episode 7
行為の後、起きたのはもう日が沈みそうな時だった。
この部屋に吏生さんはいないけど、きっとすぐ戻ってくる…気がする。
サークルを楽しんでいる人達の声が聞こえてくるからまだ門は閉まっていない。
早く帰らなきゃ…。
何故か服は着てあるし、荷物も来た時と同じところに置いてある。
吏生さんが戻ってくる前に…、
そう思ってベッドから出ようとした時、ガチャとドアの開く音がした。
そちらを見れば、吏生さんがいて、バッチリ目が合った。
「起きた?送ってくけど歩ける?」
「いえ、結構です……ッ」
ベッドから降りた瞬間、下腹部がズキッと痛んで蹲ってしまった。
それを見た吏生さんはすぐに駆け寄ってきて、背中を摩ってくれる。
「ごめん、痛い?」
蹲って何も言わない私を見兼ねて、吏生さんは軽々と私を持ち上げてソファに座らせる。
そして「ちょっと待ってて」と言って出ていってしまった。
思わず蹲ってしまったけど、ギリギリ歩いて帰れるとは思う…。
もうあの人は送る気満々だし、逃げられなさそうだから今日は言うことを聞いておこう。
「はい、これ飲みな」
戻ってきた吏生さんは温かいココアを私に差し出した。
ムカつくのに…、変に優しくされると怒りが収まってきてしまう。
プルタブを開けてくれてあったから、手に力が入らないと思ったけど助かった。
ゆっくりココアを飲むとフワッと口の中で甘さが広がって、この人にはムカつくけど美味しかった。
「百合ちゃんさ、なんで可愛いのに今まで経験ないの?彼氏いたでしょ?」
ココアを飲んでホッとしてたところを、この人が私の心の傷を抉ろうとしてくる。
「…いないです」
「え?」
おかしいことを言ったつもりは無いけど、この人の顔が固まった。
彼氏がいないことってそんなに珍しいのかな…
「告白とかされたでしょ」
「…………はい」
「そうか、高嶺の花的な?好きじゃないと付き合えないとか?」
なんでそんなことが気になるんだろう。
あまりいい思い出はないのに…
でももしかしたら、話せば私から離れてくれるかも…、と淡い期待を抱いた。
「高校生の頃は…虐められてて…、人を避けてました…」
「あー、陰湿な女の嫉妬ってやつ?」
「………まぁ、多分そうです…」
友達の好きな人が私に告白してきて、
そこから嫌がらせが始まり、
友達と呼べる人は居なくなり、
ありもしない噂を流された。
始めはコソコソと変な噂が聞こえてきた位だったけど、それは次第にエスカレートしていき、よくある虐めを受けた。
下駄箱にゴミが入れられてあったり、
教科書を隠されたり。
あまりメンタルが強くない私は酷く病んでしまった。
でも家族に相談して、何とか卒業をすることは出来た。
だから大学では心機一転して少し家からは遠いけど、知ってる人が居ないように隣の県を受験した。
穏やかな日々だったのに…。
「そっか、それはごめんね」
「だから、私は吏生さんと関わりたくない…です…」
「それは無理かなー…、百合ちゃんの事気に入っちゃったし」
「吏生さんといると…、目立ちますし…」
「え?百合ちゃん可愛いから十分目立ってると思うけど」
そんな事ない…。
だって今までは普通に過ごせていた。
友達を作ったりしていないから、というのもあるかもしれないけど…。
話しかけられたりとかはあっても、その場だけが多かったし…。
「吏生さんモテますよね…?」
「うん、それなりに」
即答…。
この容姿なら無理もないけど…。
「他の女性の方達から反感を貰うのは嫌なので…」
「大丈夫」
何が大丈夫なの…?
もうあんな思いはしたくない…のに…。
思い出すだけで手が震えそうになる。
でもそれは、
「俺が守ってあげられる。約束する」
吏生さんの迷いのない言葉で収まった。
「え…?」
でもどうやって…?
学年は違うから、同じ講義に出ることはないと思うし、見張るとかは無理そうだけど…。
「俺に任せてくれればいいよ」
「………ど、うして…」
それでも1度経験してしまうと、やっぱり人の目も怖いし、できればこの人とは関わりたくない。
「ん?」
「…どうして私なん、ですか…。吏生さんのこと好きな人なんて沢山いるじゃないですか」
「可愛かったから」
所詮、外見だけ。
それだけで決められた。
この人の勝手な好みで私は傷つけられた…。
何も話す気にもならない。
とりあえずもう顔も見たくない。
立ち上がって、ズキズキ痛む下腹部を庇うように少し前かがみで歩く。
ココアの缶を捨てて校門へ向かうけど、吏生さんはついてくる。
送るって言われたからかもしれない。
「送ってもらわなくて結構です…」
「だって身体辛いでしょ」
「誰のせいで…っ」
「うん、ごめん。だから責任もって送ってく」
1人の方が気が楽だし、気持ちも落ち着くのに…。
家が大学から近くて良かった、とこれ程までに思ったことは無い。
早く帰りたいのに、ゆっくり歩かないと身体が辛くて気分が下がっていく一方。
そんな私の歩くスピードに合わせてくれるこの人は、根は優しいんだと思う。
だからきっと女の人はこの人に抱かれて、沼にハマって抜け出せなくなるんだろう。
「明日、迎えに来るよ」
ほら、なんか優しい。
慈悲なのか、さっき言っていたように他の人から私を守るためなのか、真実はその人にしか分からない。
でも私は絶対に施されたりしない。
「……大丈夫です」
「そんなに嫌?」
「はい」
「………即答しなくても良くない?」
でもそれほど嫌。
吏生さんは小さく「はぁ…」と溜息を吐いて
「じゃあ連絡先だけでも教えて」
「……嫌です」
「じゃあこのまま部屋まで押しかけるけど」
それは……っ
絶対にやだ……。
「LINEで…いいですか…」
「うん、いいよ」
LINEなら通知をオフにすれば良いし…、
いざとなればブロックもできる。
番号を教えるより全然マシだ…。
「じゃあまた明日ね」
「………」
もう何も話したくなくて、振り返ってマンションに入って行った。
その後はすぐお風呂に入ってあの人の匂いのついた身体を綺麗に洗って早めに寝た。
声も掠れて、喉がヒリヒリする。
きっとこれはあの人のせい………
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