第8話 三人の戦乙女たち

翌日、バルトロメアは第十一師団の他連隊の戦乙女たちから呼び出しを受けた。

 「訓練を見学してほしい」との要請である。


 彼女はまだこの師団に来て間もない。猫使役という希少なスキルの保持者ではあったが、実戦部隊ではなく補給隊所属という立場ゆえ、他の戦乙女たちから半ば好奇の目で見られていた。


 演習場へ向かうと、すでに訓練は始まっていた。朝の光を浴びて、砂塵の舞う広場の中央に三人の乙女が立っていた。


 銀髪の乙女が木刀を高く掲げると、空が低く唸りを上げた。

 雷鳴が轟き、瞬間、白光が閃いた。

 地面に並べられた案山子が、黒焦げの煙を上げて崩れ落ちる。


 次に、茶髪の乙女が足を滑らかに回転させ、杖を水平に振った。

 風が唸り、渦を巻く。

 竜巻のような風柱が立ち上がり、案山子を空へと巻き上げた。

 それは一瞬の舞で、やがて空中でばらばらに砕け、砂地に落ちた。


 最後に、黒髪の乙女が手を広げた。

 その掌に朱の光が集まり、次の瞬間には轟々と炎が走る。

 落ち葉が燃え上がり、熱波が押し寄せた。

 風と雷と火――三つの力が交錯する光景は、まるで神話の一幕のようだった。


 訓練を終えた三人は額の汗を拭いながら、こちらへ歩いてきた。

 彼女たちは息を整えつつ、バルトロメアに微笑みを向ける。


 「こんにちは。私はアデリーナ。雷鳴の戦乙女よ」

 「わたしはクラリーチェ。風の戦乙女」

 「ファビアです。火炎の戦乙女」


 「はじめまして、バルトロメア・ディ・パンフィーリです。猫使役の……」

 そう名乗ると、アデリーナが興味深そうに眉を上げた。


 「猫? 珍しいわね。テイム系って、普通は狼とか猛獣系でしょう? まさか戦場で猫を使うの?」

 バルトロメアは少し苦笑した。

 「いえ、戦闘用じゃなくて……補給部隊でネズミ退治とか、そういうことです」


 本当は、あの“猫の王国(レグナム・フェリアム)”のスキルの存在を口外してはならないと、ナルディーニ中佐から厳命されていた。

 だから彼女は、あくまで控えめに答えるしかなかった。


 クラリーチェが風に髪をなびかせながら笑った。

 「補給も大事よ。うちの父が軍務省で補給関係の部署にいるけど、補給が止まればどんな強軍も終わりだって言ってたわ」


 ファビアも頷く。

 「それは常識よね。でも、ナルディーニ中佐が見込んだ乙女なんだから、きっと何か“それ以上”があるんじゃない?」


 三人は自然と輪になり、木陰の下で水筒を回しながらおしゃべりを始めた。

 戦乙女といえども、まだ十代後半の娘たち。笑い声の中には少女らしさが滲んでいた。


 「ねえ、バルトロメア。ナルディーニ中佐とはどういう関係?」

 アデリーナが茶化すように尋ねてきた。


 「関係って……そんな。まだお会いして間もないし、仲が良いとも悪いとも……」

 バルトロメアは頬を赤らめながら言葉を濁す。


 クラリーチェがくすくすと笑う。

 「アデリーナが中佐に夢中なの、みんな知ってるのよ」

 「ちょっと、やめてよ!」アデリーナが頬を膨らませる。

 「あなたこそ、デメトリオ少将を遠くから見つめてるじゃないの!」

 「だって……あの方、近づきがたいんだもの」


 ファビアが苦笑して肩をすくめた。

 「私は恋なんてまだ早いわ。両親には“戦争が終わったらお見合いしなさい”って言われてるけど……そんな気分じゃないの」


 話題はいつしか恋愛談義になり、笑いが絶えなかった。

 アデリーナがふとバルトロメアを見て尋ねる。

 「あなたは? 誰か好きな人、いるの?」


 バルトロメアは少し考えてから、ためらいがちに言った。

 「デメトリオ少将は素敵だと思うけど……妹のフラミニアさんに、ちょっと苦手意識があって」


 「あー、あの子ね」アデリーナが顔をしかめる。

 「ほんと、高慢ちきで有名よ。デメトリオ少将に近づく令嬢は、みんな嫌がらせを受けるって話」

 ファビアも頷いた。

 「第一師団所属よね。火炎系スキルが強力で、軍内でも評価が高いけど……性格が灼熱そのものって噂」


 そのとき、遠くで馬のいななきが聞こえた。

 見ると、フィオーレ少尉が馬に乗って駆けてくる。

 砂を蹴立てながら、息を切らして叫んだ。


 「バルトロメア嬢! 至急、お戻りください。ナルディーニ中佐がお呼びです!」


 空気が一瞬、ぴんと張りつめた。

 バルトロメアは慌てて立ち上がる。

 「ごめんなさい、行かなくちゃ」


 三人の乙女が手を振った。

 「また会いましょう!」

 「今度は一緒に訓練しましょうね!」

 バルトロメアは笑顔で頷き、馬に飛び乗った。


 風を切って駆け抜けながら、胸の中に小さな不安がよぎる。

 中佐が自分を呼び戻すということは――ただ事ではない。


 司令部に戻ると、ナルディーニ中佐が地図の前で腕を組んでいた。

 その顔は険しい。


 「よく来た。すぐに第一師団へ向かう。緊急事態だ」


 その言葉に、バルトロメアの背筋が伸びた。

 嵐の前の静けさのように、空は不気味なほど晴れ渡っていた。

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