第10話 パーティー結成
冒険者ギルドへと辿り着いた二人だったが、ジンは入り口ドアを前にして立ち止まる。
ここまで勢いで来てしまったものの、いざ入ろうとすると足がすくんでしまっていた。
パーティーをクビにされたのは、たった二日前のこと。
ギルド中に満ちた嘲笑は耳を離れていないし、侮蔑の眼差しは今も網膜に焼き付いている。
ジンの手は自然とフードに伸びて、目深に被るどころか鼻先まで覆ってしまう。
「どうしたのジン先輩? 早く入ろうよ」
躊躇っているジンの顔をアフィンが不思議そうに覗き込むと、ジンはフードの隙間から睨みつけた。
「……オレ、さっきパーティーをクビになったばかりって、教えたよね? 気まずいんだよ。あと覗き込むのもやめてもらっていい?」
「ん? あぁ、ジン先輩はクビになったことと小さいことを気にしているんだね。可愛いね」
「ねぇ、後輩? 自然体で嗜虐的に振る舞うのやめよう?」
気にしているところを悪びれた様子もなく列挙され、ジンはプルプルと肩を振るわせる。
そしてこの天然ドS野郎と組んで本当に大丈夫なんだろうかと、早くも不安を募らせる。
アフィンは肩をすくめると、宥めすかすように言う。
「僕と組むんだし、もうクビになったことは気にしなくてもいいんじゃないかい? それにジン先輩は若いんだから、身長もこれからグングン伸びるさ」
「それはまぁ、そうかもしれないけど……」
「ま、僕としては先輩がフリーでラッキーだったし、小さい方が愛嬌があって良いと思うけどね。可愛さも一つの武器だよ?」
「上げて落とすの早くない?」
どうあっても弄られ、ジンは盛大なため息を吐く。
しかし、そのおかげかはわからないが、先ほどまでの恐怖心は幾分か和らいでいた。
からかうのは彼なりの気遣いなのかもしれない。
そう思うと、この年上の後輩から大人の余裕を感じるから不思議だ。
「ほーら、そろそろ入ろうよ、ジン先輩」
「……うん。わかった。行こうか後輩」
肩を押されながら促され、ジンは深呼吸をしてから大きく頷く。
そして意を決して冒険者ギルドの入り口をくぐった。
ロビーにいた冒険者たちは一様に依頼の話をしていたが、来訪者に気付いて視線をジンたちに向ける。
大半の者はジンの姿を一瞥し手会話に戻ったが、一部の者は奇異なものを見るようにその眼差しの色を変えた。
「おいおい、なんか見慣れた顔が、見ない顔を引き連れてきたぜ?」
「ありゃブラカスんとこクビになったガキか。まさかこの期に及んでパーティーでも組むつもりか?」
「まさか。見たとこ同じ田舎者っぽいし、ギルドまでの道案内でもしてやってんじゃね? そのくらいなら子供でも出来るしな」
小声とはいえ聞こえるように陰口を叩く冒険者たちに、ジンは萎縮するように俯く。
しかし後輩の前とあってか、はたまた憧れの冒険を再開するためか。
ジンはかぶりを振り、勇気を振り絞るように顔を上げると、震える足でギルド内を進んでゆく。
一方のアフィンは陰口など意に介する様子もなく、堂々とした歩みでジンの背中について行く。
「いやぁ、先輩は人気者だねぇ。僕、こういう空気、嫌いじゃないよ」
「後輩さん、お願いだから少し黙ってて」
「へいへいっ、と」
そんな二人の様子が面白くなかったのか、冒険者たちは興味を失ったかのように話の輪に戻ってゆく。
しかし受付へと向かう二人の前に、立ち塞がるように歩み寄る存在がいた。
そびえ立つ壁のように大きな男を見上げたジンは、思わずその足を止める。
「あ……」
屈強な冒険者たちの中でも一際筋骨隆々の男────【レックレス】のブラカスだった。
自身を追放した者でもある男を前に、ジンは押し黙ってしまう。
「まだ居たのか役立たず。まさか、今度はその新顔と一緒に冒険ごっこでも始めようってのか?」
目障りだとでも言いたげに吐き捨てるブラカスに、ジンはフードの奥の瞳に静かな憤りを灯す。
ジンから言わせれば、彼らの方がよほど冒険ごっこだった。
ダンジョンを力任せに闇雲に潜るだけで、トラップや魔物へと対策も一切練らない。
