怪異研究会の見解では、

る。

化け猫はいない。

或る届け出

一、或る届け出


 胡乱うろんな転校生だった。秋も半ばの頃転入してきた初日に、部活動の発足届けを出してきた。僕はそこに記されていた名前に先ず眉を顰めた。いわゆる不登校生徒の名前があったからだ。僕が受け持つクラスの女子生徒ではあるのだが――


 赴任した時から既に、彼女は「いない子」だった。


 この町に古くからある神社の子で、『巫女修行のため』という理由で、家庭訪問も必要ないと校長から言い含められていた。

 それが今更一体どういう経緯で、どんな関わりでと怪しまずにはいられなかった。そこで活動目的を詰問すると、学ランのボタンも留めず羽織っただけの男子生徒は、小首を傾け人を食ったような調子で答えた。


「近頃怪異現象の噂が多いでしょう、先生。やれ神隠しだ、やれ化け物を見たって。それもあの扇家、、小火ボヤ騒ぎが発端じゃないかと――子供連中の口は塞げない、だったら学校ここで検証するのは道理にかなう。丁度そこの『巫女』が在籍していることだしな」


 なるほどもしこの“怪異研究会”なるものが名家のお墨付きだと言うのなら、突き返すのは得策ではない。

 彼についての腑は落ちないが、問答するより気が急く方が勝ってしまった。放課後、職員室は夕日に朱く染まってなぜだか他に誰もおらず、目の前の彼のいやに落ち着いた口ぶりはこちらを落ち着かせなかった。


 そのすこし尖った爪に目を遣りながら、用紙に受理の判を押した。


「どうも」


 彼は紙をひらりとつまみ上げ背を向けた。遠ざかっていく影に、安堵の息を吐いた。

 何も知らないのだ。何も知ろうとしなかったことの罪悪感で、こうも被食者のごとき怯えに捕らわれたのだろう。


 誰だって知らないはずだ、『扇かなめ』のことは。




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