中途覚醒

森本 晃次

第1話 プロローグ

この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、説定等はすべて作者の創作であります。似たような事件や事例もあるかも知れませんが、あくまでフィクションであります。それに対して書かれた意見は作者の個人的な意見であり、一般的な意見と一致しないかも知れないことを記します。今回もかなり湾曲した発想があるかも知れませんので、よろしくです。また専門知識等はネットにて情報を検索いたしております。呼称等は、敢えて昔の呼び方にしているので、それもご了承ください。(看護婦、婦警等)当時の世相や作者の憤りをあからさまに書いていますが、共感してもらえることだと思い、敢えて書きました。ちなみに世界情勢は、令和6年8月時点のものです。お話の中には、事実に基づいた事件について書いていることもあれば、政治的意見も述べていますが、どちらも、「皆さんの代弁」というつもりで書いております。今回の事件も、「どこかで聞いたような」ということを思われるかも知れませんが、あくまでもフィクションだということをご了承ください。実際にまだ標準で装備されていないものも、されることを予測して書いている場合もあります。そこだけは、「未来のお話」ということになります。実際の刑罰を、かなり過剰に書いているかも知れませんが、作者本人の願望が入っているかも知れませんが、ご容赦ください。


 夏の暑さを感じさせるセミの声が、最近になって騒々しくなってきた。まだまだ湿気が強く、雨が残ってしまった様子が感じられる中で、ちょっと歩いただけで、汗がにじんでしまうのは、身体に熱が籠ってしまうkらではないだろうか?

 そんな夏という季節の前に、じめじめとした湿気というものが襲ってくることは、日本という国にいれば、昔から毎年やってくることなのだが、ここ数十年は、異常気象ということで、想像もつかないような形になっているのであった。

 特に、

「地球温暖化」

 いや、最近では、

「地球沸騰化」

 とまで言われるほどの熱気で、数日の間に、

「何人が、救急車で搬送される」

 ということになるのかということである。

 その原因は、

「熱中症」

 というもので、

「身体に熱が籠ってしまう」

 ということからくるものであった。

 熱中症と言われるものは、ここ数十年で言われるようになったもので、昔は、似たようなもので、

「日射病」

 というものがあった。

 この二つは、

「似て非なるもの」 

 といえるもので、

「熱中症」

 というのが、

「身体に熱をため込んでしまう」

 というもので、

「日射病」

 というのは、

「直射日光を頭に直接浴びた時に、頭に受ける熱病」

 のようなものである。

 かたや、

「身体の熱を逃がすことができない」

 ということと、かたや、

「頭を中心に熱を持つ」

 ということでの違いだといえるだろう。

 確かに日射病というのは、直接頭を攻撃されるということで、危険な症状であることに違いないが、今の熱中症と言われるものの方が、明らかに、危険性が増しているといってもいいだろう。

