第4話 初ダンジョン

 土曜日。

 朝の陽光が山の端を照らし、冷たい風が木々の葉を鳴らしていた。

 誠司は探索者装備に着替え、腰に《氷霞刀》を差す。

 隣では、モコが背伸びをしながら大きく息を吸い込んだ。


「モモ!(いく!)」

「ああ、頼むぞ。今日は初ダンジョンだ」


 国営第七ダンジョン。関東圏でも比較的安定した中層型の迷宮。

 とはいえ、魔物の種類は多く、初挑戦には十分な試験場だ。

 ダンジョンのゲートから階段を降りると湿った空気と土の匂いが漂う。

 青い光の石灯りが天井を照らし、静かな地底の世界が広がっていた。



【一階層 】

 滑らかな岩の通路を進むとぬめった音が響いた。

 前方に数体のスライム。透明な体がゆらめき、粘液が滴る。


「スライムだ。基本種だが油断するな」

「モモ!(まかせて!)」


 モコが駆け出す。足音は軽い。

 スライムが跳ねた瞬間、モコの前足が閃く。

 鋭い爪が空気を裂き、ズバンと一撃でスライムが霜のように砕けた。


「……一撃か」

「モモ!(よゆう!)」


 初戦にして圧勝。

 相沢は内心で驚きながらも表情は変えない。

 土棲獣族の筋力は高いと聞くが、ここまでとは。


「倒したあとは素材を回収する。これも訓練だ」

「モモ!(わかった!)」


 モコが《地形変動アースシェイプ》で地面を小さく盛り上げ、粘液の結晶を取り出す。

 その手際のよさに相沢は思わず小さく笑った。



【二階層 】

 二階層に降りると空気が少し荒い。

 耳を澄ますと地面を走る音。

 土中から灰色の影が飛び出す。ダンチュー(巨大ネズミ)。

 続いて、角を持つホーンラビットが跳ね、空にはキラーバットの群れ。

 草むらの奥ではグラスウルフが低く唸った。


「囲まれたな。モコ、行けるか」

「モモ!(まかせて!)」


 モコが前に出て、《大地アースウォール》を展開。

 土壁が波打つように広がり、敵の突進を受け止める。

 すぐにモコが跳び上がり、ダンチューを爪で切り裂く。

 ホーンラビットを連撃で叩き伏せ、グラスウルフの喉に噛みつく。

 最後にキラーバットの群れへ《土壌再生ソイルリジェネ》の逆応用し、土の粒子を巻き上げて視界を奪い、誠司の《氷流一閃》が閃いた。


 風が止み、通路が静寂に包まれる。

 残骸が蒸気のように溶け、モコの体がふっと光を放った。


「レベルアップ……か」

 彼女の周囲に浮遊する土粒が光を帯び、次の瞬間、空気を裂くように石弾が飛び出し、岩壁を砕いた。


「今のは……新魔法だな」

「モーモモ!(ストーンバレット!)」

「攻撃魔法を覚えたのか。優秀だな」


 モコは胸を張り、「モモモ~!(ほめて〜!)」と自慢げに鳴いた。



【三階層 】

 三階層は洞窟のように広い。

 湿った空気の奥で、複数の気配が動く。

 現れたのは、ゴブリンとコボルトの混成群。

 さらに奥から、重い足音―レッサーボア。


 相沢は刀を抜いた。

「モコ、前衛を任せる。突撃が来るぞ」

「モモ!( わかった! )」


 レッサーボアが鼻息を荒げ、突進してきた。

 その瞬間、モコが前足を地に叩きつける。

 《大地アースウォール》が即座に展開し、突撃を受け止めた。

 衝撃波が壁を砕くが、モコは押し返す。

 ボアが体勢を崩した隙に、相沢の《氷流一閃》が閃く。


 冷気が走り、巨体が瞬時に凍りついた。

 氷像が崩れ落ちる音が響く。


 残るゴブリンたちを、モコが爪と石弾で撃破。

 戦場が静まり、彼女の体が再び光る。


「また上がったか。早いな」

