鐘撞の坊ちゃま
奇妙な森を抜け、静雪の村に到着した。
相変わらず、村は閑散としていた。
「郵便箱ってのは……」
何処だ、と俺が言いかけたとき、ヨクルがその場にしゃがみ込んだ。
驚いてヨクルの顔を覗き込むと、彼の目の前には、静雪に埋もれている鉄製の箱があった。
そこは丁度、森と村の境目だった。
ヨクルの言っていた郵便箱であろうそれは、雪の重さでへこんでおり、可哀想な形になっていた。
「これが……フロスティ邸の郵便箱……?」
「ええ。郵便物が雪で濡れないので、重宝しています」
ヨクルは上に積もった雪を手で払い落とし、郵便箱の蓋を開けた。変形しているからか、開けにくそうだった。
あとで直しておこう、と俺は思った。
何日も見に来ていないというのに、中身は空だった。本当に手紙が来ないんだな、と俺は何故か悲しくなった。
──ゴーン、ゴーン、ゴーン。
そのとき、鐘が鳴った。
「異形が出たのか!?」
俺は咄嗟に剣に手をやった。
「ご安心を。フロスティ邸の鐘と違って、静雪の村の鐘は一時間に一度鳴らしているのです。異形を村に寄せ付けないために」
「なんだ。異形が出た訳じゃないのか。良かった」
俺はホッと胸を撫で下ろして、剣から手を離した。
フロスティ邸にいるときは頻繁に鐘が鳴っていたから、過敏になっていたようだ。
額に滲んだ冷たい汗を拭った。
「鐘が鳴ったということは今、鐘塔にはズヴォナリの坊ちゃまがいるはずですね。久しぶりに挨拶しに行きましょうか」
俺達は村の中心にある鐘塔に向かった。
到着したとき、鐘塔の扉から一人の男が出てきた。
金髪で緑色の瞳の標準的な雪国人の外見だ。目はぱっちりとしていて、頬にはそばかすが散らされており、素朴な印象を受ける。だが、首から下は逞しい体つきをしていて、正に村を支える若者といった感じだ。
彼が村の鐘を鳴らしたのだろうか。
そばかすの男はヨクルを見つけると、パッと顔を明るくさせた。
「ヨクル様じゃあないですか! こっちにいらっしゃってたんですね!?」
「こんにちは。ズヴォナリの坊ちゃま」
「もう坊ちゃまっていう年齢じゃないっすよ! こんにちは!」
『ズヴォナリの坊ちゃま』と呼ばれた男は律儀に挨拶を返した。
人好きのする笑顔をしていて、かなり気さくな性格なようだ。
「ご家族はお元気ですか?」
「そりゃあもう元気っすよ! 子供達なんか、毎日外を駆け回ってて! 風邪引かないのが不思議なくらいっす!」
「……そうだ!」と男は手をポンと叩く。
「子供達の顔見ていきます? 結構デカくなったんすよー!」
「遠慮しておきます。僕は子供達に嫌われていますから」
「ああー……じゃあ、仕方ないっすね」
ズヴォナリの坊ちゃまは残念そうに言った。
『子供達に嫌われている』とは、どういうことだろうか。ヨクルは子供だからといって、礼儀を忘れるようには思えないが……。
ふと、男が俺の方を見た。
「っと、そちらさんは……ホヴズのじっちゃんが言ってた、新しい騎士さん?」
「初めまして。銀竜騎士団のティルヴィング・イアリだ」
俺は胸に手を当て、挨拶をした。
「どうもどうも! おれはニョルズ・ズヴォナリ! 見ての通り、鐘を鳴らす人っす! ……ま、『ズヴォナリ』は俺達が勝手に名乗ってるだけなんすけどねえ」
ニョルズはへらりと笑いながら、鐘塔を見上げた。
「おれ達一族は、ずっとここの鐘を鳴らし続けてきたんす。おれも物心つく前から、親父と一緒に鐘塔に登ってました」
ニョルズはヨクルの顔を見て、話を続けた。
「ヨクル様がおれ達のことを『ズヴォナリの坊ちゃま』って呼ぶから、それが定着しちゃったんすよね」
「『ズヴォナリ』は『鐘撞』という意味なんですよ。貴方がたにぴったりの呼び名です」
「へへ。おれも結構気に入ってます」
ニョルズは照れ臭そうに頭をかいた。
「でも、もう『坊ちゃま』って呼ぶのはやめて欲しいっす」
「何故です?」
「だって、恥ずかしいじゃないですか、子供もいるのに『坊ちゃま』なんて。子供達にも馬鹿にされるんすよ?」
「僕からしたら、貴方はずっと『坊ちゃま』ですよ」
「もー」
ヨクルはニョルズを揶揄って、楽しんでいるように見えた。
ニョルズは恥ずかしそうにしつつも、そこまで嫌がってはいないようだ。
「……さて、坊ちゃま。一つお願いしたいのですが……。鐘の様子を見させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「勿論っすよ! 鍵は開いてますんで、どうぞどうぞ!」
ニョルズは鐘塔の扉を開き、ヨクルを招いた。
俺はヨクルの耳に口を寄せた。
「鐘に魔術をかけてあるのか?」
「いいえ。至って普通の銀色の鐘ですよ。しかし、あの鐘が鳴らなくなってしまうと、村に異形が来てしまいますので……」
「なるほど。だから、定期的に様子を見に行くのか」
「ええ。坊ちゃまが管理しているので問題ないと思いますが、念のため。ティリルさんはここで待っていて下さい。すぐに戻りますから」
ヨクルはそう言うと、一人で鐘塔の中へ入っていった。
階段を登る音がだんだんと遠くなっていく。
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