第2話 久々のソロキャンプ



「ここに泊まりに来るのも久々だなぁ……」


 ジンは横たわった丸太に、慣れ親しんだ所作で腰掛ける。


 ここは王都から北方へ延びる街道脇に広がる森の中。

 駆け出しの頃のジンが野宿する際によく利用していた場所である。

 日没が近かったこともあり、視界があるうちに自然と慣れた場所へと足が向いたのだろう。


 やがて日が完全に落ち、辺りは真っ暗になり、ささやかな虫の音に包まれる。

 そんなしんみりとした雰囲気の中、ジンはしばらく無言で白む夜空を……王都の上空を見つめる。


 2年もあそこで頑張ったけど、再びこの場所へと戻ってきたことの悔しさ。

 2年の経験を得て、ここから心機一転で始めることへの希望。


 そんな思いを、まだ幼さの残る金色の瞳に滲ませながら、彼は瞬き一つして立ち上がる。


「くよくよしてもしょうがない。とりあえず、今は野宿の準備しよう」


 自身を鼓舞するように独り言を漏らすと、淀みのない動きでキャンプの準備に取り掛かる。


「えーっと、先ずは火を用意しないとな。……【フロアトラップ・炎】」


 場所を指定するように地面を指さしながら罠の名を口にするが、何も起こらない。

 しかし、これは別にスキルの発動を失敗しているわけではない。


 ジンはおもむろにその場にしゃがみ、手探りで小さな小石を拾う。

 それを目の前へ軽く放り投げる。

 すると、小石が地面に落下した瞬間にフロアトラップが発動した。


 地面に赤色の小さな魔法陣が展開し、小さな炎が立ち昇る。

 そして炎が消える前に道中で拾っておいた枯れ木をポイポイと放り込み、トラップをそのまま焚火へと変えた。


 本来なら人や魔物に軽い火傷を負わせる程度の【フロアトラップ・炎】だが、彼は冒険者になる前の試行錯誤で旅のツールとして活用できるようになっていた。


「あー、この頼りない火を見てると、故郷を思い出してちょっと和むかも……」


 焚火の持つ穏やかな雰囲気にジンはしばし魅入っていたが、やがて気を取り直すとキャンプの準備を続ける。


「えーっと次は寝る場所っと。……【シーリングトラップ・鉄檻】」


 ジンが頭上を指さして新たな罠の名を口にすると、今度は頭上に白い魔法陣が展開する。

 そして魔法陣から2メートル四方の鉄格子の檻が現れ、ジンを中心にして地面に突き刺さり、彼を囚われの身にした。

 ダンジョンではポピュラーなトラップだが、当然、これも自爆というわけではない。


 王都が近いとはいえ、街道には山賊や盗賊といったならず者が少なからず潜んでいる。

 そして冒険者や商人に旅人といった存在は、そういう輩の獲物だった。

 それに加えて森の中ともなれば野生の獣もいる。

 稀だが、魔物が王都の近くに出現することもある。


 ジンの用意した鉄檻は、そういった外敵から身を守るためのツールと化していた。


「あとは……【フロアトラップ・落とし穴】に【ツリートラップ・吊男】っと。こんなものか。……あ、【フロアトラップ・水】もっと。山火事は怖いからな」


 過去の野宿生活を思い起こすように独り言を交えつつ、仕上げとばかりにジンは四方八方を指さして罠の名を口にする。


 簡単に火をおこし、手軽かつ堅牢な寝床があり、外敵から身を守る術も用意し、かつ山火事対策もバッチリ。

 これこそが13歳にして冒険者デビュー出来たジンの、地味ではあるが有用なスキルの活用方法だった。


 キャンプの準備を整えたジンは、リュックから出した薄手の毛布に包まる。

 そして、ボーっと焚火の炎を見ながら、モソモソと非常食の干し肉を食べる。


 パチパチと爆ぜる焚火の音と、虫たちが奏でる森の夜想曲に包まれながら、小さな冒険者は明日からの生活へ思いを馳せるのだった。


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