第19話 王太子様の心配って…?

「ファランさま? どうかしましたか?」


外に出て少し歩いたあと、ファランさまは急にお話ししなくなった。

ちょっと心配ぃぃ。


お庭は、それはそれはもうすごかった。

前世、テレビで見たヨーロッパのお城のお庭――の10倍くらいのすごさ。もちろん体感。完璧な配置の花壇に色別の種類別にいろんなお花が咲いていて、ぼくは一瞬、王様にもらったあのすごいケーキを思い出した。

あのきれいなお花畑ケーキが、現実になってすっごく大きくなったみたいなお庭。


……あれ、めちゃおいしかったな。


もちろん花壇だけじゃなくて、木がたくさん続くトンネル、お花のアーチ。それから――


いや、まだそこくらいまで行ったところで、ファランさまが足とお口を止めちゃったので、お庭の奥の方はまだわからないんだけども。


「はっ……もしや――」


ちょっと心当たりがないわけでもないことに気づいて、ヒヤッとなる。


「ぼく、うるさかったです……か?」


ひとりでヒヤッとしててもしょうがないので、おそーるおそる聞いてみる。


そぉだよなぁ、ちょっとぼくうるさかったかも。


すんごいお庭すぎて、案内してもらうあいだ中、ひたすら「うわー」とか「わあああ」とか「すごいっ」とか、「きれいですねえ!」とか、語彙力0で騒いでたし……。


いや、だって、本当に実在する? ほんとに? くらいのすごさだったから、感心するなっていうのは無理な話だった。ぼくには。


だからって騒いでいいかっていうと、いいよね!とは……まぁ、ならないけど。


よし、ここは早めの反省!


「ぼく、もっと静かにしますね。だからあの――」

「そなたは」


ええええ……食い気味にさえぎられたぁ……。

声もなんか、いつもの感じじゃない……。


こ、これは本格的にまずいやつ……どどど、どうしよう。


「あの……」


そなたは、の続きは? なに? ぼく、なにがダメですか?

ごめんなさいもするし、ちゃんとしっかり気をつけて直すので、許してほしい……です。


「そなたは――」


声がカチッとしてて、体温がない感じ。

やっとこっちを見てくれたけど、なんだか、眉がギュッとなってるし、下がってる。


「そなたはなぜ、そのようにすぐ気を遣う?」

「え……」


ななな、なにを聞かれてるんだろう? うっとうしい? あれこれ言うの、うっとうしかったです? いちいち、うるさかったかとか、聞かずに察して改善しろよ、ということです?


……たしかに。


いちいちあれこれ聞かれるのは、面倒くさいかもしれない。

反省。


いや、反省もいいけど、その前にお返事せねばならない。

ええと、なぜ気を遣うか?だったよね?


え……、将来的に処刑されたくないから……?


いやいやいや、口が裂けても言っちゃダメなやつ!


ななな、なんて言おう?


「きをつかう……?」


ええと、なんて答えたらああ――!


「すまない。聞き方が難しかったな」

「ファランさま……」


ファランさまは眉をぎゅっと下げたまま、ちょっと笑った。やだぁ、なんか悲しそう。


どおしたのお……?

気になる。でも、いちいち聞いたらうっとうしいだろうから、がまん。


「そなたはいつも、他のもののことを心配している」

「……?」

そうだっけ? ぼくはいつも、自分が処刑にならないで無事に過ごすことを最優先で考えてるけど……。


「先程は私に寒くないか? とか。今なら、うるさかったか? とか」

「あ……それは、はい」

「何か問題はないか、迷惑はかけていないか、と、ずっと気にしている」


それは、だってねえ? せええっかく王太子様がよくしてくれるんだから、ちゃんとしないと。あと、風邪を引かせたり気分を害させたり、怒らせたりしたら、いろいろまずいし。


「サファ……そなたは」

ファランさまは、少しかがんでぼくの両手をすくいあげた。

近くなった顔から、また笑顔がなくなっている。少し悲しそうな顔が近くにあるから、ぼくにもその「悲しい」が少しうつってしまうかもしれない。


「いつもそうして、周りに気を使いながら生きてきたのか?」

ふたまわりくらい大きいファランさまの両手が、ぼくの両手を、支えるように持っている。あったかい。


「ええと、ぼくは――」


言葉がすぐ浮かばないとき、いったんこのフレーズで時間稼ぎするの止めたい。ほら、ファランさまが今にも話すかな、って待ってる。どうしよう!


