寂しがりやの神様

 静雪の村では村人達全員が俺達の帰りを待っていた。


「お兄ちゃん!」


 フレイヤが最初に俺達に気づいた。

 足をもつれさせながら俺達に駆け寄ってくる。

 俺がフレイを背中から下ろすと、フレイヤはフレイに抱きついた。


「良かった……! 無事で良かった……!」

「フレイヤ……」


 フレイは顔を歪めて泣き出した。今までずっと我慢していたのだろう。恐ろしい魔女に出会い、無理矢理お菓子を食べさせられ、魔女に食べられるところだったのだ。泣きたくなかった訳がない。


「良かった……。お前も無事で……!」


 双子は互いの無事を確かめ合うように抱き締め合った。

 そんな双子に、父のニョルズが鬼の形相で近づいた。


「フレイ……!」

「と、父ちゃん……」


 フレイは怯えたような顔でニョルズを見上げた。


「この馬鹿! 森に入るなって散々言ったろ!」

「ごめ、ごめんなさい〜!」


 フレイは声を上げて泣き出した。フレイヤも同じように泣いた。


「心配かけさせて……! 明日になったら説教だ! 今日はいっぱい泣け! ……父ちゃんも泣く!」


 ニョルズは抱き合う双子を抱き締めて、おいおいと泣き始めた。

「無事で良かったね」と他の村人達は彼らを優しく見守った。

 親子っていうのはあんな感じなのだろう。親を忘れた俺には一生わからないものだ……。


「ティリルさん、先程はお見苦しいところをお見せしました。申し訳ありません」


 ヨクルが少しうなだれてそう言った。

 おそらく、かまどの中で魔術が上手く使えなかった時のことを言っているのだろう。


「暑いのが苦手なのか?」

「お恥ずかしながら、僕は寒冷地から出たことがなく……。暑いと普段出来ていることが出来なくなってしまうのです」


 魔術の発動が上手くいかなかったり、頭が回らなくなるのもその一つだという。


「これは僕の一族の性質と言いますか、克服出来そうもない弱点でして……。本当にお恥ずかしい限りで……」


 ヨクルは俯きがちにそう言った。恥ずかしいというより、情けないといったような様子だった。

 俺はむしろ、ヨクルにも弱点があることを知れて良かったと思った。

 人間離れした雰囲気と魔術の腕を持つ森の監視者。全く手の届かない存在だと思っていた彼が、こんなにも身近に感じる。

 俺は思わず、笑い声を漏らした。


「ヨクルが剣を振れないときは、俺が代わりに剣を振るう。俺はそのために来たんだ。だから、どんどん頼ってくれ」

「……頼もしいですね」


 ヨクルはふふ、と笑った。


「ヨクル様、騎士さん、お兄ちゃんを助けてくれてありがとう」


 フレイヤがお礼を言った。

 ニョルズがその後ろで鼻水を啜りながら感謝を述べた。文字一つ一つに濁点がついているような声でとても聞きづらかったが、思いは伝わった。


「これが僕の役目ですから」


 ヨクルは堂々とした態度で答えた。


「お父上も役目を果たしてくれました。鐘の音がお菓子の家まで届きましたよ。そのおかげで魔女を討つことが出来ました」


 その言葉に、ニョルズが更に声を上げて泣いた。


「あと……」


 フレイとフレイヤは少しもじもじとした後、二人同時に頭を下げた。


「パンプキンヘッドなんて言ってごめんなさい」


 双子だからか、息がぴったりだった。

 どう答えるのだろうと、俺はヨクルの返答を待った。


「気にしていません」


 ヨクルの声は酷く冷たいものだった。

 フレイとフレイヤは突き放されたように感じたのだろう。ショックを受けたような顔をしていた。

 俺は小声でヨクルに尋ねた。


「ヨクル、実は結構怒ってたり……?」

「何故怒る必要が?」


 ヨクルは心底不思議そうに言った。


「子供の言うことに一々目くじらを立てていては大変ですよ。彼らは生まれて間もないですからね。他人が危険を排除しているからこそ、成立している平和な世界しか知らない。──雪のない場所があることすら、ね」


 ヨクルは本当に気にしていないようだ。しかし、子供達にはそれがわからない。

 ヨクルを馬鹿にして、バチが当たった。謝っても許して貰えないことが、どれだけ悲しいことか。


「子供には叱られたい時もあるんだ」


 俺も子供の頃、危険を犯したことがある。そのことで、師匠にかなり叱られた。普段怒らない師匠が怒っていて、怖くて泣きながら謝った。最後に、「お前が無事で良かった」とホッとしたような顔をされて、ようやく許された気がした。

 今のフレイとフレイヤも、その時の俺と同じ気持ちのはずだ。


「叱る……怒っていないのに、それは難しいですね」


 ヨクルは思案した後、フレイとフレイヤの前に立ち、片膝をついて、二人の目線に合わせた。


「フレイさん、フレイヤさん」


 二人は顔を上げた。不安そうな顔をしていた。


「僕がかぼちゃを被っているのは、静雪の村の方々と良き友人でいるためです」

「友達……?」

「ええ。僕はあなたがたが森に入り、怖い目に遭って欲しくないのです。ですから、御伽噺を作りました。『森に入ったら、怖いおばけがやってくるぞ』と」

「ヨクル様が作ったの……? どうして?」

「僕が森に住む悪い奴であればあるほど、子供達が森に入ることはないでしょう?」

「……それだと、あたし達がヨクル様を怖がって、友達になれないわ」

「今はそうでなくとも、大人になれば、自然と友達になってくれるものです」

「ヨクル様は寂しがりやの神様なのね」


 フレイヤはくすくすと笑った。


「僕は神様ではありませんよ。かぼちゃのおばけです」


 ヨクルは両手をだらんと垂らした、おばけのポーズをした。

 それを見て、フレイとフレイヤは笑った。

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