第2話 常識外れのゴミ掃除

アレンがギルドで紹介された地図を頼りに向かった先は、街の南門から少し離れた場所にある、寂れた薬草園だった。穏やかな風に乗って、土の匂いと、微かな薬草の香りが鼻をくすぐる。

しかし、園を管理しているであろう老人の表情は、その陽気とは裏腹に険しいものだった。


「あんたが、ギルドから来た冒険者さんかね?」


腰を曲げた園主――エルマンは、アレンの頭のてっぺんからつま先までをじろりと眺め、大きなため息をついた。その視線には、落胆の色が隠しようもなく浮かんでいる。


「は、はい。アレン・クラフトと申します。本日、依頼を受けさせていただきました」

「ふん……。こんなひょろっとした若いのを一人よこすとは。ギルドも人がおらんのかねぇ」


ぶっきらぼうな物言いに、アレンはぐっと言葉を詰まらせる。その時、後ろからパタパタと軽快な足音が聞こえてきた。


「エルマンさん、ごめんなさい! 彼、今日登録したばかりなんですけど、とっても誠実な子なんです! 見た目で判断しちゃダメですよ!」

息を切らして現れたのは、心配して追いかけてきたリナだった。

「リナさん……どうしてここに?」

「もう、アレン君が心配だからに決まってるじゃない! あの依頼、本当に大変なんだから!」


リナが庇ってくれても、エルマンの疑念は晴れない。

「まあ、いい。やってみるだけやってみなされ。畑はあっちじゃ。……見ればわかるがな」


促されるままに畑へ向かった三人は、その惨状に言葉を失った。

本来ならふかふかの土で満たされているはずの畝は、半透明の粘液に覆われて見るも無残な姿になっていた。粘液は土に染み込んでカチカチに固まり、そこだけ色がどす黒く変色している。


「こいつが『粘着スライム』の粘液じゃ。こいつらに畑を占拠されてから、もう何ヶ月も薬草が育てられん。粘液を剥がして、汚染された土を根こそぎ入れ替えないと、どうにもならんのじゃよ」

エルマンが力なく説明する。それは、リナが言った通り、数人がかりでも数日を要するであろう、途方もない重労働だった。


しかし、アレンは黙って頷くと、背負っていた荷物から使い古された作業着と、柄のすり減ったシャベルと鍬を取り出した。

「……やります。完璧に」


その一言に、エルマンは呆れたように鼻を鳴らした。リナだけが、アレンの真剣な瞳をじっと見つめていた。


作業はまず、畑に残っている粘着スライムの駆除から始まった。ぷるぷると震える半透明の塊が、粘液の上をのろのろと這っている。


「うわっ、足元が…!」

リナが粘液に足を取られて声を上げる。だが、アレンは違った。まるで固い地面を歩くかのように、ぬかるんだ土の上を淀みない足取りで進んでいく。長年の下半身鍛錬によって無自覚に得た【身体強化】スキルが、彼の体幹を支えていた。


「えいっ」


短い気合と共に、アレンはシャベルの先でスライムの中心にある核を的確に貫く。スライムはぶじゅりと音を立てて萎み、ただの粘液の塊になった。その一連の動きには、一切の無駄がない。


「な……」


エルマンが小さく呻いた。

駆除を終えたアレンは、息一つ乱すことなく、次の工程――土壌の除去に移る。

シャベルを深く突き立て、てこの原理で汚染された土塊を掘り起こしていく。ザッ、ザッ、ザッ。リズミカルで、恐ろしく速い。


「……リナ嬢ちゃん。あれは、本当に今日登録した新人なのかね?」

「は、はい……私も、あんな動きは初めて見ます……」


まるで精密な機械のようだった。掘り起こす深さ、土の量、それらを捨てる場所。全てが計算され尽くしたかのように、寸分の狂いもなく繰り返される。

アレン自身は、ただ目の前の作業に没頭していた。「この角度で力を入れれば、腰への負担が少ない」「腕の振りはもっとコンパクトに。その方が次の動作に早く移れる」。彼の頭の中は、常に作業効率の改善で満ちている。その思考と実践こそが、【不断の研鑽】の熟練度を爆発的に高めているとは知らずに。


数時間が経った頃には、薬草園の一角が嘘のように生まれ変わっていた。汚染された土は綺麗に取り除かれ、新しい土が運び込まれ、美しく整地されている。本来なら一日がかりで数人がかりの作業量を、アレンはたった一人で、半日もかからずに終えようとしていた。


「ば、化け物じゃ……」

エルマンは腰を抜かさんばかりに目を剥き、がくがくと震えている。

「アレン君……あなた、一体何者なの……?」

リナも、目の前の光景が信じられず、呆然と呟くことしかできなかった。


汗を拭ったアレンが、二人に向き直って申し訳なさそうに言った。

「すみません、まだ土の質が均一じゃないので。仕上げに全部耕しておきますね」


その言葉は、彼にとっての「当たり前」であり、完璧を求める職人気質の表れだった。だが、エルマンとリナには、常識外れの怪物が発した、とんでもない宣言にしか聞こえなかった。


夕暮れ時、全ての作業を終えた薬草園は、数ヶ月ぶりに生命力を取り戻していた。

エルマンはアレンの前に立つと、深く、深く頭を下げた。


「若者……すまなかった。わしの見る目がなかった。あんたは本物じゃ」

そう言って、約束の銀貨5枚に加え、心付けだとさらに数枚の銀貨と、貴重な薬草の束を差し出した。

「いえ、僕はいつも通りやっただけですので……」

謙遜するアレンに、エルマンは真剣な顔つきで言った。


「その『いつも通り』がとんでもないんじゃ。……だからこそ、頼みがある」

エルマンは、薬草園の奥にある薄暗い洞窟を指差した。

「この土壌汚染の原因になったスライムじゃが、どうもあの洞窟から湧いてきとるようなんじゃ。近頃、数もおかしい。普通の害獣じゃない気がするんじゃよ」


アレンとリナが洞窟に目を向ける。すると、その入り口の暗闇から、気のせいか、紫色の瘴気のようなものが僅かに揺らめいて見えた。

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