2.脱出

あれからというもの、物色を続けに続け、遂に目的のものを見つけた。


「おー?これかなー。腐ってはなさそうー?」


たどり着いたのは食糧庫らしき場所。置かれているのは兵糧に向いた携帯食と水。

この部屋も停電から時間が経っていないのか、保存状態は非常に良好であった。とはいえさすがに何千年も保存できるものではない。


「全自動ってすげー。動いてたら引きこもれたなー。」


ここには原材料の生産から食品の製造、廃棄までも含めた、管理の全てを自動で行う大規模な機械が導入されているのだ。

停電から時間が経っていないここに置かれているものは、つまり製造からの時間も経っていないため十分安全だと考えられる。

彼に同意するわけではないが、まだ機械が稼働していれば、少なくとも食料面での生命の維持は保障されたであろう。


「うわー、すげーこのバック。全部入ったー。」


どうやら食糧庫にある携帯食も水も全てバックパックに詰め込んだらしい。

随分とイカれたバックパックだ。これだけの性能なら彼が探していたのも頷ける。

果たしてどういう原理なのか。

それを言ってしまえば、彼の装備Niosphも、どういう原理なのかと甚だ疑問ではあるが。


「あとは回復薬くらいかなー?」


どうやら、彼にとっては原理どうこうは瑣末なことらしい。

残る目当ては回復薬だけのようだ。

食料、水、回復薬。これだけしか入手しないのかといえばそうではない。

ここに至るまで、物色した部屋でありとあらゆるものをバックパックに詰め込んできているのだ。

どう考えても彼が使うことはない女性用の衣類や、部屋の片隅に置かれた鉢植えなどなど、本当に持ち出す必要があるのか疑問になるものも全て詰め込んできた。

もしかすると、彼は物欲に取り憑かれているのかも知れない。

もちろん使い道を模索するなり、あるいは売るなり、他の目的で漁ってきた可能性も十分に考え得るが。

ただの蒐集癖だと揶揄したくなるのは何故だろうか。



それ以降もこれまでと同様に、部屋を漁っては次の部屋へ。時には壁をぶち破り、手当たり次第に拾い集めてはまた次へ。フロアを上り部屋を漁り。

そうして施設を隅々まで漁り尽くして、もちろん回復薬も手に入れて。


ようやく外へと一歩踏み出した。

屋上から。

地中を掘り進めて。


そう、地中をだ。埋まっていたのだ。この施設。

おそらく天災が原因だろう。土砂崩れか、火山灰か、はたまた地盤沈下か。全くもって不明だが。

いや、究明しようと思えばできるだろうが、彼はそんなものに興味はなさそうである。


「森でワロター。」


わろとりますこいつ。暢気なもんで。

しかし、それもそうだろう。

いくら地中に埋まっていたとは言え、彼にとっては大した苦労もなかったのだ。

Niosphを用いてぐんぐん掘り進めて浮上し、同時進行で埋め固めていたのだ。

それはもう業者もかくやといった速度で。

ならば余裕綽々であるのは当然だろう。

穴を掘ってすぐ埋めながら進むなんて業者があるのかは知らないが。


それはさておき、彼にとっては自由な身で外出するのは人生初なのである。

その喜びたるや想像に難くない。

であれば、もう少し喜びを表現してもいいところだが、はたしてワロタがそれであったのか否か。

疑問を呈したところでどうにもならないが。


「街遠いなー。お風呂入れないなー。」


彼の悩みはどうやら風呂だけらしい。

それ以外は許容範囲なのか、はたまた考えてすらいないのか。

どちらにせよおそらくどうにでもなると思っているのだろう。


さて、なぜ街が遠いとわかっているのかについてだが、それは森に出てから衛星情報を確認したからである。

案外抜け目ない野郎である。

おそらくどれほどの時間を要するか、具体的にも理解していそうである。


とはいえわかっているのはそれくらいで、むしろそれ以外は何もわかっていないのだ。

道中に何が起きても不思議ではない。

それでも悲観することなく軽やかに歩みを進められるのは、自由が翼を授けていると言っても過言ではないのかもしれない。



「おー。なんかきっしょい狼出てきたー。」


しばらく進むと、狼と呼ぶには差し支えありそうな見た目をした生物に遭遇した。

というのも狼の口が首元まで裂けており、上半身は鎧を纏っているかのようで、肩口からは砲門を覗かせているのだ。

そんな生物は彼の知識にはない。

思わずきっしょい狼と言ってしまうのも頷ける。


「やー。」


すると彼はやる気ない声とは裏腹に、凄まじい速度の飛び蹴りをかまして見せた。


それをくらった狼らしき生物の上半身は弾け飛び、分かたれた下半身は慣性によって血を撒き散らしながら吹き飛んでいった。


「わー、きったねー。」


やったのはお前だ。ひどい言い草である。

おそらくこれ以降も、何が出てこようと同じような光景になるだろうことが容易に想像できる。

彼を阻むものは何もないのかも知れない。

もしかすると最短最速で街に着く可能性すらあるだろう。


「おー?川だー。上流なのかなー?水綺麗だしー、山葵とかあるかなー。」


前言撤回。

いつになっても着かないかもしれない。

というかむしろ街に行く気がない可能性すらある。


これ以降も、辛うじて街のある方面へ向かってはいるものの、あっちの山菜がどうたらこうたら、こっちの木の実がどうたらこうたら言いながら、森の中を彷徨い歩いていった。

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