第40話 喫茶店にて4

申し訳ございません。先ほどまで前話と同じ内容になっていました。

これは、訂正したものです。

―――――――――――――――――――――――――


「とはいえ、どこから話そうか……。うん、そうしよう。君は天才とはどういう存在だと思う?」


 唐突な問いに、思考が一瞬止まった。

 天才――その言葉は、これまで何度も耳にしてきたはずなのに、いざ定義しろと言われると曖昧で、掴みどころがない。


「自他の違いを明確に理解して、その違いを全力で伸ばした人たちのことですか?」

「おお、いいねぇ。それは、冴の言葉だ。しっかりと彼女の配信を覚えているじゃないか」


 莉緒は愉快そうに笑みを浮かべ、指先で空になったカップを叩いた。


「でもね、ボクの考えは違う。天才とは、他人より多くの成功を経験した凡人に他ならない。何故、その差が出来てしまったのかというと、ただ単に――天才は挑むことをやめなかっただけだ」

 

 才能や特別な資質ではなく、ただ挑戦を繰り返すこと。

 その言葉が胸の奥に重く沈む。

 

「凡人は失敗を恐れて立ち止まる。でも天才は、失敗を積み重ねてもなお進み続ける。その差が、やがて埋められない溝になるんだよ。ボクは、本物の天才を二人も、すぐそばで見続けていたから、この理論は正しいと確信しているんだ」

「でも……それが莉緒さんの信念に、どう関係あるんですか?」


 問いかけると、莉緒は一瞬だけ目を細めた。

 次の瞬間には、また愉快そうな笑みを浮かべている。


「関係大有りさ。ボクの信念――ボクがこの世界に生まれ落ちた理由は、凡人が持つすべての力を引き出し、天才に取って代わるためなんだから」


 ……は?

 

 その言葉を聞いても、僕はすぐに理解することが出来なかった。

 天才に取って代わる――おそらく、この天才とは冴さんのことを示しているし、凡人とは莉緒さん自身だけではない、僕を含めたすべての人間を指しているのだろう。


「うそ、ですよね……」

「さあね。信じるかどうかは君次第だよ」


 軽く言い放ちながらも、その瞳は冗談を許さない光を宿していた。

 僕は言葉を失い、ただ視線を逸らすことしかできない。


「でもね――」

 

 莉緒は身を乗り出し、声を潜めるようにして続けた。


「もしボクの言葉が本当だとしたら、君はどうする? 「僕にはできないですー」とか言って、何もせず足を止めるのか。それとも、ボクの言った通り――天才に取って代わろうとするのか。ボクは君の選択を尊重するよ」


 喉が渇く。

 言葉を返そうとしても、舌が張りついたように動かない。

 挑むか、立ち止まるか――そんな単純な二択のはずなのに、どちらを選んでも後戻りできない気がした。


「冴さんと、友達のはずじゃあ……」


 莉緒さんは、僕がかろうじて絞り出した言葉を聞くと、今度は腹を抱えて笑い出した。


「アハハハッ! そうだよ。ボクは冴と友達――いや、親友すらも超える何かだ! でも、だからこそ――ボクたち凡人は、彼女と取って代わらなければならない! それとも、親友を超えることが、裏切りだとでも思ってるのかい?」

「それは……」


 声にならない声が喉の奥で途切れる。

 否定したいのに、言葉が見つからない。

 莉緒の論理は歪んでいるはずなのに、どこかで正しさを帯びているように思えてしまうからだ。


 ――それだけじゃない。

 莉緒さんの言葉には、一段大事な――核となるような物が含まれていないような気がした。

 まるで本当に言いたいことを、わざと隠しているかのように。


「これくらいかな。ボクの信念について、言うべきことなのは。何か質問はあるかい?」


 挑発するような笑みを浮かべながら、莉緒さんは僕を見つめていた。

 喉の奥がひりつく。

 本当は聞きたいことが山ほどあるのに、どれも口に出せなかった。


 ――彼女が本当に隠している核に触れてしまえば、もう戻れない。

 そんな予感だけが、胸の奥で膨らんでいく。


「……いえ」

 

 かろうじて絞り出した声は、情けないほど小さかった。


「じゃあ、もうそろそろ帰るとするか。今はまだ九時くらいだけど、未成年である君が夜中に出歩いていたら、補導されてしまうかもしれないからね。良かったら家まで送るけど、どうする?」


 軽い調子で言いながらも、その瞳の奥にはまだ先ほどの光が残っていた。

 冗談めかした気遣いの言葉と、底知れない信念の影が同居している。


「……大丈夫です。一人で帰れますから」

 

 そう答えながらも、胸のざわめきは収まらなかった。


 ――結局、何も聞けなかった。

 彼女が隠している核に触れる勇気もなく、ただ逃げるように席を立つ。


 夜の空気は冷たく澄んでいるはずなのに、喉の渇きだけは消えなかった。

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