第16話 アタッカーとサポーター
────【
第2層へと降り立ったジンは、ここでもさっそく【
第1層でのアフィンを見る限りでは、彼はダンジョンや罠に関する知識は皆無に等しい。
今後のことを考えれば彼自身の判断である程度の罠を避けられるようになるのが理想だが、今日は初めてのダンジョン&クエストだ。
エスコートしつつ経験を積んでもらうことに留めておいても良いだろう。
そんな展望をつらつらと考えているうちに不可視のペンはドローイングを終えていた。
第2層は現在地を中心にして五つの部屋とそこへ繋がる通路、そしていくつかの罠の設置という構成こそ変わらなかったが、今回は注釈が加えられていた。
「……うん、魔物がいるね」
ジンの脳裏に描かれたマップには、それぞれの部屋に点在する魔物の存在が注釈されていた。
しかし、魔物については罠とは違いその危険度についても記されている。
第2層の魔物は全ての表記が【ウーヌス】────つまりは雑魚だ。
このダンジョンにおける雑魚魔物といえば『ダンジョンコウモリ』と、今回の目標でもある『ダンジョンアナグマ』だ。
しかし点在する魔物の総数は10に満たない。必然的に第3層へと向かうことも決まってしまった。
「ジン先輩ってば魔物の存在まで感知できるなんて。さすがはベテラン冒険者だね。もう驚かないよ」
ジンは【意識の羊皮紙】に記された存在を口にしただけなのだが、アフィンはそれを経験の賜物と思ったようだ。
ベテラン扱いされたジンは困ったように頬を掻くと、照れくさそうに訂正する。
「いや、これはスキルの副産物って感じで、経験の成せる技ってわけじゃないんだ。それに、魔物の存在位置や危険度は分かっても、その種類まで把握できるわけじゃないから、やっぱり油断は禁物だよ」
「へぇ、経験ではなくスキルの賜物ね。そして存在位置や危険度がわかると……先輩、やっぱすごくない?」
「いやいや、全然そんなことないってば。でも大丈夫。アフィンを先導するくらいならできるからね。ほら、ついてきて」
よほど褒められ慣れていないのか、ジンはアフィンの視線から逃げるようにローブのフードを目深に被ると、てくてくと歩き出す。
しかし、彼は気づいていない。
アフィンの眼差しに、ジンの前では一度も見せなかった鋭い眼光が灯っていることに。
『いやぁ、さすがに自己評価が低過ぎだろ。っつーか、あのデカい先輩マジでただデカいだけなのな。ま、おかげで僕は光明が見えて来たけどさ』
そして舌なめずりをする。まるで獲物を前にした獣のように。
「アフィン? なにか言った?」
「いや、装備品のチェックをしていただけだよ。ジン先輩の言う通りなら、そろそろ僕の出番かなって」
振り返るジンにいつも通りの笑みを貼りるけると、アフィンは腰に下げたロングソードのグリップをコツンと叩く。
戦闘においては確かな自信を漂わせるアフィンの仕草に、ジンはローブの隙間から頼りにするような眼差しを向けた。
「そうだね。僕もここ2年は戦闘から遠のいてたし、今回は未来ある後輩のお手並みを拝見しようかな」
「え? ジン先輩、そんなに戦闘から遠のいてたの? ベテランなのに?」
「いやほら、あの人たちメチャクチャだったけどさ、なんだかんだで魔物相手なら強いスキル持ちだったからね。オレはサポートに徹していたよ」
「あー、なるほどね……」
ジンの顔色からどんな風に戦っていたかなんとなく察したのか、アフィンは乾いた笑みを浮かべる。
「まーでも、さっきは先輩に鮮やかな手腕を披露してもらったからね。ここは後輩として恥じない戦いっぷりを見せてあげないとね」
そして話を切り替えると、そう言って力こぶを作って見せる。
「うん。任せたよ、後輩」
その風貌と相まって頼もしい雰囲気を醸し出すアフィンに、ジンは安堵の息を漏らした。
────が、いざ戦闘になった瞬間、ジンは頭を抱えて唸った。
第2層を順調に巡っている最中に遭遇したのは、今回の依頼目標である魔物『ダンジョンアナグマ』だった。
背中の皮膚が硬質な鱗状へと変質した体長1.5mほどのアナグマに過ぎないので、外見は結構可愛らしい。
アフィンはその姿を見るや否や、一般評が雑魚ということもあってか、ロングソードを鞘から抜くと颯爽と駆け出した。
「っしゃあ!! 魔物だぁっ!! 覚悟しやがれ今日の晩飯ぃっ!!」
「ああっ、アフィン! ソイツに真っ直ぐ突っ込んだらダメだよ!!」
