第23話 娯楽は面倒くさい



 カップリングパーティのイベントが始まった。

 進行役はラン。五十代の彼女がどう進めるのか、興味がある。


 参加者は日本人だけ。男子三十七人、女子三十九人。


 俺も副リーダーだから強制参加だとか。くそっ、納得いかねえ。

 お遊びだと言われても、面倒なものは面倒だ。


 訓練場には簡素な仮設ミニテントがずらりと並ぶ。

 女子が一人ずつ入り、男子が一人ずつ訪ねにいく形式だ。


 どの女子がどのミニテントにいるかは、訪ねてからのお楽しみ。

 そこもワクワクしろってことらしい。


 ランが大声で号令をかける。


「さあ、一回目のトークタイムです! 男性陣の皆さんは女性陣のいるミニテントに入り、互いのトークで盛りあがってくださ~い」


 男たちがそれぞれミニテントに入っていく。

 仕方なく俺も。


 当然のことだが、中には若い女がいた。

 顔はなんとなく知っているが、名前までは知らない。


「きゃああああ。初っぱなから有名人が来たぁー」


 びっくりした。


 急に『きゃああああ』なんていうものだから、俺のことがキモくて叫んだのかと思ったじゃん。でもそんな感じじゃなさそうだ。


「俺は乙門颯太……」

「知ってますって! わたし鈴香りんか。よろしくです」


 とりえず名乗り合ったが、このあと何を話そうか。


「颯太さんって呼んでもいいですか」

「そりゃ構わないけど」


「やったー! 颯太さんって呼びますね。前々からいろいろお話したかったんです。紙の人形が発射するビームですけど、他の人の特殊技能と比較すると、群を抜いてチート級ですよね。度肝を抜かれました。颯太さんのファン、多いんですよ。もちろんわたしもファンです。子供のときから人形好きだったんですけど、それらを動かせるなんてすっごく羨ましいです。それにしても、こんなお喋りする機会が得られて、ホントわたしはラッキーでした。颯太さん狙いの子、たくさんいるからわたしはもう諦めてますけど、最後の告白タイムのとき、もし気分が向いたら宜しくお願いしますね……」


 などと機関銃のように喋りまくっていた。


 圜子から『キモい』を連発されている俺としては、意外な反応だった。てっきり、ほぼすべての異世界人――特に女子からキモがられているとばかり思っていた。彼女の言葉が本心かどうかはともかく、悪い気分はしなかった。


 初回のトークタイムは、彼女の一方的なトークで終わった。



 続いて二回目のトークタイム。


 訪れたミニテントには友乃ゆのと名乗る者がいた。さっきの鈴香のときもそうだったが、フルネームまで告げる必要はなかったようだ。


「きょうはいろいろ聞かせてください。日本ではどちらに住んでいましたか」


 市名だけ答えておいた。


「まあ、友達が住んでいるところと同じです。そこのどの辺ですか」

「いやあ、詳しくは……」

「ですよねえ」


 友乃はペロッと舌を出した。


「それじゃ、カノジョいる歴……このイベントに参加しているのですから、カノジョいない歴ですよね。どれくらいですか」


 はて、困った。


 圜子とは離婚手続き、終わってないからなぁ……。それと『妻』は『カノジョ』にカテゴライズされていいものだろうか? もし『妻≠カノジョ』の場合、カノジョいない歴は入籍日からカウントすることになるのか?


 じっと考えていると、友乃が顔を覗き込む。


「あっ。ごめんなさい! こういう質問はマナー違反ですよね。きっといつか、いいえ……すぐに素敵なカノジョさんできますよ」


 フォローありがと。でも違うからな。



 二回目のトークタイムが終了。

 ここで休憩が入る。


 男同士の情報交換が始まった。「どうだった?」とか「いい子いた?」とかの声。俺は話に加わらず、一人で黙っていた。


「よう、颯太」


 その声に振り返る。


「なんだ、紅斗か」

「好みの子と出会えた?」


 やめてくれ。参加したくて参加したんじゃないんだ。


「ガチのイベントじゃないんだぜ。好みの子とか関係ないだろ。でもまあ、二人とも素敵なお嬢さんだったけどな」


 九夏紅斗は二度うなずいた。


「ああ、そうだった、強制参加だっけ。副リーダーも大変だな」

「いいよな。紅斗は不参加で」

「当然だ。三次元の女にゃ興味ない!」


 九夏紅斗の他にも、声をかけてきた者がいた。


「乙門颯太さん……だね」


 ええと。コイツ誰だっけ?