 その大きな原因は、

「今と昔とで、夏の種類が違う」

 ということであろう。

「地球温暖化」

 ということで、平均気温が、どんどん上がってきていて、危険水準を十分に超えている。

 といってもいいだろう。

 昭和の頃くらいであれば、真夏でも、最高気温が、34度近くまで上がれば、

「その年最高」

 といってもいいに違いない。

 しかし、最近では、

「最高気温の35度越えくらいは当たり前」

 ということで、

「体温越えなどは当たり前」

 と言われている。

 場所によっては、

「40度越え」

 といってもいいくらいで、

「体温を超える気温なんて考えられない」

 と思っていたものが、今では、

「当たり前」

 といってもいい時期になってきたもであった。

 昔であれば、

「スポーツをしている時は、水を飲んではいけない」

 などと言われていたが、今の時代は逆で、

「適度な水分補給をするように」

 という指示があったりする。

 さらに、昔は、

「クーラー病になるから、なるべく、クーラーをつけるのは我慢する」

 と言われてきたが、今は、

「我慢しないで、クーラーは使う」

 ということが当たり前だと言われるようになった。

 特に、

「熱中症」

 というものには勘違いが多いという。

 たぶん、昔から言われている

「日射病」

 というものの症状と比較するからなのかも知れない。

 日射病というと、

「読んで字のごとく、直射日光に当たって起こるものだ」

 ということであるから、

「夕方から夜に掛けて」

 という時間帯は、

「気温も下がることから、安心だ」

 と言われていたが、これが、

「熱中症」

 ということになるとそうでもない。

「クーラーをきっている時間帯」

 ということと。

「眠っている時間」

 ということから、深夜など、

「クーラーをつけていない時間帯に熱中症となり、発作を起こして、緊急搬送される」

 ということも少なくないという。

 むしろ、その時間が、

「一番危険な時間」

 と言われることもあり、気を付けないといけない時間だということになるだろう。

 もっといえば、

「湿気が多い時間というのも危ない」

 という。

「たぶん、気温が中途半端な時間帯で、さらに、湿気のおおい時間というのは、身体に熱が籠っても、それを汗などで、放出できない時間帯ということになり、気が付けば、無意識のうちに、熱が籠ってしまった」

 ということになるのだろう。

 この日も、湿気が結構あり、さらに、そこまで気温が上がっていなかったことから、本来であれば、普通に眠れたかも知れないのに、その日は、なかなか寝付かれないということで、何度も目を覚ましたりして、結局、朝まで

「寝たり起きたり」

 という状態で、ほとんど睡眠をとることができなかった。

 こういう日も、今までには何度もあったが、最近では増えてきた気がする。

「精神的な疾患でもあるのか?」

 と考えていたが、それよりも、

「仕事の影響からか、精神に異常をきたしているのかも知れない」

 と感じるようになったのだ。

「精神的な疾患」

 というより、

「会社のハラスメント」

 というものに悩まされているといってもいいだろう。

「特に、最近上司が変わったことで、やりにくくなった」

 といえるだろう。

 前の上司は、

「なるべく、社員の自主性に任せてくれていた」

 といってもいい。

 会社では、正社員に対して、半期に一回、

「人事考課」

 というもののための、

「目標シート」

 というものをかかせることにしている。

 その内容の中で、

「今回の目標を掲げる」

 というものであるが、

「目標ということなので、どうしても曖昧なものになる」

 ということで、それを言葉にするというのは、なかなか難しい。

 だから、前の上司は、ヒントを与えてくれて、それを何とかまとめれば、それでよかった。

 もちろん、あまりにもひどい場合は、

「2,3度の書き直し」

 というくらいは当たり前のことであり、その間に文句をいうことはなかった。

 しかし、新しい上司になると、完全に、こちらを

「下に見ている」

 という感じであった。

 実際に、

「何度言ったら分かるんだ?」

 という言葉を何度も言われ、その都度、修正を入れているのに、前に言ったことだけでは、許してはくれず、

「俺が話したことだけを聞いているだけでは、進歩がない」

 というのだ。

 前の上司は、それでもよかったのだが、今度の上司は、

「お前がきちんとしないと、俺の上司としての評価にも響くんだ」

 というのだ。

 確かに、上司のいうことには説得力があり、

「当たり前のことだ」

 といってもいいだろう。

 だから、

「相手は上司だ」

 ということもあるのだが、

「上司の言葉とはいえ、それを上からいうと、パワハラということになり、今の時代は、世間が黙っていない」

 ということになるのだろうが、

「注意を受ける部下」

 としても、

「上司のいっていることが間違っていない」

 と感じ、

「非はこちらにある」

 と思い込んでしまうと、文句も言えなくなり、結局、

「上司の言い分に従うことで、自分の殻に閉じこもってしまう」

 ということになる。

 これは、一種の、

「苛めによる引きこもり」

 といってもいいだろう。

 しかし、これも、

「どこまでが、会社の正当性」

 というものなのか、それとも、

「世間一般に言われているパワハラ」

 というものなのか?

