三話『襲撃』

(話が長い……)


 筋骨隆々、軍服の悲鳴が聞こえてきそうな若い将校殿のありがたいご高説をフリートはあくびを堪えながら聞いていた。

 基地の司令ともなれば、丸みを帯びたシルエットのアラフィフが出てくると思っていたが、三年前の戦争で在庫は一掃されているらしい。


「我々は常に諸君らのように才気ある若者を必要としている! 祖国のため身を捧げる道として軍に入ることも覚えていて欲しい!」


 自分には関係のない話を聞き流しながら、今回のレポートを考えるフリート。

 そもそも、身体能力は高いが体力は致命的に足りない彼が軍医としての入隊試験をパス出来るかは怪しい所だ。

 熱心にメモを取るクラスメイト達に隠れるように窓の外へと視線を向けた。


(『魔導甲冑』か)


 格納庫の前に整列した高さ八メートルほどの人型機動兵器。大剣と火砲を搭載した、鉄血帝国の量産配備型らしく、鈍重な鎧に身を包む騎士に近いシルエットをしている。


(兄さんのとは違う)


 かつて見た兄の機体は装甲をそぎ落として、代わりに機体各部にスラスターを乗せた鋭角的な姿だった。

 驚異的な戦果を上げていた兄に与えられた専用機だったのだろう。


(まぁ、専用機なんて本来の運用思想だと本末転倒も良い所だが)


 この世界を支えるエネルギー、『魔素エーテル』。

 人類の庇護者たる『神々』を失ってから文明はこのエネルギー、ひいてはそれを利用した魔術に支えられて発展してきた。が、個人の魔術適正は才能によるところが大きい。

 よって、才能ある一個人に依らない戦力として生み出されたのが魔導甲冑。訓練という後天的な要素で、一般的な戦闘特化の魔術師を上回る戦力の兵器。

 そんな兵器で戦況すら塗り替えたのが『個人英雄』なのは、いっそ皮肉ですらある。


(次の戦争はいつ来るんだか。これまで平均十二年、最短で八年……ハイデもまた戦場に)


 十七回にわたる円卓王国と鉄血帝国の戦争。鉄血は侵攻してくる円卓を追い返すだけ、一度も逆侵攻をしかけたことはない。終わりの見えない防衛戦を百五十年以上も続けている訳だ。


(円卓も鉄血も、一枚岩とは言えないのに、よく戦争なんてする)


 皇帝の下に各都市を治める貴族が従っている鉄血と実権の無い王をいただき、四つの騎士家とその傘下が勢力争いを繰り広げる円卓。

 人食いの化け物『怪異』に人類の生存圏は脅かされているが、相変わらず人間は足の引っ張り合いに余念がなかった。


「戦争なんて嫌いだ」


 それは、唯一残った家族すら奪われた少年の小さく、しかし怒りの籠った叫びだった。

 この街を歩けば、まだいたる所に家のない人たちがいる。義肢だって珍しいものじゃない。全て戦争が生んだ悲劇だ。

 この過酷な世界では戦争すら悲劇の一側面にすら過ぎないのかもしれないが。


(……義肢、か)


 ふと、あの薄桃色の髪の少女が頭をよぎる。彼女が何者かは分からないし、好感など欠片たりとも無いが、彼女もまた戦争に人生を狂わされた一人なのだろうか。


(第二区画の外れ……)


 彼女の言葉に従うつもりは無かった。そもそも、学生とはいえ勝手に基地内を歩けば尋問か最悪なら射殺か、どのみち痛い目を見ることになる。


(俺は医者になるんだ。なって、人を助ける。妄言になんて付き合っていられるない)


 非日常なんて必要ない。そんなモノはこれまでの人生で嫌というほど味わった。その度に失った日常の価値を認識させられた。

 病で弱っていく両親に何も出来なかった自分では居たくない。フリートが失ったモノは帰ってこないけれど、せめて自分と同じ思いをする人を一人でも減らしたかった。


(話、終わりそうも無いし、暇は長そ……)


 窓の外から正面へと視線を戻した瞬間、白橙の光が壁の向こうから溢れ出して。


「——え? は?」


 白くぼやけた視界が元に戻った時、目に飛び込んできたのは剥き出しのコンクリートと頭上に広がる青空だった。


(何が……起こった? 皆は?)


 部屋の真ん中が光によって薙ぎ払われ、そこにいたはずの人影は机と一緒に跡形も無く蒸発。天井からは赤熱した鉄骨の雫が開いた穴の底へと落ちてゆく。

 余波で液化した金属が飛び散ったのだろうか、フリートの足元にはいくつも小さな穴が空いていた。


「大丈夫か……ッ! ……死んでる」


 すぐ近くに倒れた女子生徒の元へ駆け寄ったフリート。頭に空いた穴を見て、青ざめた顔で瞳孔を確認するが最後の望みも絶たれる。即死だった。


(今ので何人死んだ? 真ん中とその左右……窓側で生きてるのは、俺だけ? 向こう側へ渡る? クソ、火が邪魔だ)


 理性と混乱の狭間で思考がパンクしそうになる。

 建物を断ち割るように走る断裂を睨むフリート。飛び越えられる距離だが、絶えず滴り落ちる雫に当たれば死ぬ。それに断裂から迫る炎。火傷で動けなくなるのは不味い。


「フリート、生きてるか!」


「なんとか」


「待っててくれ、すぐ使えそうなものを見つけて……」


「俺のことは気にするな! どうにかする」


「どうにかって、待ってフリート!」


「先に逃げといてくれ、必ず追いつく!」


 炎の向こうに揺らぐエルンストの声。続くモニカの悲鳴に知らないフリをしてもう一度、窓の外を見つめる。


(五階。下はコンクリ、ミスれば……いや、やらなけりゃ死ぬだけだ)


 体力はないが、肉体の頑丈さには昔から自信がある。詠唱破棄した強化魔術を纏い、うろ覚えの知識を引っ張り出す。

 首にかけた円筒形のペンダントに祈って覚悟を決めれば、後は飛ぶだけ。


(まだ、死んでたまるか!)


