで(・・・・)」「あんな奴が(・・・・・・)」 という、信じられないものを見る驚愕と、わずかな焦りが浮かんでいた。


そのユイが、耐えきれないというように、ガタッ!と椅子を鳴らして立ち上がった。


「……ちょっと」


低い声が、俺たちに向けられる。


「何してんのよ、西園寺さん」

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