第22話 街角の再会

 調理師ギルドを出たルナは、ライラとシリウスを連れて石畳の通りを進んでいた。


 目指すは冒険者ギルド。ダリウス達に会って、翠魔の森についての情報を集めるつもりだ。


 街はすっかり午後の陽気に包まれている。商店からは人々の声が聞こえ、遠くでは子ども達が遊ぶ声も響いていた。


 その時――


「あ、ルナちゃん!」


 聞き覚えのある声に振り向くと、黒いローブを纏った若い女性が駆け寄ってきた。


「ノーラ殿!」


 ルナが嬉しそうに手を振る。


「すっかり街の有名人ね」


 ノーラは少し呆れたような笑みを浮かべた。


「どこに行ってもルナちゃん達の噂で持ち切りよ。派手に暴れた黒い騎士って、そっちのシリウスのことでしょ。それに天翼族まで……一日会わなかっただけで、色々起きるのね」


「まあ、いつの間にかそうなってたのじゃ」


 ルナは苦笑した。


 ルナ自身は晩餐に招かれただけで、特に派手なことをした覚えはない。大騒ぎを起こしたのはシリウスで、ライラまで注目されていると知ったのも、ついさっき外に出てからだった。


「それに、子爵様から食事に呼ばれてるんでしょ?」


「うむ。昨晩ご馳走になったのじゃ」


「あ、もう終わってたのね……」


 ノーラは少し驚いた様子で口元に手を当てた。


「大丈夫だった? 私達、昨日の夜明け前に、貴族の使いの人が来て、あれこれ聞かれたのよ。ルナちゃんとどこで出会ったのか、どんな物を食べてたのか、とか」


「ほう」


「ジェドはルナちゃんを探しに行こうって言ってたけど、貴族が関わってることに平民が迂闊に動くのは良くないってダリウスが止めたの。それに聞き取りの内容も穏やかなものだったから、大丈夫だろうって」


 ノーラの声には、心配していた様子が滲んでいた。


「手厚くもてなされたぞ。悪い奴を倒して感謝されたのじゃ。飯も酒もうまかったのじゃ」


 ルナは満足そうに頷いた。


「お金もいっぱいもらえたしのう」


「あ、そう……」


 ノーラは少しだけ拍子抜けしたような表情を浮かべた。


「余計な心配だったみたいね。それに、シリウスってやっぱりとんでもなく強いのね」


 ノーラの視線がシリウスに向く。そして、ぱたぱたと羽を揺らすライラへと目を移した。


「こっちの子が、もう一つの噂の……」


「ライラじゃ」


 ルナがライラを紹介する。


「ライラなのです。ルナ様のお世話をしてるのです」と、ライラが前に出る。


「え、そうなの。小さいのに偉いわね」


 ノーラは思わず頭を撫でそうになったが、寸前で手を止めて微笑んだ。


「晩餐では演奏をしてもらったのじゃ。子爵殿も聞き惚れておったわ」


「演奏……天翼族の」


 ノーラの目が輝いた。


「すごいわね。私もいつか聴いてみたいわ」


 ノーラは話を戻すように、ルナに視線を向けた。


「ルナちゃんは、これからどうするの?」


「そうじゃった。翠魔の森のことを聞きに、冒険者ギルドに行くところだったのじゃ」


「翠魔の森?」


 ノーラがきょとんとした顔で首を傾ける。


「そういえば、ルナちゃんはそっちから来てたもんね。でも、ギルドに行っても情報は得られないと思うわよ」


「なんじゃと?」


「森に関係する依頼は受理されないようになってるから。情報も子爵様の許可がないと無理じゃないかしら?」


「情報も規制がかかっておるのか……」


 ルナは少し考え込んだ。


(となると、冒険者ギルドに行く意味がなくなるな。結局、子爵に話をしないと前に進まないということか)


「もし、子爵様から許可が下りなかったらどうするの? 情報だけじゃなく、探索することだって禁止されてるはずよ」


「許可?」


 ルナは首を傾げた。


(そもそも許可っているのか? あの森が子爵領ってことなら分からなくもないけど……どうもエルフは特別っぽいしなぁ)


 よくよく考えてみれば、ワイバーンのこともそうだ。


 転移直後に迎撃してしまい、それが後にダリウスから災害級と聞いたため、ルナの中では「やらかしてしまった」という気持ちが強かった。


 災害級となれば、気安く手を出していい相手ではない。無用な騒ぎを呼ぶかもしれない。だから黙っていようと思っていた。


 だが、冷静に考えてみれば、空間ストレージには新鮮なワイバーンの死骸。災害級という脅威を取り除いているのだ。


 それならむしろ、良いことをしたのではないか。叱られる要素など……どこにもない!


 そこまで考えた瞬間、先程までの憂鬱さから一転、強気な感情が芽生えてくる。


「許可が必須とは思わんが、その時はこっそりやるのじゃ!」


「こ、こっそり……。そんなに大事なこと?」


「調理師ギルドで聞いたのじゃが、翠魔の森の奥地に【深緑の雫】という水があるそうでのう。高濃度のマナを含んでいるらしいのじゃ。それを使って、ある料理を作る約束をしておる」


「高濃度のマナ……」


 その言葉に、ノーラの目が輝いた。


「その深緑の雫、私も興味あるわ!」


 身を乗り出し、ルナの手を握る。


「私、魔宝石マジックジェムの研究をしてるの。もし採取に行くのなら、私も連れて行ってくれない? ダリウスとジェドも連れて行くから、危険があっても自分達で何とかできるわ」


「うーむ……」


 ルナは少し困った顔をした。ある程度情報を集めたら、ステラライダーですぐさま向かうつもりだったのだ。


 ルナの反応が良くないと見て、ノーラが思いついたように声を上げた。


「あ……そうだわ! ルナちゃん、今から私の研究記録を見に来ない? 人の街や文化に興味があるって言ってたでしょ。私の研究も、きっと面白いと思うわ」


 ノーラは少し照れたように続けた。


「それに、もしアドバイスとかもらえたら私もすごく助かるし……だから、その代わりに森へ連れて行ってもらえたら嬉しいな」


 アドバイス込みなら、交換条件になっていない気もするが……確かに研究に興味はある。


 ルナのクラフトは超魔導釜ハイマジック・カルドロンによるもので、ゲームシステムそのままである。この世界の人達がどんなふうにクラフトをしているのかは見てみたかった。


「ふむ。よいぞ。では行こうではないか」


「本当!?」


 ノーラは両手を胸の前で合わせ、ぱっと表情を明るくした。


「じゃあ、こっちよ!」

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