 勢いに任せてガラスを突き破り、壁で仕切られた向こう側の区画へ。地面に激突する寸前、五点着地の要領で衝撃を逃がす。


「最後ミスったけど……折れては無い」


 衝撃が体の中に残っているが休む訳にはいかない。


(クソッ、どこも地獄絵図か!)


 基地の至るところに高熱で薙ぎ払われた痕が走り、火の手が上がっている。防衛設備の殆どは溶解し、魔導甲冑も格納庫ごとやられていた。


「攻撃……円卓?」


 答え合わせに時間は掛からなかった。

 巨大な追加ブースターを装備し海上を奔る機体が六機、雀の涙以下の弾幕の中を突っ込んでくる。

 右腕の複合兵装からビームを放ち、まるで役に立たない魔砲も沈黙。もはや阻むものなど何もない基地に、用済みになったブースターの残骸をばら撒きながら着地する魔導甲冑たち。


「まだ三年しか経ってないってのに……もう始まるのか、次の戦争が!」


 すぐ頭上を通り過ぎていくビームに、急いで建物の影へと飛び込むフリート。分厚い合金すら一瞬で溶解させるソレに遮蔽物は役に立たないが。


「どう動く、考えろ」


 手足を必死に動かしながら、建物と炎の間を縫って進む。こういう時、自分の体力の無さが憎い。


(合流する? そもそも、モニカ達は無事なのか? あぁ……今はそんなこと考えるな……ッ!)


 行く手を阻むように落ちてきた瓦礫。先を見れば巨大な実体剣を振るう円卓の魔導甲冑が目に入った。


(相変わらず、デカい)


 鉄血の魔導甲冑と比べて1.5倍のサイズを誇る円卓のソレ。騎士一人一人に合わせてカスタマイズされた専用機であり、円卓の一機で鉄血の一個中隊五機に相当すると言われるほどの性能差が横たわっている。


(なんでこんな数が。六機だぞ、最前線の一つとは言え、地方の都市を落とすには過剰戦力すぎる)


 軍略の知識など無いフリートですら過剰と見積もる戦力。敵の指揮官は余程心配性なのか、それともこれだけの戦力を使う理由があるのか。

 滑らかな動きで無駄なく進撃し、基地を破壊していく円卓の魔導甲冑。金属装甲に覆われているが、細部は曲線的で生物染みていて、人機一体というのが相応しい動きが、どことなく気持ち悪い。


「こっちに来てるな、どうするか」


「君、こっちへ走れ! 早く!」


 突如聞こえた声へ走り出した瞬間、今まで隠れていた建物が倒壊。瓦礫の山に変わる。


「えっと、助かりました」


「軍人では……ないか。学生? なぜ?」


「たまたま居合わせまして」


「そうか、それは災難だったな」


 建物の影に居たのは地味な色合いだが小綺麗な服の男だった。フリートとは似ているようで違う黒ずんだ金髪を少し伸ばして、瞳は青く、若い年齢に似合わない『ちょび髭』が特徴的な顔立ちをしている。

 とりわけ美形な訳でも器量が悪い訳でも無い顔。けれど、髭の男の顔が妙に引っかかって。


(この人)


(この少年)


((どこかで見た事があるような))


 だが、その疑問の答えを出す時間は二人に与えれていない。


「あの、隣の区画に行く方法、知りませんか?」


「それなら、ここを真っすぐ行けばゲートがあるが……魔導甲冑が多い場所だ。抜けるのは無理だろう」


「そんな……友達が居るんです。助けに……」


「残酷だが、友達のことは諦めるんだ。あそこは攻撃が苛烈すぎる、生きてはいまい。今なら、ほら見ろ、攻撃で壁に空いた穴、あそこから街へ逃げるんだ。まさか奴らも一戦目から非戦闘員の虐殺まではやらんだろう」


 髭の男が示す方に逃げればフリートはきっと助かる。今の彼に出来ることなど何もない。誰も責めはしないだろう。


(まただ。また、俺は置いて行かれるのか。皆、いなくなるのか)


 行動せずとも時間は刻一刻と過ぎていく。思考を必死に巡らせるが、状況を打開できるアイデアは降ってこない。


「少年、逃げなさい。今ならまだ間に合う。なに、マトモなやり方では助けられない命なんていくらでもある。それが戦場だ。気に病むことは無い、きっと君の友人も分かってくれる。さぁ、逃げるんだ。長くとどまっていると戦場に魂を置いていくことになるぞ」


 フリートが罪悪感を抱えないように、髭の男なりに言葉を選んだのだろう。だが、彼は致命的な所で使うべきでない言葉を使ってしまった。


(マトモなやり方じゃ……)


 この時、フリートは既に少し錯乱していた。普段の自分なら、こんな馬鹿げた選択をするはずが無い。

 けれど、今はそれでいい。


「第二区画への行き方、分かりますか?」


「左に曲がって進めば着くが……やめた方が良いぞ。確かに魔導甲冑はいないが途中の火の手が強い……って、待て少年!」


 まるでコインを投げる感覚でフリートは走り出す。髭の男の制止を振り切り、炎と瓦礫の海へと消えて。


「既に気が触れていたか……逃げられればいいが。さて、少年によれば友達が居るんだったな。子供を置いていく訳にはいかんよなぁ……覚悟を決めろ、アドルフ。なに、西部戦線で地べたを這いまわっていた時よりはマシだろう」

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