 ということで考えかたが分かれるというものだ。

 もし、

「解釈を間違えると、自分は孤立してしまい、世間からも取り残されてしまう」

 と考えると、

「いくら、まわりが、パワハラはいけないことだ」

 といっているとはいえ、その世間の理屈とは違ってしまうと、最後には、自分が孤立してしまい、精神疾患に陥ることで、完全に孤立し、、引きこもりになるであろう。

 実際に、

「これだけたくさんの引きこもりがいる」

 ということになると、

「確かに、本当に苛めなどで、引きこもりになった」

 ということで、世間の同情を集めることになるだろうが、中には。

「上司や会社の普通の業務に耐えられない」

 という人が、同じような精神疾患となったとして、

「病気の間は同情されるが、実際の原因の問題で、治ってから、世間の目がかなり違って浴びせられることになる」

 というような思いが残ってしまうと、

「怖くて、世間に逆らうことができない」

 と考えると、

「最初から引きこもりになったとしても、無理もないことだ」

 ということになるであろう。

 そんな中において、今の上司というのは、

「相手のいうことに、間違いはない」

 と思い込んでしまうことであった。

 ただ、言い訳を言いたくても、

「いつも完全否定する」

 という状態であれば、何も言い返せなくなるということだ。

 以前は、

「上司に何か言われても、自分の意見だけはしっかり言わないといけない」

 と言われていたので、上司に自分の考えを示していたが、

「お前の言い分は間違っている」

 ということで、上司の言葉には、なまじ、

「説得力」

 というものがあり、さらに、それが自分の中で、

「上司のいっていることに間違いはない」

 と思ってしまったことで、

「これ以上自分の言い分を通そうとすれば、それは、本当の言い訳でしかない」

 と考えるようになるのだ。

 そうなると、何も言えなくなり、

「お互いに、文句を言えなくなってしまう」

 ということになるのであった。

 要するに、

「上司による完全否定」

 ということである。

 実際に、上司の、

「パワハラ」

 というものに、

「部下に対しての完全否定」

 というものも含まれているという。

 実際に、自分がそのことでノイローゼになっていた時は、そこまで考える余裕はなかった。

 結局、

「何か文句を言われ、それに対して、上司の言い分に間違いはないということで、言い訳などできない状況」

 ということになると、

「お互いに何も言えず、にらめっこ状態だ」

 といってもいいだろう。

 それを考えると。

「文句を言われることで、殻に閉じこもってしまい、何も文句も言えなくなることで、引きこもりになってしまう」

 ということだ。

 それは、まるで、

「身体に熱が籠ってしまった時の、熱中症のようではないか?」

 ということであった。

 特に、最近は、

「原因不明の頭痛」

 というものが結構あり、

「頭痛薬を飲んでも、なかなか収まらない」

 というのが多かった。

 前は、頭痛薬を飲めば、遅くとも、30分以内くらいには、ある程度収まってくるというものであったが、最近では、

「数時間でも痛みが消えない」

 というようになり、そのかわり、

「気が付いたら、頭痛がなくなっていた」

 といってもいいだろう。

 ただ、頭痛が激しい時は、最初から、

「この痛みだったら、薬は簡単には聞かないかも?」

 という予想はつくのだが、

「実際に、薬が効かない」

 ということになると、

「本当に俺の身体は大丈夫なんだろうか?」

 と思うようになるのであった。

 最近は、以前よりも、一つの症状でも、昔よりもひどくなってきたようで、それも、

「ノイローゼ」

 というような、

「精神的なことからなのではないか?」

 と感じるようになった。

 子供の頃から、

「大人に逆らってはいけない」

 という思いが強かった。

 しかし、その割には、

「自分は、そんな子供を逆らえないような状態にさせるような大人にはなりたくない」

 と思っていた。

 それは、

「大人からいつも怒られている子供は、皆そう思っていたことだろう」

 つまり、

「大人になってから、自分が感じたような思いを自分の子供にはさせない」

 と思っていても、実際に自分が大人になると、結局は、

「子供を叱る大人になっている」

 というものであった。

 しかし、今の時代はさらにひどい時代になっていて、

「怒らなければいけないシチュエーションで、怒るということをせずに、怒ってはいけない時に怒る」

 という大人が多いということだ。

「怒らなければいけない」

 という、いわゆる、

「躾」

 というものをしようとはしないくせに、

「怒ってはいけない」

 というはずの場面で、子供を折檻する。

 というような場合である。

 特に、自分が子供を折檻するときは、必ず、

「まわりの人に知られないように、十分な注意をする」

 ということで、

「自分が悪いことをしている」

 という意識があったのことである。

