第6話 森の美女
手甲をはめたまま、俺は宿への道をのんびり歩いていた。
両手に鉄板入りのグローブ、左腕にはゴツい手甲。
ゴツゴツした感触がなんだか頼もしくて、ついニヤニヤしてしまう。
「シュシュッ!シュシュシュ!シュワー!うぇーい!」
「ユート……」
うーん!風を切る音が心地いい!日本にいた頃はこんなん無理だったからなぁ、今の俺なら全盛期サップと正面から殴り合いしても平気だぜ!
「防具を買う金も無かったし、これでよかったな!」
服の隙間に隠れているファーマが、ちょっと心配そうな目で俺を見上げてきた。
「ユート、無理はしないでくださいね。そんなの使ったこともないんですから」
「大丈夫だって!殴るだけなら剣よりよっぽど楽だろ」
ファーマは小さくため息をついたけど、すぐに優しい笑みを浮かべた。
とても、とても優しい笑みだ……、まるで聞き分けのないキッズを慈しむような……。
「ユートがそう言うなら……信じますよ」
◇◆◇◆◇
宿に戻ると、ミ、ミリ、ミリなんとかちゃん?が荷物を抱えて運んできた。
新しい服に、靴、革のベルト、果ては石鹸まで。
「お兄さん、全部買ってきましたよ」
「サンキュー!余った金は小遣いにしてくれ」
ミリーちゃんの目がキラキラ光って、思わず笑っちまった。
「冒険者ってもっと稼げないものだと思ってました!」
「フハハハハ!魔物退治なんて朝メシ前だよ」
これでとりあえず身の回りの物は揃ったかな。金も無くなっちゃったが、また魔物を狩ればいいだけだ。
「借りてる服は洗って返すよ」
「一緒に洗うからいいですよ。お兄さんの分も出しといてください」
人差し指と親指で輪を作ってニッコリ笑顔を見せつけてくる。この世界でもそんなポーズがあるのかよ。
◇◆◇◆◇
夜。ベッドに寝転がってファーマと明日の予定を再確認する。
「封印場所はわかってるんだよな?」
「えぇ、町を出て半日くらい進んだ先です。でも分かるのは方角と距離だけですから、無理はせずに撤退を考えておいてください。封印場所にはたぶん魔族が、魔族じゃなくてもかなり強い魔物が守ってるはずです」
「近いな。ベリエルだっけ?早く精霊を解放して、スローライフの食料庫を確保しないとな」
ファーマの瞳が一瞬だけ揺れた。でも、すぐに真剣な声で続ける。
「ユート、油断は禁物です。魔族は強大な大精霊たちを残らず封印しました、そこらの魔物とは別格です。エリシア様が託したその体……ユートはこの世界の希望なんですよ」
「わかってるって。でもいつまでもフラフラしてる余裕もないだろ?それに精霊を解放すれば俺の力も増すって言ってたじゃないか。早く封印を解いて弾みをつけようぜ」
ファーマは小さく頷いて、そっと微笑んだ。
◇◆◇◆◇
翌朝、夜明けすぎ。
空いたばかりの門を抜けて、朝露の光る街道を歩き出した。
左手の手甲が朝陽を浴びて鈍く輝いている。こいつで魔族をブチのめしてやるぜ。さっさと魔王を倒して最高のスローライフ体制を作るのだ。そして俺はエリシアと……。
「行くぞ!ファーマ!」
「はい、ユート。ずっとそばにいます」
日がしっかり昇るまで街道を歩き、そこから外れて森の方へ。全てファーマ任せだ、信頼してるぜ。
道中にはヘビっぽいのやら猪っぽいのやらが襲ってくるがどれも弱い。やはり森の奥にこそ強い魔物が溜まってたんだな。
ここらの魔物なんて楽勝……だと思ったんだが。
「でりゃあああああ!」
バゴン!
