第3話 黒田さんの元カノ再来

午後5時。

事務所のドアが唐突に開いた。

黒田さんが、手に紙袋をぶら下げて帰ってきた。


「ハルトくん。今日は特別な日だ」


「給料日ですか?」


「いや、失恋記念日だ」


「…なんですかその新しいジャンル」


黒田さんはソファに腰を下ろし、

紙袋からスーパーのプリンを取り出した。

しかも“3個入り”。


「3個入りを買うあたり、絶対未練あるでしょ」


「違う。彼女がいつも2個食べてたから、

 1個余るのが思い出なんだ」


「…もうその時点で重たいです」



「ハルトくん、恋ってやつはな」


「また始まった」


「別れた瞬間から、

 “探偵ごっこ”が始まるんだよ」


「…はぁ」


「LINEの“既読スピード”、

 インスタの“新しい男の靴”。

 全部が証拠だ。恋の現場検証だ」


「さすが恋愛探偵ですね。

 元カノ相手にも容赦ない」


黒田さんはそう言ってプリンを一口食べた。


「でもな…本当の探偵は、

 “未練”を調べるんじゃない。

 “自分の悪かったとこ”を捜査するんだ」


(うわー…たまに刺さること言うから

 ずるいんだよなこの人…)



その夜、一本の電話が鳴った。

見知らぬ番号。

黒田さんが出る。


「恋愛探偵・黒田ジョージだ。用件は?」


一瞬の沈黙。

その後、小さな声が漏れた。


──「久しぶり、ジョージ。」


俺は驚いた。

黒田さんの顔が、見る見るうちに固まっていく。


「…由香か」


(出た、元カノ)


電話の向こうの声は穏やかだが

俺は波乱の予感を感じていた。


──「今、近くにいるの。少しだけ会えない?」


黒田さんは一度目を閉じて、

ゆっくりと息を吐いた。


「…来いよ。事務所でいい」



30分後。

由香さんが現れた。

黒いコート、黒い服、

“恋愛探偵の女版”みたいな風格だった。


「元気そうね」


「お前もな」


「まだ探偵やってるんだ?」


「恋の現場は減らないからな」


俺はキッチンに引っ込みつつ、

二人のやりとりを盗み聞きしていた。


(うわぁ…空気が大人すぎてツッコめねぇ)


由香さんは机の上に、小さな封筒を置いた。


「これ、返す」


中には写真。


笑っている黒田さんと由香さん。


「この写真だけ、どうしても捨てられなかった」


黒田さんは黙ってそれを見つめた。


「……俺も捨てられなかった。

 いや、プリンの容器にな」


「は?」


「比喩だ」


「…そう」


(やっぱこの人、情緒の出し方が雑なんだよな)



やがて、由香さんがぽつりと呟いた。


「私ね、婚約したの。相手、普通の人」


「そうか。…良かったな」


「ほんとにそう思ってる?」


「思ってるよ。ただな、

 “普通の人”って言葉が一番刺さるだけだ」


由香さんは苦笑した。


「変わらないね、そういうとこ」


(これ、完全に再燃パターンだな)



帰り際。

由香さんがドアノブに手をかけて言った。


「ねぇ、ジョージ。あなたってさ…

 まだ自分の答えを探してるんじゃない?」


黒田さんは少しだけ笑った。


「そうかもな。でも、もう見つけたよ」


「え?」


「助手がいてな。

 ツッコミの精度が俺より高いんだ」


由香さんが小さく笑った。


「……その子、いい子ね」


(いや、そこかよ!何でだよ!)



由香さんが去った後、黒田さんは机に戻って

さっきの写真を見つめていた。

窓の外の街灯が、淡く光る。


「…ハルトくん」


「なんです?」


「別れた女ってのはな、

 消えたようでいて、時々

 “心の監視カメラ”が動くんだよ」


「こっちのセリフですよ。給料まだです」


「恋も給料も、タイミングが大事だ」


「もう…俺もプリン買ってこようかな」



──恋愛探偵・黒田ジョージ。

 今日もまた、心の事件は未解決。

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