 つまり、

「普段から、会社などで受けてきたストレスの発散というものを、自分の子供で晴らす」

 という、いわゆる、

「幼児虐待」

 というものをしているということである。

「子供にとっては、その思いが、トラウマとして残り、それが結局、自分が親になった時、子供にも同じことを繰り返す」

 ということになる。

 本来であれば、

「社会を正さなければいけないのに、子供を虐待することで、大人の世界はそのままになってしまう」

 という、

「実に理不尽な状態」

 ということになってしまうのだろう。

 それこそが、

「数十年前までと、今とでの違い」

 ということになる。

 つまりは、

「子供の世界」

 と言われていたものが、

「大人の世界でのこと」

 ということになり、逆に、

「大人の世界だった」

 というものが、今では子供の世界でも行われる。

 ということになり、

「大人と子供の世界」

 とで、その差が曖昧になってきたといってもいいだろう。

 だから、

「子供の頃の記憶が、就職してからも残っている」

 ということがあったりする。

 それは、どれだけ時間が経っても、変わるものではない。特に、

「時代というのは繰り返す」

 という人がいるが、最近では、

「まさにその通りだ」

 と考えるようになった。

 少年の頃にはあまり感じなかったが、中学時代くらいから、

「時間や時代を繰り返している」

 と思うようになった。

 この感覚を感じるのが、早いのか遅いのか分からないが、

「遅かれ早かれ分かることだ」

 と感じたのは、高校生になってからだった。

「やはり、少し早い気がする」

 と感じたのは、

「小学生までであれば、まだまだ子供、このような感覚を子供が感じるわけはない」

 と思ったからだ。

 それは、中学時代に訪れた、

「思春期」

 というものが、自分が意識している中で、

「大人への階段」

 と言われるが、まさにその通りだ。

「精神的にも肉体的にも大人になる」

 ということだからだ。

 正直子供の頃から、

「大人になる」

 というのは、最初から分かっていたことだとは感じていたが、

「精神的なものと、肉体とでは、ギャップがある」

 と思っていた。

 というのも、

「身体が先で、あとから精神的なものだと思ったのだが、それこそ、中学時代は、背伸びをする時代」

 と言われていると感じたからだ。

 肉体的に先に成長することで、気持ちが追い付いてこない。だから、余計に、性というものに歪んだ興味を持つのだと考えていたのだった。

 それは間違っていなかったようで、

「身体が先に大人になった」

 ということで、身体がムズムズしてくるのに、その正体が分からない。

 教えてくれるのは、

「同郵政の早熟な連中」

 ということで、その顔は、厭らしさに歪んでいる。

 実際に、そんな身体だけが発達したことで、自分を嫌になった時期があった。

「顔にできるニキビ」

 であったり、女の子を見ていて、厭らしい気持ちになっている自分に対して、何とも言えない、気持ち悪さを感じるのだった。

 だが、我慢していると、ぞくぞくしてくることで、そんな自分が厭らしく感じるくせに、逆に、いじらしくも感じる。

 そんなことを感じていると、

「いつの間にか、まわりから苛めを受けている」

 というように感じたのだ。

「苛めを受けていて、その自覚がないなんて」

 と思うのだが、まわりを見てみると、

「苛めがこんなにも流行っているなんて」

 ということで、

「世の中には、いじめっ子か、いじめられっ子しかいないのか?」

 と思うくらいだった。

 今までは、

「いじめっ子は、自分を狙っている」

 と思っていたので、いじめっ子に対しては、意識があったが、それ以外は、

「皆、中立なんだ」

 と思い込んでいた。

 それは、

「いじめられっ子」

 というのは、

「自分しかいない」

 と思っていたからだ。

 他にいじめられっ子がいるなどと思わなかったのは、

「いじめられっ子」

 というのは

「かわいそうな立場だ」

 ということで、

「自分だけが、悲劇のヒーローだ」

 と思うことで、自分を納得させたかったに違いない。

 そんな風に感じていたことで、

「いじめっ子以外は、傍観者でしかない」

 という思いを抱いていた。

 もちろん、

「そんなことはない」

 と思っていたが、それも、半信半疑であり、しかし、

「いじめられっ子は圧倒的に少ない」

 と思っていた。

 しかし、自分が

「いじめられっ子だ」

 という意識が強くなれば、今度はまわりを冷静に見ることができるようで、冷静に見ていると、

「いじめられっ子って、意外と多いんだ」

 と感じるようになったのだ。

 しかし、その思いが、自分の中に、少しおかしな感覚を生むようになったわけで、それが、

「世の中は、正悪のどちらかしかいない」

 という、極端な思いを抱いたまま、大人になったのだった。


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