「モモ!(がんばった!)」

「十分だ。四階層の手前で休もう」



【階段前の安全地帯】

 松明の光が壁に揺れ、二人は岩の上に腰を下ろす。

 誠司が《収格納ストレージフィールド》から携帯食を取り出すと、モコの目が輝いた。


「ほら、少しずつ食べろ」

「モモモ!(おいしい!)」


 モコはパンを両前足で掴み、口いっぱいに頬張る。

 頬がふくらみ、ふわふわと揺れる毛が光を反射する。

 その様子を見て、相沢は静かに笑った。


 こうして誰かと食べるのはいつ以来だろう。

 庁舎でも食事はいつも一人。

 自宅でも、母が台所に立ち、彼は黙って隣に座るだけ。

 だが今は、傍らにいる小さな命が温かい音を立てている。


「モコ、腹が満たされたか」


「モモ!(まんぷく!)」


「よし、あと一層だけだ」



【四階層】

 四階層に降りると空気が変わった。

 岩肌には霜が張り、通路の奥から冷気が漂う。

 相沢はすぐに悟る。ここからが本番だ。


 リザードマンの群れが槍を構えて進み出る。

 後方には氷魔法を操るアイスマン。

 さらに天井付近には、蜂の羽音。キラービーだ。


「モコ、あれを先に落とせ」

「モモ!(了解!)」


 モコが後ろ足で跳び、《ストーンバレット》を放つ。

 鋭い石弾が空を裂き、キラービーを撃ち抜く。

 蜂が地面に落ち、羽が散った。

 残る数体は相沢の《氷流一閃》で凍結。


 だが……。

 奥の巣穴から、一際大きな影が現れる。

 女王蜂クイーン・ビー

 金色の体躯に魔力の膜を纏い、冷気を震わせていた。


「レア個体だな……素材価値が高い」

「モモ!(あたしが!)」


 モコが飛び出そうとした瞬間、相沢が手を上げる。

「ここは俺がやる」


 刀を抜いた。

 空気が一瞬で凍りつく。

 踏み込み、斬撃。

 《氷霞》の一閃が走り、女王蜂の羽音が途絶えた。

 時間が止まったような静止。

 蜂の巨体が氷の彫像となり、粉雪のように崩れ落ちる。


「……終わりだ」


 相沢が鞘に刀を収めると、モコが少し頬を膨らませた。

「モモモ~(あたしの出番、なかった~)」

「すまん。素材が高値でな。逃したくなかった」

「モモ!(はちみつ、くれるならゆるす!)」


 相沢は苦笑しながら巣を回収する。

 巣の内部には濃厚な琥珀色の液体。

 モコがそっと舐めると尻尾をぱたぱたと揺らした。


「モモモ~!(おいしい!)」


「満足したか」


「モモ!(した!)」



 帰り道、モコは相沢の肩に乗って揺られていた。

 その体からは、戦闘の疲労を感じさせないほど柔らかな温もり。

 通路の光が彼女の毛を照らすたび、相沢の胸に静かな安心が広がった。


「……強くなったな、モコ」


「モモ!(なった!)」


「この短期間でここまで戦えるとは思わなかった。

 ……大切に育てよう」


 モコが振り向き、相沢の頬に頭をこすりつける。

 その瞬間、淡い光がふたりを包んだ。

 魂契約の絆がわずかに強まり、モコのステータスが静かに上昇する。


 出口に近づくと地上から秋風が流れ込んできた。

 相沢は刀を見下ろす。

 氷霞刀の刃が夕陽を映して青白く光る。


 その隣でモコが大きなあくびをした。

「モモモ……(ねむい)」


「今日は十分だ。帰ったら風呂に入って、はちみつでも舐めろ」

「モモ!(やった!)」


 笑い声が地下に響く。

 国営第七ダンジョン、四階層制覇。

 モコはその日、レベル5へと成長した。



◆相沢誠司のステータス

相沢 誠司(あいざわ せいじ)

