第2話 割と酷い始まり 2

 八畳一間程の室内にテーブルと椅子、天井壁はクロス張りに床はプリントっぽい木目。

目覚めたら周囲の確認。大事、めっちゃ大事。

 しかし怪我人を床に直寝させてたとかあんまりだと思うのですが? 寝起き痛くなかったけど。

 歳を食う度に寝具次第で睡眠の質と寝起きが悪くなるのは仕様なのです。だがしかしまだ若いから大丈夫、ごめん嘘。

 ん? あれ? 歳思い出せねえ…………さっきも同じこと思ったよな? まぁいっか。


 ふぅと伸びをし、ごきりと首を曲げ鳴らす。


「生きているぅ↑ふぅしぃぎぃ↓」


 ヨシ。


 こんな事もあろうかと誰も居ないのを確認してから発声練習をしたのだ。五感があるって素晴らしい。

 鏡がないのでパタパタと触っただけだが己の身体は数十年付き合ってきただけあって以前通りの感覚はある気がする。少し痩せた気もするが服も作業服のまま変わりない、と思う。謎物質の身体なら知らん。


 いや、待て。

 本当にそうだったか? 自分の名前は? 歳は? 体形はどんなだった?

 ……あっるぇ? まじわからん……財布は……なし、って事は免許証もなし。確認できねえ。


 まぁいっか。ヨシ。


 いやいや、良くねえわ。

 でも携帯や財布等がないのはしょうがないのか? 免許証がないのは痛いが複製される方が怖いし人の社会常識や証明が通用するかどうかもわからない……うん納得。聞いた状況の上で財布や携帯があったのならソレは複製されたって事だからな。

 うん、良く考えなくてもそりゃそうだわ。なるほど、一つ理解した。

 自分に理解不能な技術を持つ助けてくれた不明さんは人の文化をある程度理解している事。

 よしよし、ある程度の確認を済ませた。なら後は目の前の出来事を一つ一つ対応していくのみだ。ってかやる事ねえ。


 再び確認。

 テーブルの真ん中ぐらいで部屋を半分に丸ごと隔離する勢いで透明な板の仕切りがあり、完全にこちらと向こうが隔たれている。

 己の身を守る為なのか、それとも生存環境的なナニカの為なのか今はわからない。

 向こう側には椅子はあるものの誰も座ってなく、こちら側のテーブルにはサングラスの様な物がメモの上に置いてある。

 こちらをかけておかけになってください。とひらがなで書いてある。親父ギャグぇ。

 どことなく一時流行った映画に出てくるやつに似たサングラスをかけてみる。ってか伊達眼鏡だなコレ、色も度も入ってねえ。


「……だにぃ!?」


 眼鏡をかけるとあら不思議。向こう側の椅子に人が座っているじゃありませんか。

 一応ノリで勝手に演出してみたが、なんとなくそんな気はしてたので実は驚きは少ない。お付き合い大事。

 念の為に眼鏡をズラして見てみるとやはり居ない。あれか……飛び出る貞子的な。


『どうぞおかけになって下さい』


 眼鏡のフレームから音がするもツッコミがない。いや、まだわからない。何か埋め込まれてて思考が見えているぞってされるのかと予想してたのだけど。

 しかしこの眼鏡が高性能で一つ欲しい。骨伝導イヤホン機能付きっぽい、他にも何か機能があるかもしれない。

 いかん、必死のパッチで動揺を見せない様にしているつもりが焦って色々考えまくってる駄々洩れ脳内を少し落ち着かせなければ。

 ふぅぅ、これは良い眼鏡だぁ…………あかんそれフラグや。

 意味不明な事を考えながらも聞いてみるテスト。


「その……動くのそっちなんですか」

『ええ、こちら本体の一部ですので』


 あー、一部なんだ? 残りの本体は後ろ人の中身です、みたいな?

