第15話 下層へのギミック
ジンの警告通りに天井から落ちてきた石柱を目の当たりにしたアフィンは、目を瞬かせて言葉を失う。
その表情は信じられないといった心情を露わにしていた。
「ね? 言ったとおりでしょ? だから、ダンジョンにいる間はちゃんとオレの指示に従ってね? ……聞いてる、アフィン?」
お調子者の後輩にここぞとばかりに釘を刺したジンだったが、アフィンは心ここに在らずといった感じで放心していた。
避けているとはいえ、ともすれば命を落としかねないダンジョンの容赦ない罠に、ショックを受けているのだろうか?
心配になったジンは、アフィンの様子を窺おうと側に寄った。
「ねぇアフィン、大丈夫?」
「……すごい」
「へ?」
ジンが声を掛けると、アフィンは興奮を抑えるようにわなわなと震え出す。
そしていきなりジンの両脇を掴んで持ち上げた。
「わぁ!? ちょっ、いきなりなんなのさ!!」
「すごいよ! すごいよジン先輩!! ダンジョンを攻略する上で罠の回避は不可欠なのに、それをいとも容易くやってのけるなんて!! さすが先輩! あとマジで可愛いよ!!」
「な、なんだよいきなりおだてて……っていうか降ろせよぉ! あと可愛いとか言うなって言ってるだろぉ!!」
アフィンは絶賛しながら歓喜の声を上げるが、ジンは手足をバタバタさせて憤慨する。
しかしダンジョン攻略について素直に褒められたのは嬉しかったのか、その表情は少し緩んでいた。
二人はしばしそうした後、どちらからともなくハッと我に返る。
アフィンはそっとジンを降ろすと、取り繕うように咳払いをした。
「こほんっ……とにかく、僕はジン先輩の指示にはちゃんと従うよ」
「……そうしてくれると助かるよ。でも、ダンジョンが危険な場所には変わりないから、油断しないようにね」
「ああ、肝に銘じておくよ」
そしてお互いに反省を口にしつつ、気を引き締め直して探索を再開した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、ジンの先導のもと無事にフロアを巡った一行は、下層へと続く階段のある部屋へと到着していた。
しかし、部屋の中央に設けられた下り階段の上部を覆うようにして光を放つ魔法陣が敷かれ、行く手を阻まれていた。
「んー、封印されてる。これは、ギミックを解かないと通れそうにないね」
「へぇ、初級のダンジョンでも基本的な仕掛けはちゃんとあるんだね。で、これはどうやって解除するんだい、ジン先輩?」
ダンジョンに関してはダメだと豪語するだけあり、アフィンは考える素振りもなく解決を投げだす。
「まぁ、ギミックって言っても、そこは初級のダンジョンだしね。階段が見えているだけ優しいし、仕掛けもオーソドックスなヤツだよ、多分。そうだね、アレをどうにかしたらいけると思うよ」
ジンは部屋の隅に鎮座している二つの石像を指差しながらアフィンの視線を促した。
「確かにそれっぽいね。でも、どうするんだい? この魔法陣の上に並べればいいのかい?」
「そんなわけないでしょ。そもそもあんな見るからに重いものどうやってここまで運ぶのさ」
「それもそうだね。では、ここはジン先輩のお手並み拝見と洒落込もうかな」
「うん、任せてよ。アフィンは待機」
「へいっ!」
頭脳労働を放棄したアフィンをその場に残し、ジンは石像へと歩み寄る。
石像は縦長の眼球のようなデザインをしており、このダンジョンの入り口をモチーフとしたような正四角形の台座の上に据えられていた。まるで階段を見守っているようにも見える。
そして二つの石像の足元には人1人分の魔法陣がうっすらと描かれており、さらに石像と石像の間には小さな長方形の石碑もあった。
石碑の表面にはメッセージが刻まれている。
──汝らは常に共にあり、我らに示せば旅路は続かん──
メッセージを読んだジンは少し考え込むように首を傾げていたが、すぐに何かに思い至ったように手を叩いた。