ジョブ: 《収格納士ストレージマスター》/氷術士

属性: 氷・無(+土・癒共鳴)

性別: 男

年齢: 50歳

レベル: 43

HP: 757 / 757

MP: 823 / 823

筋力: 160

敏捷: 146

耐久: 140

知力: 165

精神: 172

運 : 78



■ 新特性・補正

•《魂共鳴補正》:契約従魔モコの魔力循環と共鳴。精神+12%/MP回復速度+20%/状態異常耐性+15%。

 モコが癒し魔法を使うと相沢にも軽い再生効果が及ぶ。

•《癒土波動(リンク・リジェネ)》:一定距離内にいる間、土属性回復魔法の効果を受けやすくなる。地面に立っている状態では疲労回復速度が上昇。


■ 状態

•魂共鳴率:55%

•魔力循環安定/精神波同調完了

•モコが離れていても軽いテレパス通信が可能



■ スキル/魔法

•《収格納(ストレージフィールド)Lv6》

 空間を生成・圧縮・保存する高度収納術。時間停止領域を併設でき、物質・生体・魔力波を保管可能。戦闘中の「素材即時回収」や「罠無効化」にも応用される。

•《解析収納Lv5》

 収納対象を即座に解析・分類・ラベル化。未知の素材も魔素構造から自動判別。

•《氷流一閃Lv5》

 一閃の軌跡に氷魔力を凝縮し、敵を一瞬で凍結・粉砕する抜刀術。

 氷刃の残滓は数秒間持続し、範囲内にいる敵の動きを鈍化させる。

•《氷域結界(アイスドメイン)Lv4》

 広範囲を瞬時に氷結させ、敵の行動を制限。魔力消費は大きいが、持続中は氷属性魔法の威力上昇。

•《静水の構えLv3》

 水流の如く揺るがぬ構え。物理・魔法ダメージを軽減し、反射効果を付与する。

•《氷盾障壁Lv4》

 氷魔力を結晶化して盾を形成。耐久性能が高く、衝撃吸収率は通常盾の数倍。

•《凍結圏(アイスリング)Lv3》

 周囲に氷の輪を展開し、踏み込む敵を自動的に拘束・鈍化させるトラップ系魔法。

•《極冷斬・氷霞(ひょうか)》

 新たな刀に吸収された氷核の力を解放する必殺技。斬撃と同時に極低温の結界を展開し、空間ごと封絶。 “時間を止めたような静止”を生むが、使用後は一定時間、魔力循環が鈍る副作用がある。

•《霜華癒流(フロスト・ヒール)Lv1》

 モコの癒魔力との共鳴で発現。氷魔力を媒介にした治癒魔法。軽度の傷・疲労を凍結鎮静し再生させる。冷気が痛みを和らげる効果を持つ。



■ 装備

•《氷霞刀(ひょうかとう)》A+級

 冷気を纏う青銀の刀。元の刀を吸収し、氷精の核と融合した特異武装。

 攻撃+65/氷属性攻撃+30%/水属性適性上昇。

 特殊:魔力同調時、使用者の魔力総量に応じて刀身構造が変化(「流刃」「凍刃」「鏡刃」など)。

•《探索者戦闘衣〈ナイトシェル・コート〉》A級

 見た目は地味な黒コートだが、内部に魔力繊維を織り込み、氷魔法耐性+50%・土耐性+30%。

 戦闘時、自動で温度調整・防護結界を発動する。

•《収納腕輪〈アーク・ストレージ〉》A+級

 収格納のストレージフィールドと連動した魔導装具。最大収納容量1.2km³、時間停止効果付き。

 収格系スキルとの親和性を上げる。

•《防魔脚具〈グレイザー・ブーツ〉》B級

 滑り止め+魔力増幅機能。氷上での移動時、加速度が1.5倍になる。 10/知力+5)