ただただ恵まれた戦闘スキルで強引に踏破してきたに過ぎない。
それは決して勇猛ではなく、ただの無謀でしかなかった。
しかし【トラップマスター】なんていうスキル持ちで、誰もが見向きしなかった自分をパーティーに入れてもらった恩はある。
たがらブラカスたちの冒険は否定しない。
たとえ無謀であろうと、恵まれたスキルを頼りに挑むのもまた冒険だろうから。
でも、だからこそ、自身の冒険を否定させはしない。
「……じゃない」
「ああ?」
「冒険ごっこなんかじゃない! オレは、オレの冒険をするんだ! そして、あんたたちよりも凄い冒険者になるんだ!!」
「ハッ、相変わらず口だけは一丁前だな」
今までの鬱憤を晴らすように叫んだジンだったが、ブラカスはそれを嘲笑う。
ガキってのはそういうふうに粋がるもんだ、と。
「先輩先輩、僕の存在を忘れてないかな?」
「アフィン?」
「オレの冒険、じゃなくて、オレたちの冒険って言ってくれないとね」
袂を分けた二人が睨み合うなか、そこへ横槍を入れたのはアフィンだった。
「遊びじゃないんだよ、でっかい先輩。僕たちはパーティーを組んで、ダンジョン突破しまくって、お金をガッポガッポと稼ぐんだ。ね、ジン先輩」
「アフィン……」
なぜ出会っ手間もないアフィンが肩入れしてくるのかは不思議であったが、彼の言葉にジンは感動して目頭が熱くなりそうになった。
アフィンが長年の相棒のようにジンの隣に立つと、ブラカスは猛獣のような笑みを貼り付ける。
「ほう、威勢がいいな新顔。俺はお前みたいな奴はぁ嫌いじゃないぜ。だが、その役立たずと組むのは愚かな選択だ。どうせなら、俺たちのパーティーに入らないか?」
そして堂々と勧誘を始めるが、ブラカスの背後から不満の声が上がった。
「おいおいブラカスよぉ。いくらメンバー増やしたいからって、そんな無礼なヤツを選ばなくてもいいだろ。なんか無駄にイケメンで腹立つしよ」
「そうよそうよ。そこの役立たずと組みたいってう物好きなんだし、絶対ヤバいって」
【レックレス】のメンバーはそう言って犬でも追い払うように手で払うが、ブラカスはそれを片手で制する。
「まぁ、そう言うな。俺の人を見る目は確かなんだ。この新顔からは、出来るオーラがビンビンに伝わってきやがる!」
自信満々に自画自賛するブラカスだったが、その発言に今まで成り行きを眺めていた聴衆からヤジが飛ぶ。
「おいブラカスぅ! そう言ってジンを引き入れたのはお前だぜーっ!!」
「うるせぇっ! 人間、時には間違うこともあるだろうが! それに、ジン以外は全員優秀だろうがっ!!」
顔を真っ赤にして開き直るブラカスだったが、ギルド内はすでに笑いの坩堝と化していた。
しかし、ブラカスのお眼鏡にかなったアフィンただ一人は、納得したように頷いていた。
「なるほど……確かに、でっかい先輩は人を見る目はあるみたいだね────でも」
「でも? なんだ?」
思わせぶりに口を噤まれ、ブラカスは訝しむ。
そんなブラカスの目をまっすぐに射抜きながら、アフィンは自身の綺麗な額をトントンと叩いてみせた。
「でも、その筋肉で出来た脳味噌じゃあ、ジン先輩の真価を理解出来なかったようだね。そういうことだから、僕はジン先輩と組ませてもらうよ」
本当に何を根拠にそこまでジンを推すのか、この場においてアフィン以外の誰もが理解できなかった。
ジン自身でさえも、狐につままれた気分でいた。
袖にされ赤っ恥をかかされたブラカスは、額に青筋を立てながら全身の筋肉をわななかせる。
「ハッ……後悔すんなよ。冒険者に憧れて、イキって王都に来る田舎者はゴマンといるが、みんな現実って奴を知らねぇ井の中の蛙だ。お前らは違うってところ、見せてみろよ」
「もちろんさ。さあ、ジン先輩。さっさと依頼をこなして連中に吠え面かかせてあげようね」
「え、あ、うん……って、あれ? どうしてこんなことに?」
そしてなぜかジンの意思を差し置いて、冒険者としての違いを見ることになったのだった。
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