第12話 勇者逃亡 ⑦
各々、ここを出立する前の荷物の整理をしていたのだが……ここで、姉のオタクネタが炸裂する前に小次郎のチート能力が発揮された。そうだった、この子は「勇者」でいろんな能力を持っているんだった。
「あのね……、僕たちのバッグは桜さんが言っていたとおりマジックバッグなんだけど、容量が1000倍の時間停止ってある。あと……」
小次郎はチラチラとこちらを窺うように見てくるけど、なんだろう? 私はあのアホ神からはバッグは貰ってないんだけど……。
「菊華ちゃんのそのバッグ……、マジックバッグになってる。容量が無限の時間停止。神様から貰ったバッグよりもすごい」
「はああああぁぁぁぁっ?」
いま、私が手に持っているのは、モーリッツさんから貰った穴の開いてた布バッグ。それを、私の洋服の端っこと糸で直したもの。それが、なんでマジックバッグなんて異世界不思議鞄になっているの?
「あら、菊華ちゃんのは
お姉ちゃん、わかる言葉で喋ってください。
「よかったじゃないか菊華。これで荷物がいっぱい持てるな!」
兄の能天気な言葉に私は肩を落とす。もう少し危機感を持ってほしい。私は姉のウエストポーチから自分の分の着替えやら水筒やらを、不思議鞄仕様になった布バッグに移しながら、兄たちへ小言を漏らした。
「あのね、こんなマジックバッグを私たち全員が持っているって危ないでしょ? マノロさんとドナトさんが言ってたじゃない。盗まれるかもしれないし、奪われるかもしれないって。だ・か・ら、このバッグが見た目以上に入ることは内緒よ。いいわね!」
ちなみ、ここまでの会話は小声で話してます。薄いテントの布越しでは音は漏れるし、会話は筒抜けだから。
「そうだな。俺たち、着の身着のままスタンピードから逃げてきた余所者って設定だし」
兄は腕を組んでうんうんと頷き、姉は何も考えていない。……小次郎はもじもじしている。どうした?
「小次郎……、何か言いたいことでもあるの?」
「あ……あのね、そのぅ……」
もじもじ。
でも、小次郎の視線は兄の手にある水筒へ注がれている。兄も視線に気づいたのか水筒を顔の位置まで持ち上げ、しげしげと見始めた。
「その水筒のお水、飲んでも減らないって」
「え?」
「……そっちのお肉とドライフルーツも。桜さんの化粧品も……使っても減らないって」
なんですと! そんなお得情報が!
「小次郎……も、もしかして、このお金も……使っても減らない?」
「…………」
小次郎は黙って首を横に振る。どうやら、お金は使ったらなくなるらしい。ちぇっ、残念。
これで、ノイス国を出てアーゲン国までの移動の間、最低限の飲み水と食料の確保はできた。あとは、アーゲン国からフュルト国への移動方法と、それにかかる経費をどう稼ぐか。アーゲン国では宿住まいになるから、なるべく安全な宿を探して泊まりたい。
「桜が聞いていたアーゲン国の宿じゃダメなのか?」
「お兄ちゃん。ノイス国の文官が教えてくれた宿よ。それなりの宿で宿泊費だって高いはず。神様から貰った一人金貨三枚の状態じゃ、倹約生活しないと一文無しになるのはあっという間よ」
兄と私でお金をどうするのか熱い激論を交わしていると、姉が控え目に右手を上げた。
「あのぅ……」
「どうしたの?」
お腹でも痛くなった? 神様から貰った薬でも飲めば? 薬包にはご丁寧に日本語で「腹痛」「痛み止め」「解熱剤」など書いてある。小次郎に鑑定してもらったところ、飲んだら必ず治る神薬だった。
「この金貨だけど、菊華ちゃんは日本円でどれぐらいだと思っているのかなって」
金貨三枚……。心情的には日本円で30万円ぐらいと思いたいが、あの駄神のやることなので金貨一枚1万円の合計一人3万円だと思っている。そう、姉に告げると、姉は珍しく大きなため息を吐いた。
「みんなにお金の話……しなかったものね」
「してたじゃない、お金の話。いまだって」
「違うの。この世界のお金の種類の話よ。この大陸では共通の貨幣が使われていてね……」
姉の説明によると、勇者召喚をしたトリーア国、難民キャンプがあるノイス国、アーゲン国やフュルト国など同じ大陸の国は共通の貨幣を使っているらしい。両替しなくても済むのは嬉しい話だ。
あっちの世界とは違い紙幣はなく、全て硬貨。平民は鉄貨や銅貨をよく使い、銀貨や金貨は大きな支払いのときに使う。つまり……この金貨は平民が持っていると狙われるってことね。
「菊華ちゃん、その金貨……金貨じゃないの」
「え? 金貨じゃないの?」
こんなに金ピカなのに? はっ、まさかニセ金貨? あの、クソ神め~っ。
姉は怒りの握り拳の私を見て苦笑すると、文官から貰った紙にサラサラと何かを書いていく。
「こっちは鉄貨、銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨、大白金貨ってあるの。これはだいたい日本円にすると……」
そもそもの物価があっちの世界とどう違うのか、買い物もしたことがなければ店の商品を覗いたこともないのでわからない尽くしだけど、姉が考えているそれぞれの硬貨の価値は……。
鉄貨が10円、銅貨が100円、銀貨が千円、大銀貨が一万円、金貨が10万円、大金貨が100万円、そのうえには白金貨があり、白金貨が一千万円、大白金貨が一億円。
「ふわわわわ、この金貨三枚で30万円!」
神様ったら太っ腹~と浮かれた私の耳に姉の疲れた声が響いた。
「それは大金貨で、三枚で300万円だよ」
な、なななな、なんですとーっ!
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