■ 装備補正

•《氷霞刀》がモコの魔力に反応し、刀身内に微弱な土光核を生成。

 氷魔法使用時、地面からの反発力を吸収して反撃力+10%上昇。



◆モコのステータス

名前: モコ

種族: 土棲獣族モルボン・ウォンバット※変異種

属性: 土・癒(+氷適応共鳴)

性別: ♀

年齢: 2歳(孵化換算)

レベル: 5 ↑

HP: 205 / 205 ↑

MP: 215 / 215 ↑

筋力: 62 ↑

敏捷: 50 ↑

耐久: 128 ↑

知力: 76 ↑

精神: 125 ↑

運 : 88 ↑



■ 新特性・補正

•《魂共鳴補正》:誠司とのリンクにより、氷属性魔力に対する耐性+20%。氷術士の魔力波動を一時的に共有でき、行動反応速度+10%。

•《癒導連環(リンク・モフヒール)》:誠司を中心とした半径10m以内で《モフヒール》発動時、対象が複数でも効率が低下しない。リンク対象に優先補正が入る。


■ 状態

•魂共鳴率:55%

•誠司の魔力循環に追従。離れていても微弱な感情通信が可能。

•戦闘時、誠司の氷魔法の発動タイミングを感知し、自動で防御陣を展開できる。



■ スキル/魔法

•《ストーンバレット Lv1》(NEW)

 拳ほどの石弾を複数作り出し、勢いよく撃ち出す魔法。連射性が高く、牽制や小型の敵への攻撃に向く。

• 《地形変動(アースシェイプ)Lv2》

 地形や地層を自在に操る基礎土魔法。畑の耕作や岩盤成形にも応用できる。

 精密制御が得意で、掘削時は周囲を傷つけない。

• 《大地の壁(アースウォール)Lv2》

 土魔力を硬化させ、せや自身を包む防御壁を展開。魔力密度に応じて岩壁・鉱壁へ変質。小型ながら防御性能は高い。

• 《土壌再生(ソイルリジェネ)Lv1》

 汚染・枯渇した土壌を浄化・再生させる。畑を肥沃化し、植物の成長を促す。

 家庭菜園では奇跡の効果を発揮。母・芳子のお気に入り。

• 《癒毛いやしげLvMAX》

 触れた者の心を鎮め、疲労やストレスを軽減。

 触り心地は規格外(触り心地+999)。過度な接触は“モコロス”を誘発する。

• 《モフヒールLv2》

 モコの毛並みから発生する癒し魔力を媒介に、対象を包み込んで回復する特殊魔法。

 HP小回復+精神回復(大)+幸福度上昇効果。

 「モモモ……」という独特の詠唱が特徴で、聞くだけでも癒し効果がある。

• 《土精の共鳴(アース・ハーモニー)Lv1》

 地属性との親和性を高め、地中の魔力流や罠、鉱脈を感知できる。

 戦闘時には地面を震わせて敵の足取りを鈍らせる補助効果。

•《土氷結合(アース・フロスト)Lv1》(NEW)

 誠司の氷魔力と共鳴し、攻撃魔法を冷却変質。

 石弾・土槍などに凍結付与効果を得る。

 土の防御壁に冷気を纏わせ、物理攻撃を減衰させる。



■ 装備

• 《ふかふか毛皮》

 天然装備(地毛)。高い防御力と耐熱・耐寒性を併せ持つ。魔力伝導性があり、回復・土属性魔法の媒介として機能。

• 《首飾り〈やすらぎの鈴〉》C級(NEW)

 芳子から贈られた首飾り。鈴音が鳴ると周囲の動植物が落ち着く。精神安定+5/回復魔法効率+3%。

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