 その後ろの椅子に座っている人は微笑みながら一ミリも動かない無表情と言う大分怖い感じの表情をなさる女性で、その女性がテーブルの上に掌を上に向けその上に乗る物体X。

 意味不明なソレの見た目は何て言うか……極彩色とでも言うのだろうか。ガンメタの様な赤い様な黒い様な10cm程の餅。

 見れば見るほど色が変化して流れている。昔マジョーラカラーなんてものが流行したがそんなレベルじゃない、こっちのがキモい。流れてるのに流れてる方向がない。

 視点を変え女性を見て癒されようとするも何か呪いの人形的なイメージが放射されてて怖い。黒髪ロングの受付嬢っぽい恰好は良いのに。


『どうぞ?』


 その物体Xが手を指す様にピコッと動く。先ほどそっちと言ったのはコレの事である。餅からにゅっと突起が出て動くのだ。

 不思議に過ぎる……が、まぁ、あまり注視するのも失礼か。座れと言われるのも二度目だし。


「では失礼して」


 座る。うん、普通の固い椅子。

 こんな事もあろうかと尻を改造して二つに分けておいたのだ。


『我々はあなた方の文化について深く理解をしているつもりですが……完璧ではない事をまず念頭に置いて下さる様お願いします』

「あ、はい」


 完治おめでとうございますと言われる事は違うと思うし、こちらも実験場とやらに行く事を了承して体を治療してもらった。つまりこれは色々とはしょった取引後の話だな。

 これからOHANASHIするけど細けえ事はいいんだよ理解できてんだろって事だ。

 たどたどしく海外の言葉を喋って海外の人にコミュニケーションを取ろうとする前提みたいなモノだろうか。


 どうでもいいけど陸続きの国の人でも自国以外の国を海外と言うと思いますか?


『まずあなたの身体について説明を』


 はい、と頷きつつツッコミがない2度目。今度は質問系で思考したので脳内で考えている事が漏れている事はないと考えていいのかもしれない。

 疑い深いかもだが死ぬほどの怪我の治療、完治と実験場への移送はあちらさんにとってどれほど価値が重いのか想像もつかないから図りようがない。人の技術としたらお金積んでも足りないが。

 そんな状況で黙ってほどこしを受け続けるほど平和ボケはしていないつもり。

 体内にナニカ埋められていると仮定して行動した方が良いと考えるのが普通だろうし、そもそも信用や人権と言ったモノが通用する相手かどうかもわからない。

 漫画などであるように謎技術で活躍とか浪漫があるけど自分の身に降りかかると考えればナニソレこわいの一言に尽きる。……既に命に替えれる手段との天秤を己が判断した後の話なのだが。

 まぁ失敗したかなと考えられるのも生きているからであって、と言うのは理解している。

 そして我が身の事を勝手に改造したのではなく、断りを入れてから触ったというポイントに一応のルールらしきものは感じる。

 などとくどくどと考えている今現在、説明は続いているが…………なるようにしかならんわな。











『……以上、話せる範囲で説明しました。いかがでしょうか』


 これはもう説明しないよ、の、いかがでしょうかだな。別に理解せんでもええねんって感じが伝わってくる。

 元々技術や専門用語についてはボカして説明されようがレベルを落として説明されようがさっぱりわからん。その辺はアチラさんも期待してないだろう。

 なので自分の身体に起こった事についての要点。


 まず完全に元のおっさんの身体に戻したわけではない事、これにはいくつかまだ確認を取りながら治療の段階を踏む必要があるらしい。

 何らかの条約だかがあってソレに沿った治療でないと現地住民保護法に触るみたいな事を言われた。現地住民保護て。

 後、雷に打たれた痕が皮膚に残っているがソレは消さない方がいいらしい。まだ見てないが爛れていたり痛みがあったりするわけでないのならどっちでもいい。

 これも何かの証明になるらしく、その証明とやらのが済んだ後は消してもいいらしい。色々ややこしいんだね?

