デカルトと愚楽 ――理性と馬鹿の対話

石造りの部屋に、ろうそくの炎が揺れている。

机の上には幾何学の図形、分解された懐中時計、羽ペン。

デカルトはそこに腰かけ、沈黙を破るように言った。


デカルト


「私は考える。ゆえに、私は存在する。

 思考こそが存在の証明だ。

 人は理性によって、世界を理解できる。」


愚楽


「ほう。

 じゃあ、考えるのをやめたら消えちまうのか?」


デカルトは一瞬、眉をひそめる。


デカルト


「……消える、とは違う。思考こそが“確かさ”の根拠なのだ。

 感じることや見ることは、夢かもしれぬ。

 だが、考えている自分だけは確かだ。」


愚楽


「夢でも腹は減るぜ。

 飯のうまさに“理性”は関係ねぇ。

 笑ってるとき、俺は考えてねぇけど、生きてる実感はある。」


デカルトは少し驚いたように愚楽を見る。

理性の人が、初めて“混乱”という名の感情を覚えた瞬間だった。


デカルト


「……では君は、思考を信じぬのか?

 理性を捨て、ただ笑うだけで満たされると?」


愚楽


「信じるさ。

 でもな、考えるってのは“生きる”の中の一部だろ?

 笑う、泣く、転ぶ、馬鹿やる――それも全部“俺”だ。

 お前の理性は立派だが、頭ばっかで腹が減ってねぇか?」


デカルトは、ろうそくの炎を見つめながら静かに息を吐く。


デカルト


「……なるほど。

 君の“馬鹿”とは、理性を否定するものではなく、

 理性に縛られぬ自由なのか。」


愚楽


「おう。

 理性はいい道具だ。

 でも“笑い”は、人間が道具じゃねぇって証明だ。」


少しの沈黙。

炎の音だけが、時間を刻む。


デカルト


「愚楽……君の存在も、また“我思う”の延長にあるのかもしれぬ。

 理性が道を照らし、君の笑いがその道を人間らしくする。

 ――おそらく、真理はその両方にあるのだろう。」


愚楽


「難しいこと言うなぁ。

 じゃあ、結論はこうだ。

 “我、笑う。ゆえに我あり。”

 ……これでどうだ?」


デカルトは初めて、微笑んだ。

炎の中に、理性と馬鹿がひとつに溶けていく。

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