太陽ノ國—Re:創世記—
ゆきだるま会長
第1話 オェセルは月夜に輝く
———猛烈な風を巻き起こし
とてつもなく長い煙の尾を引きながら
燃え盛る巨大な岩石は
地表を目指して落下していった———
隕石の衝突で世界が消えたあの日、
すべての生き物が空を見上げていた。
【ハル・メギド】と呼ばれるようになった悪夢のような日から二十年——
世界中の国境は消え失せ、残された人類は僅かながらも逞しく新たな世界を生き抜こうとしていた。
文明の残滓が息づくのはかつて中国と呼ばれたこの地。
その廃墟となった街跡を二つの影が音もなく走り抜け、急ぎ何かを追っていた。
「クソッ。ごめん、タカミ。油断した!」
「大丈夫。必ず取り返そう。」
タカミと呼ばれた少年が真っ直ぐに前を見据える。
「ミナカ、俺が仕掛けるよ。」
「おう。この暗闇で動けるのはタカミだけだからな。揺動は任せとけ!」
少年たちの先には、複数の人影が警戒するように振り返りながら先を急いでいる。
タカミの瞳が男たちの姿を捉えた。
真っ暗な視界にハッキリとその輪郭が浮かぶ。
「あと10秒でいける。ミナカは左から頼む。」
鉄パイプを握り直し、足音を殺したままタカミは一瞬目を閉じた。
「了解。」
ミナカがポケットの中の小さな粒を握り込み、左側にある壁の崩れた建物を駆け上がっていったその瞬間。
——パァン!!!!
突然男たちの足元で何かが爆ぜ、目も眩む光が暗闇を裂いた。
「な…っ!?ガキが追いかけてきやがったか!」
「こんなデカいの滅多に手に入らねえんだ!なんとしても大老に届けるぞ!」
「クソッ、おい、こっちに来い!」
リーダー格の髭の男が目を押さえながら叫ぶ。
静寂の中に金属の擦れる臭いが漂う。
子どもらしき影がひび割れたアスファルトに倒れ込んだ。
その瞬間——真っ白いコートが月空に翻った。
バギッ
「うっ!」
ジャラッと鎖を鳴らし、大きく前のめりに倒れた男の髭は乾いた砂土を擦る。
混乱する男たちが周りを見渡していた。
「あ…うああああっ!」
「おい!落ち着け!」
焦って闇雲に長い棒を振り回す男の手は汗で今にも滑りそうになっている。
瓦礫や砂の微細な隙間を見分けた白い影が、その男の背後に音もなく回り込んだ。
その無防備な後ろ姿に全力で鉄パイプを振り下ろす。
急所を打たれた男は声をあげる間もなくその場に転がった。
赤茶けた月が僅かに顔を覗かせている。
タカミはコートの隙間から明るく光る石を放り投げた。
それを合図に、ミナカが間に飛びこみ叫ぶ。
「怪我しないうちに返したほうがいいぜ。」
そこだけ切り取られたかのようにミナカたちと男が浮かび上がる。
「…くっ、クソッ!」
残された1人は鞄を投げ捨て、白目をむく二人に一瞥もくれず暗闇の中に消えていった。
「…ふぅ!タカミさすが。」
明るい茶色の髪の毛がフードの下から出てくると、親指を立ててニカッと笑い、振り返る。
「久しぶりに大きいの取れたしな。取り返せて良かったよ。」
足元の石を拾い上げながら、タカミは安堵のため息をつく。
「…それにしても…。
あいつ仲間おいてったよ。ひでぇな。」
「あいつ…大老とか言ってた。ちょっとまずいかも。一応ナギさんに伝えないと。」
タカミは足元の男たちを真剣な眼差しでみつめる。
「さて、難しいことは置いといて!俺たちのお宝は無事かなっと。」
ミナカは軽口とは裏腹に、力のこもった目つきで鞄に目を向ける。
傍らにもう一つ小さな人影が揺らめいた。
タカミの持つ石に照らされ、浮かび上がったその子どもの頭には異能の証である角が何本も天を指す。
僅かに手が震えたタカミは、思わず唇の端を噛んだ。
「ねぇ、兄ちゃんは…人間?」
亜人の子どもの目が、髭の男とミナカを見比べる。
恐怖を纏ったその瞳——それは出会った頃の幼いタカミの姿と重なった。
ミナカは繋いでいる鎖を解いていく。
小さく震える両肩に優しく手を添え、ひとつ大きく深呼吸した。
「助けるのにそんなの関係ないだろ?怪我してないか?」
「うん。捕まっただけ。」
亜人の子は鎖の外れた自分の体を見わたす。
「よっ。ヒーロー!」
口から出た言葉は、タカミの素直な気持ちだった。
「な…っば、バァカ!
タカミが助けてやれって目で見てっからだろ!」
囃し立てられて頬が火をつけたように熱くなる。
「あっ!そ、そうだ。ほら、これやるよ。」
取り繕うように、落ちた鞄から鉱石を取りだしてみせる。
小さな子どもにはひと抱えもあるそれが、辺りを明るく照らした。
「わぁ。これ、オェセルなの?
こんな大きくて明るいの初めてみたよ。
くれるの?ありがとう!!」
両手にしっかりと抱えられたオェセルの輝きが、笑顔を優しく包んでいる。
「ほら、もう帰りな。鞄ごとやるから取られないようにしっかりしまえよ。
きっと、母ちゃんが待ってるぜ。」
少年は笑顔で頷くと踵を返し、真っ暗な廃墟の先へと駆けて行った。
「もう、捕まるなよ。」
ドクンと、ミナカの胸の奥で何かが疼く。
「あーぁ。せっかく全力で取り返したのに結局あげるんだからな。」
まるで最初からわかっていたかのように笑うタカミの声に、耳が熱くなる。
「なんだよ。オェセルならまた取りに行けばいいだろ!」
ハイハイと肩をすくめるタカミに、小さな子どものようにくってかかる。
ミナカの顔は大汗をかいていた。
ひとしきり戯れたあと、
ようやく二人はその場をあとにする。
再び静寂が辺りを包み、滲んだ月が姿を現した。
そして遠く森の中。
走り去る二人の背中をじっと伺うように、眼光が二つ赤く揺らめいていた——
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