 なんだかんだと何かルールを守りつつの言動をしていますアピの押しが強い。ここまでされるとわざと臭く感じる。

 こちらに合わせてくれているのかそれとも何かを隠したいのか。


「なるほど、理解しました。それで……一つ確認をしたい事があるのですが」

『はい』


 ピコッと両手? に見えるような突起が生えて万歳の様なポージングをする物体X。ヤバい、何か可愛く見えてきた。

 惑わされるな。これだけは確認しとかなくては。


「治療を受ける前、そちらは自分の思考らしきものと対話できていた。と自分なりに認識していましたが」

『はい、その理解で大体よろしいかと思います』

「今現在も自分の体内にそのような思考が読める機械的な物が埋め込まれていて思考や記憶が筒抜けている、と言う事はありませんか?」


 もう直接聞いたった。いや、安全装置とセットなのは理解してるんだけどね。嫌やねん、だだ漏れは。

 そうですけど? って言われた所で責めようもないのも事実としてあるけど。

 法や力と言ったモノが通用する相手と通用しない相手が存在するのはわかっているが聞いておかないとおっちゃん困るねん。


『その質問についての答えは否です。貴方のおっしゃる治療前のコミュニケーションについては思考を読む技術ではなく脳から発信された話す聞くと言う行動を取る信号を解析したものだからです』

「なるほど、わからん」


 おっと口に出ちゃった。筋肉で会話できませんか? こう、胸とか腕とかをピクピクさせて。


『思考を読む、と言う事を疑われている様ですが我々が知る限り脳は稀有なレベルで超高機能を持つ内臓であり、その内臓から発信される信号を解読し理解するには非常に多大なコストが必要とされます』


 あんたさっき色々ぶっ刺して解読してるって言ってなかった? いや、さっきかどうかもわからんけど治療の前。

 頭には刺さってなかったって事なのかな。


『例を出しましょう。Aさんの考えるAと言う言語があります』

「あ、はい」


 あんま難しい事言われてもわからんぞ?


『Aさんが考えるAはAが一つで出来ています。ところがBさんが考えるAと言う言語はBが二つでAになります』


 …………ふぁ? Bさんいい加減にしろよどっから出て来て迷惑かけてんだ。


『この様に個人差がある生物の思考を理解するには難解な暗号を解いた上で言語に直すと言う多大な労力が必要なのです』


 えー、なんか適当言ってない? それどこ情報?


『そちらの惑星では物語でイメージが現実に影響を及ぼすと言ったモノがありますが、文字通り想像の域を出ません』


 そちらの惑星ときましたか。この物体Xは外来星人確定かな? 見た目からしてそうだけど。

 得られた内容に胡散臭そうな表情をしていたと見られたらしく続けて言われる。

 あー、たまにあるよね。魔法とかのイメージに現代の現象を想像して結果を引っ張るみたいな。


『それこそ脳内に色々ぶっ刺して日常生活が送れる奇特で稀有な生物が存在していたとしても先ほどお伝えした尋常ではない労力が必要となります。何の為なのか理解ができない程に』

「頭にぶっ刺……なにそれこわい」

『例え都合よく読み取れたとしても発信される信号の横取りになりますので常人ならば脳死した廃人の様になります、他の臓器などの維持が必要な。お試しになりますか?』

「いいえ結構です」


 わしはNOを言える日本人。

 なるほど、よくわかった。脳内HDは一部の方向へ行かない様に処理しなくて良いって事だな! おっさんの脳内がピンク色とか救いようがないからな!

 元の生活空間に残してきたPCのメモリは少々ヤバいが自分が居ない所で何かあっても今更どうしようもないので諦めた。

 だからせめて脳内の保護を訴えようしたのだがそんな必要もないらしい。嘘をつかれてなければだが問題なしとの事。


『ご理解頂けてなによりです』


 なんだかわからんがとにかくよし。

 覚悟完了してはいないが諦めはついてる。必要に応じてあれがだめなら違うことを行うと言う行動が染みついた生き方だ。

 ああそうだ、実験場については聞けてないな。仄かに香るパワーワードが微妙に怖い。

 こちらの人権や尊厳を脅かすものではないとの事だが。


『それでは確認を取りながら引き続き治療の再開を行いたいと思います、まだ何かご質問はございますか?』

「あの、実験場とやらの詳細を確認しても?」

『貴方の想像している人権や尊厳を害する行いではありませんのでご心配は無用です』


 TSU・YO・I。いや、既に今の状況は拉致なのでは?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る