第16話 星旋の天騎士
もぐもぐ……
「美味しいです」
もぐもぐ……
「これも美味なのです」
ルナの目の前で、クリーム色のもこもこカールヘアが揺れていた。
「わ! ちょっぴり辛いけど美味しいのです」
高級宿の一室、大きなテーブルに、ルナがクラフトし、食べ残した料理が並べられている。
それを外見年齢七歳ほどの小さな天使が、夢中になって食べていた。
彼女の名前はライラ。残飯処理のために呼び出した
「ルナ様。これはもう少し胡椒を利かせたほうが美味しくなるのです」
グルメな彼女は、主であるルナへの諫言も欠かさない。
「うむ。次に作る時はそうしよう。しかし……いつも思うが、その小さな体によく入るのう……」
「知らないのですか、ルナ様。美味しい食べ物は別腹といって無尽蔵に入るのですよ?」
「それはお主だけじゃと思うがのう……」
ライラの種族は
瞳は淡い金色で、背中からは手のひらサイズの白い羽が二対。
エンジェルナイトの基本装備である、白を基調にした軽鎧。これの肩、胸、スカートに音符の彫金をルナが施した。
グルメで食いしん坊な彼女は、こうしてルナの食べ残しを処理するために、度々呼び出されていた。
小さな羽をパタパタ揺らしながら、もぐもぐしているライラを見て思いつく。
「そうじゃ、ライラよ。今夜、子爵の晩餐に招かれておる。そこでいつもの演奏をしてくれぬか?」
フォークにピーマンの肉詰めを刺しながらライラが答える。
「お安い御用です。ライラも食事はできるです?」
子爵から見れば、ライラは従者のような立場に見えるだろう。であれば、同席で食事とはいかない。
「お土産として余り物をもらおう。それで我慢せい」
「仕方ないのです。お土産はいっぱいせがんでほしいのです」
「失礼にならん範囲でな」
ライラはピーマンの肉詰めを口に頬張ると、次の獲物へとフォークをさまよわせた。
ライラのメイン武装は、エンジェルナイトの基本武装である巨大なランスだ。
そこにルナがカスタムを施し、サブウェポンとして、顔ほどの大きさのハープを腰に下げている。
フレームは白金色で小さな羽の装飾がされている。弦は星の光を編んだように、触れると淡く輝く。
魔力を音に変換し、どんな音でも奏でられる。一人オーケストラなんてことも可能である。
ルナぐらいの廃人プレイヤーともなれば、貴族や豪商といった人達と食事をする機会も増えてくる。
ただ、初対面のおじさんとの食事が盛り上がることは珍しい。いつも退屈しながら晩餐をやり過ごすことが多かった。
せめて音楽でも流れていれば……と思いついて制作したのがアストラルメロディナイト。ライラである。
相手に演奏を聞きながらの晩餐を提案したところ、これがかなりの好評だった。
そのため晩餐となれば、ライラを連れて行くのが当たり前になっている。
高貴な場所の晩餐ばかり連れて行ったからか、ライラはすっかりグルメになり、食い意地も成長してしまった。
気づけば、ルナがクラフトした料理にまでライラがあれこれ注文をつけるようになった。そのおかげでルナの調理の腕前もぐんと上達したので、こればかりは結果オーライと言えよう。
ライラが残飯処理を終えた頃に、外から馬車の音が聞こえてきた。
「そういえば、服装はこれでいいのかの?」
ルナは自分の
(まあ、これで王城なんかも出入りしてたし、許容範囲だろ)
貴族令嬢が着るようなドレスもあるにはあるが、子どもが背伸びしているように見えて、あまり好きではない。
それに経験上、令嬢としての姿よりも、大魔法使いといった感じで行ったほうが話し合いもうまくいく。
しばらくすると、宿の下から声が聞こえた。
「ルナ様、お迎えの馬車が来ました」
ロベルトの声だ。ルナは部屋を出て、階段を降りた。
途中、いつの間にか増えていたライラの姿にロベルトがギョッとしたのがわかったが、説明が面倒なので、ルナは何でもないように目の前を素通りする。
宿の外に出るとオスカーが控えていた。オスカーの後ろには立派な馬車がある。黒塗りの車体に、貴族家の紋章が描かれている。
「では、参りましょう」
オスカーが馬車の扉を開け、ルナを招き入れる。ルナが席に着くのを見届けると、御者が馬車を走らせた。
シリウスは馬車の左側を歩き、ライラが右側をパタパタと小さな羽で飛んでいる。
馬車の中は思った以上に広く、柔らかいクッションが敷かれていた。
「子爵殿はどんなお方なのじゃ?」
向かいに座るオスカーに尋ねると、彼は少し考えてから答えた。
「アルフレッド様は、誠実で思慮深いお方です。領民のことを第一に考えておられます」
「ほう……」
「ただ、少々心配性なところがございまして……今回の件も、かなり気にしておられました」
「そうか。心配することもないと思うがのう?」
(犯罪組織が壊滅して、子ども達が助かってハッピーエンドじゃないのか? あ、残党の報復とかを警戒してるのかな。それならシリウスに徹底した壊滅を命じてみるか)
馬車は街の中心部を進み、やがて高い塀に囲まれた屋敷の前で止まった。
立派な門をくぐり、広い庭を抜けると、石造りの館が見えてくる。中世ヨーロッパの貴族の館を思わせる、重厚な造りだ。
「ルナ様、こちらへどうぞ」
彼に案内され、ルナは広い廊下を歩く。壁には絵画が飾られ、磨き上げられた床が足音を静かに反響させる。
やがて、大きな扉の前で立ち止まった。
「子爵様がお待ちです」
オスカーが扉を開くと、広い食堂が現れた。
長いテーブルの奥に、一人の男性が立っている。四十代半ばと思われる、穏やかな顔立ちの男性だ。髪には白いものが混じり始めているが、背筋はまっすぐ伸びている。
「ようこそ、ルナ殿。私がアルフレッド・グリューンフェルトです」
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