「ま、初級だけあって定番だよね────アフィーン! ちょっと来てー!」
「へいっ! 先輩!! すぐ行くよ!!」
腕組みをして後方待機していたアフィンは、待ってましたとばかりに元気の良い返事をして土煙を上げる勢いでジンの側に駆け寄った。
そして徐にロングソードを抜くと、石像に向かって突きつける。
「この力自慢の後輩を呼んだってことは、この石像をど突きまくれば良いのかい?」
「なんでそうなるのさ? お願いだからブラカスさんみたいなこと言うのやめてよ。オレ、泣くよ?」
「あ、ああ、わかったよ……あ、やば、これマジ泣きするやつだ。ジン先輩、落ち着いて。石像壊さないから、ね?」
ジンの大きな金色の瞳が震えて潤んだからか、アフィンは素直ロングソードを鞘にしまうと宥め始める。
涙ぐんだジンの脳裏に駆け巡っていたのは【レックレス】時代のトラウマの数々だ。
ギミックの石像を問答無用で破壊したり、ヒントの石碑を粉砕したり、封印の施された扉に猛然と突進したりと、まるで猪のようなブラカス。
無論、その脳筋行為の数々の度に泣きを見たのはジンだったのは語るまでもない。
ジンは頭をぶるぶると振ってトラウマと化した記憶を振り払うと、改めて後輩を見上げる。
「ごめん、ちょっと取り乱した。とにかく、アフィンを呼んだのはギミック解決の答えを教えるためだよ。オレは先輩だからね。後輩の未来のためにも教えられることは教えるよ」
「やっば、ジン先輩マジで先輩してるね。心地よい風を感じるよ。ふぅ、さっき泣かさなくてよかった」
「もうそれはいいから……とにかく、今回は初歩も初歩のギミックだよ」
冷や汗を拭う素振りを見せるアフィンから目を逸らし、ジンは石碑へと振り返ってメッセージを指差した。
視線を促されたアフィンはしげしげとそれを観察する。
「ふむ、このメッセージを見る限り、パーティーが前提ってことなのかい? 石像の前に魔法陣もあるし、それぞれの石像の前に立てば良いってことかな?」
「お、さすが後輩……って言いたいところだけど。実はそうじゃないんだ。このメッセージは引っ掛けでもあるんだよ」
ジンはそう言って肩にかけていたバッグを片方の魔法陣に置くと、自身はもう一つの魔法陣の上に立つ。
すると二つの魔法陣は仄かな光を帯び、石像と石碑が地鳴りを響かせながら沈んでゆく。
そして二人が階段の方へと振り返ると、道を阻んでいた魔法陣は消失していた。
「おおっ、魔法陣が!」
「これは解釈次第でいくつか答えのあるギミックだと思う。多分アフィンの言ったようにパーティーメンバーが二人立っても行けたと思うけど、それだとソロでの攻略はできないよね」
「ああ、なるほど。つまり、常に共にある……自身の装備や荷物でも良いわけだ」
アフィンは額をノックしつつ、ジンの解説に得心したように感嘆を漏らす。
そんな後輩の様子にすっかり機嫌を良くしたのか、ジンはバッグを肩に掛け直すと腰に手を当てえっへんとふんぞり返る。
「そういうことだね。ソロでの依頼を引き受けられるAランク冒険者にいつかなった時の為に覚えておいてね」
「そうだね。でも、僕はジン先輩と一緒に立って解決する道のほうが良いかな?」
「アフィン……」
今後もパーティーを続けたいという後輩の意思表示に、ジンは感極まったように瞳を震わせるが、すぐに気を引き締めなおすようにかぶりを振った。
「いやいや、まずは今回の依頼達成だよ。そう言う話はギルドで報酬を受け取ってからでもできるんだから。さ、モタモタしてないで行くよ」
そして階段へ向かって再び先導を始めるジンに、アフィンはクスリと笑いながら付いて行く。
「さてと、次は第2層だね。そろそろ僕も先輩にいいところ見せたいし、魔物と遭遇できるといいね」
「まあ、依頼のためにもアナグマとは遭遇したいけど、オオカミは危ないから遠慮したいかな」
そんな会話をしつつ、二人は階段を下って行くのだった。
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