今際の際に人生最大の愛を叫ぶ

αβーアルファベーター

第1話 裏切りの夜


プロローグ ― 春の約束 ―


◇◆◇


春の風が、校舎裏の桜を揺らしていた。


放課後。

夕陽の光が差し込むグラウンドの端で、

俺――冬真とうまは、

美月みつきの髪に触れていた。


「ねぇ、冬真。高校卒業したらさ、

 一緒に東京行こ?」


「……なんだ、急だな」


「だって、夢なんだもん。

 二人で“知らない世界”に行くの」


「ふふ、そういうとこ、

 昔から変わんないな」


「なにそれ、バカにしてる?」


頬をふくらませる美月が、

ほんの少し風に揺れた。


柔らかな光の中で笑うその顔を見て、

俺は思った。


――この時間が、ずっと続けばいい。

そう願ってやまなかった。


あのときの俺は知らなかった。


“永遠”なんて言葉が、

どれほど残酷な意味を持つかなんて――。


◇◆◇


数週間後。

教室の空気が、どこか変わっていた。


噂が流れ始めたのは、昼休みの終わり頃。

「なぁ、美月って……

 神谷と一緒に帰ってるらしいぜ」


「マジかよ、

 冬真の彼女じゃなかったっけ?」


「そーだけど、

 神谷が本気出したら誰でも落ちるだろ」


笑い声が、背中に突き刺さる。


机に置いた弁当の味が、

まるで灰みたいに感じた。


神谷かみや――

クラスの中心にいる男。

成績優秀、顔も良く、スポーツも万能。


教師や女子からの信頼も厚い、

まさに“選ばれた側”の人間だった。


「冬真、お前さ、美月とどうなん?」


後ろから声がかかる。

振り返ると神谷がいた。


笑っていた。


その笑みは、

明らかに“知っている”顔だった。


「……普通に、付き合ってるけど」


「へぇ。可愛いよな、美月。俺もこの前、ちょっと話したけど……照れて可愛かったわ」


机に肘をついて俺を見下ろす神谷の目。

その奥に、悪意が滲んでいた。


――嫌な予感しかしなかった。


◇◆◇


放課後、美月に会いに行った。

いつもの帰り道。


公園のベンチに座る彼女の横顔は、

どこか沈んで見えた。


「最近、神谷とよく話してるって聞いた」


「……うん」


「なんで?」


「冬真……ごめん」


その言葉のあと、沈黙。

桜の花びらが一枚、彼女の膝に落ちた。


「神谷に……脅されてるの?」


「ちがうの。……私が悪いの」


美月の手が震えていた。


俺はその手を握ろうとしたが、

彼女はそっと引いた。


「もう、会わない方がいいと思う」


「なに言ってんだよ。

 どういう意味だよそれ」


「……さよなら、冬真」


風が吹いた。

花びらが舞い、彼女は背を向けた。


その背中が小さく遠ざかるたび、

心が崩れていく音がした。


◇◆◇


翌日。

校舎裏に呼び出された。

待っていたのは神谷とその取り巻き三人。


「よぉ、冬真。

 昨日、美月と話したんだって?」


「お前、なに企んでんだ?」


「……ん?企む?俺はただ――

 真実を教えてやりたいだけさ」


神谷がスマホを取り出し、画面を見せる。

そこに映っていたのは――


美月と神谷が抱き合っている写真。

笑って、キスして、俺に見せつけるように。


頭の中が真っ白になった。

息が詰まり、足元が崩れる。


「な、なんで……」


「言ったろ?

 お前には似合わねぇんだよ、あの子」


笑い声が、耳を裂いた。

殴られ、蹴られ、倒れてもなお、

俺は彼女の名前を呼んでいた。


「美月……っ」


しかしその声に、誰も答えなかった。


◇◆◇


血の味が口に広がる。

視界が滲み、街灯の光がにじむ。

神谷の靴が、俺の頬を踏みつけた。


「終わりだ、冬真。お前みたいな奴は、

 存在ごと消えていい」


ゴッ


拳が振り下ろされ、意識が途切れる。

暗闇の中で、俺はただ――


“もう一度、美月と笑いたい”

それだけを願った。


――その瞬間、世界が歪んだ。


◇◆◇


耳鳴りと共に、白い光が包む。

視界が戻ったとき、

俺は“教室”にいた。


周囲のざわめき。昼休みの光。

カレンダーの日付――三日前。


「……え?」


心臓が跳ねた。

夢ではない。

世界が、巻き戻っている。


「これは……神様の、

 悪い冗談か――それとも、チャンスか。」


そう呟いたとき、胸の奥に熱が灯った。

もう一度、あの夜をやり直せるなら。

今度こそ、美月を取り戻す。

たとえ――この身が何度、壊れようと。


◇◆◇


つづく → 第2話「死の後で」



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