でかいカブトムシみたいな魔物の頭を打ち砕いた。もう確実に死ぬ、だがそれでも魔物の体は潰れた頭をぶら下げて突っ込んでくる。
「チッ!」
手甲で打ち払い、地面に叩きつけて今度は体を中心を突き砕いた。ようやく魔物は霧になって消えていく。魔石だけを残し、俺に力を与えてくれる存在でもある。
「しぶといのが多いな。中々進めなくなってきた。鉄拳手甲があってよかったな、こんなの剣じゃ戦えねぇぞ」
「しぶといだけじゃないです、明らかに強い。ユート、無理だけは……」
「大丈夫だ、こんな奴らにやられたりしない。それに倒していけば更に強くなるんだからな、わざわざ向かってきてくれるんだから助かる」
そう言って魔石を拾った。小物を入れる布袋はもう魔石でいっぱいだ。一日で往復するつもりだったのに、もうとっくに昼も過ぎている。
「なんで町から近いのに強い魔物がいるんだ?まるで森の奥みたいだぜ」
「……魔物になった素材がいいんだと思います。ベリエル様は力ある精霊でしたから」
「素材?魔物の元になった動物や虫が元気だったのか?」
言われてみるとこの森は実りが多い。今は温かい時期だが、それにしてもそこら中の木々に大きな実りがぶら下がっていた。
人の頭くらいあるリンゴみたいなのを摘んでみる。鼻を近づけるまでもなく、爽やかで甘酸っぱい香りが胸いっぱいに広がるみたいだ。
「ほい!」
ぱかりと割ってみると瑞々しい果汁が跳ねて滴り、いっそう甘い香りが広がった。
「果実の精霊が封印されてるのに、ずいぶん美味そうだぞ?」
「ここは封印の地ですからね。ベリエル様の力がここにだけ漏れているんでしょう。それに魔の力も感じます。この果実は偽物ですね、食べられませんよ」
「ふーん。しゃくしゃく、これはなかなか……、もんぐもんぐ」
「ユート!?なに食べちゃってるんですか!?」
「うまいぞ、これ」
「……信じられません」
ファーマが怒ってるが果実は普通に美味しい。毒だったとしても治療は得意だし問題ないだろう。疲れた体に甘い果実が染みるぜ。
「封印を解いたら明日もう一度ここに来てください。本物の果物というものをお見せしますよ!」
「やめろ」
そんな話をしながら森の奥へと進んでいく。
森の果実は更に大きさを増し、鮮烈な香りを放つようになった。美味そうではあるが、同時に危険を感じてしまって食う気がしない。これが魔の影響というやつか?
「もうすぐです。警戒してください」
「あぁ、俺にも分かる。嫌な感じだ」
封印地が近づくにつれ、胸の奥がざわついてきた。
何か、不思議な感じがする。これが封印というやつなのか?
やがて、視界が突然開けた。森の中の空白地。いや、大きな樹が他の植物を寄せ付けていないんだ。広い空地の真ん中に巨木が一本。
そしてその巨木の前に、女が佇んでいた。
赤い髪が陽に揺れ、こちらを見て笑っているように見える。
その琥珀の瞳の奥には黒い影が揺れている気がした。
森の中なのに裾の長い黒のドレス姿。蔓のような装飾が体を締め付ける様に巻き付いている。
「ユート!敵です!」
ファーマの声が、ほんの一瞬だけ震えた。
「おう!」
俺に迷いはない。腰を落として戦闘に備える。格闘の技術なんか無い。それでも実戦の経験から不格好な構えを作る。
そんな俺を見て女はにちゃりと笑った。
「ふふ……おいで、可愛い子。もっと近くで嗅がせてあげる。あなたの匂いも……とっても美味しそうね」
「魔族の女か!大人しく精霊の封印を解け!解かねばお前を殺して封印を解くまでだ!」
女は何も言わず、ただ妖艶に微笑みながらこちらを見ている。
……ちくしょう、めちゃくちゃ綺麗だ。魔族ってのはこんな奴らなのか、もっと醜い悪魔的なのを想像していた。
正直言ってやりにくい。だが――
「覚悟は出来てる!聞かないなら殺す!」
ここに来て揺れるほど馬鹿じゃない。殺す覚悟なんてとっくに済んでるんだ、見た目が美女だからって知ったことか!
戦闘が始まった。
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