【詩集】春は雪崩れて
雨伽詩音
第1話或る曇天の街で滅びをもたらすもの
おまえはどこから来たのだったか、この荒れ果てた国に生を受け、彷徨いつづけたおまえの父母はどこに消えたのだったか、いずれも判然としない。街は濃い霧に包まれ、尖塔ばかりが並び立つ街並みにあって、曇天はすべてを覆い尽くしている。おまえの不穏な胸の疼きをも。その胸に飾られたペンダントに、亡き妹の横顔を宿したおまえは、痩せ細った足を前に動かして霧のなかを進もうとするが、すぐさま足を取られる。老婆の腕だった。おまえの歌声に魅入られて、気が触れてしまった数々の人々のうちのひとりで、まだその喉からこぼれる歌を欲して骨ばった手を伸べたのだった。おまえはペンダントを握りしめ、今にも涸れそうな喉から声を紡ぎ出す。呪いの歌だった。かつてこの国にもたらされた繁栄も今はなく、衰退するばかりの一途を辿り、飢えた人々が街にあふれた。その人々の群れにいたはずの父母は霧の彼方に呑まれた。そして老婆の纏ったローブの裾にも霧が立ち込めはじめる。おまえは静かにブレスをして、やがて死の安寧が訪れることを願う詩を歌う。老婆は感涙に咽び、そのまま霧の中へと消え去った。おまえはひとり残される。すでに楽団も潰え、指揮者の男の影もない。おまえをいたぶった数々の声はまだ残響の雷鳴となって尖塔に響いている。さようなら。おまえは静かにつぶやいて、真白い旅装を翻して歩きつづける。
作業用BGM:Memory of the Lost/CODE VEIN OST
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