まっすぐ歩く方法について
そして明日になる
毒親
親に感謝しなさいと学校の先生から言われたことがあります。
「今こうやって学校に通えてるのも、生きていけるのも支えている親のおかげなんですよ。」
そう言われてきました。
私はこの考えが正直嫌いです。
私たちは意図せず生まれ義務教育を受けていく中で何故感謝をしなければいけないのか。
勿論、親が毎日家事をしたり仕事したりするのは家族のためなのはわかってます。
「当たり前だと思うな」
こう言われても子供を作ったのは親のエゴじゃないですか?って思うわけです。
私は親に対してすごく恨みがあります。
寺の息子として生まれ母は保育士で父は住職でした。
幼少期は母が先生というなんとも複雑な気持ちになりながら夜は仕事が終わるまで教室で待っていました。
物心が着く前には教本を持たせられ、意味のわからない漢字の列をひたすら追っていました。
父を師匠と呼べと言われた時、私はまだ小学校低学年でした。
夏休みはしたくもないキャンプで知らない子と寝て、修行に行かせられ声が枯れるまでお経を唱える。
私は徐々に嫌になっていきました。
それでも親は許さないんです。
「お前は寺の息子として生まれたからお坊さんにならなきゃいけないんだ!」
「なりたくないなら自分で伝えればいいじゃん」
皆冷たいし小学4年で初めてうつな状態になりました。
小学生高学年になると親の話なんてしたくないし実家が寺なことが恥ずかしく遊びに誘うことも無くなりました。
私は小学6年生までお経を読んでいて嫌々ながら父に対して敬語を使って生活を送っていました。
子供を作って育てるのも全て親のエゴなんです。
頭も発達しきってない子供に自分たちの勝手で色んな事をさせる。そんな親に私は感謝することなんて無いんです。
中一では父親が不倫をし、母と別居。
転校した先でいじめにあい不登校。
母は家で何もしない私を叱る…
仮で仲直りして実家に戻り地元中学に戻るが勉強が遅れテストではほぼ赤点。(母の職場上離婚ができなかった。)
親は関係ないと言わんばかりにテストの度に責め立てる。
私ってどうしたらよかったのですか?
高校は偏差値39の馬鹿高校。
親が「あんたはここくらいしか行けない」と言われ、受験しても無理と単願で受けて合格。高校では頑張って勉強しようと毎回良い点をとっても「あの高校だもんね」と言われる始末。
高校でも言われたんです。
「親に感謝しなさい」
私は怒りで満ち溢れてました。
なんであんな最低な人間を感謝する必要があるのか。
私は高二でまたうつになりました。
不登校にはならずなんとか頑張って通いました。
部活も3年間続け、テストも毎回校内10以内にはいました。
受験期、私は行きたい大学がありました。
「ここの大学行きたいんだよね」
偏差値は55~60くらいの私立大学でした。
親はそれを聞いて
「え、そんなとこいけんの?」
冗談でしょ?みたいな感じで私にそう伝えてきたのです。
これを聞いて正直殺意がわきました。
たくさん大学を調べ先生と決めた大学を小馬鹿にされたんです。
そして、11月私は第一志望と第二志望の大学に落ちました。
結局指定校になり自己肯定感は腐りました。
うつなまんま大学に入学、環境の変化で体調が悪くなり何回か授業を休んでしまいそれが親にバレまた責められ、壊れました。
入学して2ヶ月で私はうつ病になりました。
夜は眠れず、泣きわめき、人が怖くなり部屋にこもるようになりました。
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