そしてジンの警告も虚しく、背を丸めて高速回転で転がってきたアナグマにアフィンは軽々と吹き飛ばされた。
「ぐはっ……!?」
反撃を喰らい、放物線を描いて宙を舞ったアフィンはダンジョンの床に無様に叩きつけられ、ごろごろと転がりながらジンの足元へと舞い戻る。
向かって行くのが一瞬なら、帰って来るのも一瞬だった。
幸いだったのは、吹っ飛んだ拍子に手放したロングソードもジンの足元に帰ってきたことくらいか。
「だから言ったのに……」
「こ、こんなはずでは……」
後輩のまさかの猪ムーブに【レックレス】での日々が走馬灯のように駆け巡るジンだったが、追い打ちをかけるようにアフィンはむくりと立ち上がる。
そしてロングソードを構え直し、二人の様子に警戒しているアナグマと対峙する。
これは、猪突猛進の構えだ────ジンはトラウマが蘇って戦慄した。
「まだだっ……まだ終わってねぇ!! あのローリング野郎、タダじゃ済まさねぇ!!」
「まってまってまってぇ!! ダンジョンではオレの指示に従うって約束しただろぉ!!」
「チッ────そうだったね、先輩」
ジンにしがみつかれて冷静さを取り戻したのか、アフィンは魔物と視線を合わせたままだが構えを解く。
ジンはその様子にホッと胸を撫で下ろすと、アフィンの隣に立ってアナグマと対峙する。
「いいかい? アイツは真っ直ぐに仕掛けるとさっきみたいに丸くなって体当たりをしてくるんだ。だから、接近戦を挑むなら、弧を描きながら接近すること。
そうするとアイツは相手に合わせて体の向きを変えざるを得ないから、突進態勢を取れなくなるからね。
そして狙うのは足やお腹だよ。頭や背中は硬くてダメージが通りにくいからね」
「さすが先輩。指示が具体的で助かるよ。ってことで、リベンジマッチと洒落込むよっ!!」
アフィンはそう言って再び駆け出した。
今度はジンのアドバイス通り、弧を描きながら距離を詰めてゆく。
戦闘は得意と豪語するだけあってその動きは俊敏であり、先ほどのダメージも感じさせないほど軽快な足取りだ。
そして狙いを定めようとその場でグルグルと回り始めたアナグマを見て、ジンは気取られないように指先をアナグマの足元へ向ける。
『魔物は敏感だから、コッソリね────【フロアトラップ・穴ぼこ】』
ジンが声を潜めて呟くと、アナグマは突如現れた足元の穴に足を取られて姿勢を崩した。
そのチャンスをアフィンは見逃さなかった。
ジャストタイミングでアナグマの懐へと飛び込む。
「────そこだっ!」
アフィンが真横に薙ぎ払った剣閃は見事にアナグマの腹部を切り裂き、アナグマは甲高い鳴き声で叫んで光の粒子と化した。
戦い方を学べば素直に実行し、なおかつ簡単に勝利を手にした後輩に、ジンは目を丸くする。
アシストをしたとはいえ、あの【レックレス】のメンバーでもこうは鮮やかに倒せたりはしない。
戦闘は得意と言っていたが、その動きはあまりにも洗練されていて、熟練の冒険者や騎士団の上級騎士に匹敵しているようにも見えた。
「これは……倒したのかい? 血飛沫の一滴も出なかったようだけど……」
「うん、そうだよ。魔物は『魔素生物』って言われててね、ダンジョンと同じような成分で構成されているんだって────ギルドで聞いたことがあるよ」
駆け寄ったジンが受け売りを口にすると、アフィンの周囲に舞っていた粒子は凝縮し、束ねられた革=『ダンジョンアナグマの革』へと変化し、アフィンの足元へ落ちた。
アフィンは足元に落ちたそれを拾い上げると、感心したように呟く。
「なるほど。これが所謂ドロップアイテムなのか。それに、確かにこれは
「ていうか、お見事だよ! すごいよアフィン! まさか一撃で仕留めるなんて、本当に駆け出し冒険者なのが信じられないよ!」
しげしげとアイテムを観察していたアフィンに、興奮がおさまらない様子のジンが目を輝かせる。
年相応の反応を見せられ、アフィンは表情を和らげると素材をジンに手渡した。
「これは、ジン先輩の助言があってこその成果だよ。この調子で依頼を達成しよう」
「うん! でも、油断はしないようにね! もうさっきみたいに飛び出さないでね」
「ああ、そうするよ」
一時はどうなるかと思いきや、まずまずの滑り出しにジンは僅かに緊張の糸を緩めるのだった。
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