 そうだ。思い出した。ランの旦那だ。


「キミには感謝しているんだ」

「へ?」


 予期しない言葉に目が点になった。


「蘭子の本性が見られたのだからね」


 そう言われても返す言葉がない。

 だが俺は悪くない。ベタベタしてきたのはランなのだから。


「それでアンタも参加してるのか」


 ランの旦那は首肯した。


「本気で相手を探し求めているわけじゃないけど、気分転換にと思って。というより、蘭子のことをぜんぶ忘れるためなんだ」


 忘れるため……つまり未練があるわけか。


「復縁はもうないってことか」

「キミだって俺の立場だったらわかるはずさ」

「まあ、そうだよな。よくわかる」

「おや? もしかしてキミも同じような経験を?」


 ランの旦那は意外そうな顔をした。


「日本から転移してくる前、似たことがあったばかりなんだ」

「似た者同士だったか。アハハハハ」


 俺もつられて笑った。


 すると背後からも笑い声。


「アハハハハハハ」


 いま笑ったのは、ヤンキー男の甘巻銀兵だ。


「そういうことだったか。女に浮気されたんでラブドールに走ったと。そりゃラブドールは浮気しないからな」


「黙れ!」



 休憩時間が終了。


 参加者の男たちは三人目とトークするため、ミニテントに入っていった。


 訪れたミニテントには果穂かほという者がいた。

 どうしたことか、いきなり向こうから謝ってきた。


「ごめんなさい。このミニテントにいたのが、わたしで」

「どうして謝る?」

「だって。わたしみたいのがテントにいて……ハズレと思ったでしょ」


 何言ってるんだ、コイツは。

 ハズレもクソもねえ。ただの娯楽イベントだろうが。


「ハズレとか思うかよ。仮にそうだとしたら『お互い様』だし」

「お互い様だなんて。颯太さんは人気あるし。わたしはモテたことないし」

「俺が人気だと? 気持ち悪がられてんの知ってるぞ」

「でも……」


 なんでそんな顔するかな。

 自信のなさが滲みでてるぞ? 普段からそうなのか。

 そう言えば、まだ目も合わせてない。


「モテたことないとか、どうでもいい話だ。今から言うのはアンタ……果穂さんの話じゃなく、俺の思う一般論な。たとえばモテモテの超美人が謙虚だったら、それはそれでアリだ。逆に、そうじゃない子がネガティブになりすぎてたら、かえって魅力がさがるもんじゃね? ある程度、自信持って堂々としてた方が、可愛く見せられると思うぞ。あくまで俺の経験上、な」


「……」


 しまった。彼女が黙りこくってしまった。

 熱く語った俺、キモかったか。


 静まり返ったミニテントの中。沈黙が長く続いた。

 だからこそ気づくことができた――。


「ちょっと失礼」


 俺は立ちあがり、ミニテントの内側からファスナーを開く。


「お前ら……」


 四つの目が除いていた。

 月輝姫と雪綺姫。


 雪綺姫が目を細めて笑う。


「しもべのことが心配になりまして。居ても立ってもいられず、様子をうかがいに参りました」


 そんな覗きの理由があるかよ。


「わたしは雪綺姫の監視に来ただけよ」


 ならばどうしてテントの中を見ていた。


「見せもんじゃない。お前ら、帰れ!」


 月輝姫が雪綺姫の手を引く。


「さっ、もういいわね。帰るわ」

「もう少し見ていきませんこと?」

「帰るのよ」


 月輝姫は背を向けたまま、立ち去りながら――。


「息抜きできているようで、何よりだわ」


 帰っていったようだ。


「果穂さん、すまん。人形たちの邪魔が入っちゃって」


「本当に人間みたいな人形なんですね。自動操作というのでしょうか。いいものを見せてもらいました。ありがとうございました」


 果穂の目が輝いている。


「人形、好きなのか」

「とても!」


 彼女の顔に指を向けた。


「その笑顔、いい感じだと思う。ほら、やっぱりもっと自信持つべきだ」

「そ、そうでしょうか。ありがとうございます」


 少し照れたようだった。

 それでも、はにかんだ顔をあげる。


「実は、わたしも特殊技能が【傀儡かいらい】なんです」

「へえ、似た者同士ってことかぁ」

「はいっ」



 三回目のトークタイムが終了した。

 きょうのトークタイムは、あと一回のみ。


 ランが四回目のトークタイム開始を告げる。


 男どもがミニテントに入っていった。

 俺もミニテントの中に入る。


「なっ……」


 目が合い、互いに固まった。

 そこにいたのは、圜子だった。


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