第28話 勇者旅立 ③
空の大冒険です。わあぁぁぁい! ……嬉しくない。ちっとも嬉しくない。
異世界に転移させられて、そこがヤバいところだったから着の身着のまま逃げて逃げて、ようやく目的地近くまで来た私たちはいま、ファンタジー真っ只中にいる。
そう……想像上の生物の代名詞、ドラゴンの背に乗って空を飛んでいるのです……。なんでだよっ。
「レーゲン、ちょっと逸れてるぞ。ヴィントの後ろについていけ」
「びゅい」
……なぜ、空を飛んでいるドラゴンのかわいい鳴き声が聞こえてくるのかと問えば、どうやら快適な空の旅のため、風魔法を使ってシールドを張っているらしい。だから、めちゃくちゃ早く飛んでも風も感じなければ圧も感じない。のんびりと座ってお茶でも飲めるつーものよ。……ドラゴンの背ってゴツゴツしているところがあるから、気を付けないとお尻が痛くなっちゃうけど。
「キッカ。大丈夫か?」
キラキライケメンが気遣って声をかけてきたけど、私は憮然とした表情で応える。焼き菓子を手に持った小次郎がオロオロして私とレオンさんの顔を交互に見るが、私は不機嫌なんです!
レオンさんが困った顔でコテンと首を傾げる。
「まだ、怒っているのか?」
「当たり前です! ただでさえ乗り慣れてないドラゴンの背。初めて行く場所。なのに……家族とバラバラになるなんて、聞いてません!」
フンッと鼻息もお見舞いしてやったわ。
モーリッツさん一家とお別れして、冒険者パーティー「ライゼ」との待ち合わせ場所に移動した私たち。街中でドラゴンを本来の大きさに戻すのは憚れるとのことで、街を出てしばらく街道を徒歩で移動。広い場所に出たところで、シルビオさんの肩に乗っていたヴィントが大きくなった。ついで、レオンさんの背中にへばりついていたレーゲンも大きくなる。
「ドラゴンの背に乗り慣れていないアオイたちは、俺と一緒にヴィントに乗ってくれ。人を乗せることにも慣れているし、風魔法で乗っている奴らの安全も確保してくれる」
それはありがたいと、ヴィントに「お願いします」とペコリ頭を下げて、さて、どこから背中に登ればいいかな? とキョロキョロ見回していた橘一家の耳に、かわいいけど暴力的な音でレーゲンの鳴き声が刺さる。
「ぴゅーいっ! ぴゅーいっ!」
なにかを訴えるような声と、明らかに癇癪をおこしているようなジタバタ加減。どうした?
「……すまん、レーゲンがこっちに乗れと我儘を言っている」
むぎゅっとしたしかめっ面でレオンさんが、リーダーのシルビオに訴えている。いいんじゃない? レオンさんはレーゲンに乗れば? 私たち初心者はベテランのヴィントに乗ります。デカ過ぎてどこから背中に登ればいいかわからない。兄がドラゴンの前足によじ登っているが、私はともかく姉には無理な乗車スタイルだ。
「お前だけじゃダメなのか?」
「それが……」
ハッ! いま、レオンさんがチラッとこっちを見た気がする。ちがうちがう、きっと私たちの後ろにいるカルラさんとオリビアさんだろう。うむうむ、安全第一主義の橘一家は、ヴィントの背中に乗ってフュルト国へ行きたい。行かせて。お願いします。
私の必死の願いも虚しく、シルビオさんとレオンさんの視線を感じる。そして、ヴィントの前足にしがみついていた兄はボトリと下に落ちてきた。
「キッカ、君はこっちに乗ってほしい」
「こっち?」
なぜ、ドラゴン乗り初心者を、落ち着きの足りない幼いドラゴンの背に乗せようとするのだね? しかも、名指しで私? もしかして私だけ? ええ? 橘一家全員でそっちに乗るのではなく?
私の疑問にレオンさんは目を合わさず、ボソボソとした喋りで答える。
「アオイたちは無理だ。レーゲンの背に乗れるのは俺とキッカ……かろうじてコジローぐらいだ」
レーゲンは人を背に乗せて飛び始めて日が浅いから、そんなに負荷はかけられないらしい。だったらレオンさんだけで飛んでくれ。
「レーゲンがキッカを背に乗せたいと……」
嘘でしょ! そのあと、いろいろと交渉の結果、レーゲンの背には操縦者のレオンさんと私と、もう一人の犠牲者として小次郎が乗ることになった。
「ちょっと、レーゲン! あんた、私を乗せたいってダダをこねたんだから、きっちりと飛びなさいよね。いい? 私と小次郎はとっても弱いの。ちゃんと守ってよ」
私の勢いにレーゲンは目を丸くして、私の言葉にひとつひとつに頷いていた。そのあとも曲芸はするなとか、スピードを出すなとか厳しく注文を出してやった。それこそ、レオンさんが止めるほどに。
こうして、私はレーゲンの背に乗ることになったのだが、まだ子どものレーゲンは空に飛び上がると私の注意など知りませんとばかりに暴れやがった。ヴィントを待たずに出発し、レオンさんに叱られていじける。でもすぐに忘れてあっちへフラフラ、こっちにフラフラ。それなりのスピードで飛んでいるのに、こっち向かないで!
「キッカ、コジロー、すまない。気に入った奴と空を飛べて、レーゲンは浮かれているんだ」
「はあ……そうですか」
ドラゴンに気に入られてもあんまり嬉しくないのはなんでだろう?
フュルト国に着くころには、私と小次郎は疲れきっていた。レーゲンはご機嫌でぴゅいぴゅい鳴いているけどね。
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