気を遣ってるかといえば、前世の記憶を思い出してからは、まぁある程度はそう。好感度第一。でもそれは半月程度のことで、その前のことはわからないから、なんとも答えられない。


「ぼく、あんまりよくわからなくて……ごめんなさい」

ちゃんと答えられなくて、ぼくの眉も多分ぎゅっと下がった。

「よい。また難しいことを聞いてしまったな」


でも、ファランさまはまたちょっと口元で笑って、ぼくの手をそーって放して、それから頭をよしよししてくれた。


う……。


ダメだ。ファランさまにこんなふうによしよしされると、簡単にふにゃってなる。今世のぼく、人にやさしくされることに慣れてない。


「サファ、向こうに薔薇園がある。そこまで歩きながら話そうか」

「わあああ! はい!」


ファランさまが指した方向には、ピンクと白と赤と……たくさんの咲きかけの薔薇がぎゅっとなった花壇があった。


「すごぉぉぉい。たくさんですねえ」

「ああ。薔薇園は王宮内にもいくつかあるが、ここの薔薇はもうすぐ見ごろだな」

「ふぁあああ……ここのばらもたくさんなのに、他にもあるんですね!」

「ああ。場所ごとに違う薔薇を植えていて、咲く時期が全部違うのだ」

「わあああ。すごい!」

これだけの規模の薔薇園をいくつも管理するなんて、とんでもない財力と労力だ。さすが大国の王家は違う。

「まだ咲きかけだが、それもいいな」

「はい! まだしばらく咲いててくれそうですねー」

「ああ。満開の頃にまたこよう」

「はい! それにしても……」

目の前には、とてつもない数の薔薇が、もうすぐ咲きますよっ!という感じで、きれいに植えられている。


「こんなにたくさんなのに、他にもいくつもばらえんがあるなんて、お庭のお手入れの人はすごいですねえ」

「――やはり」

ファランさまは、急に薔薇を見渡すのを止めて、こっちを見た。


んー? なぁにぃ?


「そなたはいつも、目の前のことだけでなく、周囲や背景のことにも目を向けるのだな」

「ふぇ……?」


なんか、難しいこと言われた気がして、5才の脳がちょっと機能停止したがってる。


「贈り物をされて嬉しい。だけでなく、相手のことを思って感謝の手紙を送ったり、直接礼を言いに出向いたりする」


……? ファランさまのうさたんとか、王様のお菓子のことかなぁ?


はっ……!

お菓子職人の皆さんにはお礼したけど、ぬいぐるみ職人の人にはお礼してないっ!

職人さん情報を知らないとは言え、なんて中途半端なぼく。

ううっ……全方位好感度アップ作戦も片手落ち。しょせん前世15才、今世5才どちらも凡才の頭。


「ただすごいとか美しいとかおいしい、と思うだけでなく、それを手掛けた者の苦労や努力を思いやる」


いやぁだって、あんなすごいお菓子とか、こんなおおきなお庭とか、本当に大変だろうし、気になっちゃうよね。


「まるで、思慮深い大人のようだ」

えー。そんなぁ……前世出ちゃってますかねえ? えへへ。

……ま、言っても15才終了の人生なんだけどぉ。


「なのに――」

「……!」


なのに! なのになんですか! なんかぼく、ダメなことありましたか!? なんでしょう?


「自分のこととなると、まるで――」

……? そこでファランさまは、なにか言葉をごくんと飲み込んだように見えた。


「そなたは――ほんとうに小さな子どもそのものだ」

「……?」

まぁ、今現在でいうとまだ5才なので、小さな子どもかなぁと……。


「それも、まるでずっと、なにかをおそーー」

「……?」

「いや。だが……」

ファランさま? どぉぉしたんだろ……。

今日は途中までで、言うのやめちゃうの多いかもぉ。気になるぅ……どうかしたのかな?


「そなたはいつも……なにかにつけ、自分がなにかしたのでは、と考えているようだ」

「え……?」

そう……でしたっけ?

なんかあんまり意識してなかったけどぉ……。


「いつでもなんでも先回りして、なにも悪いことがなくても、そんな気配を少しでも感じると、自分が悪いことをしたのか、と不安そうにしている」

「あ……」

……! そうか。なんか自分が悪いことしてたら、はやく直さないとってあせっちゃうんだ。そのままにしておいたら処刑へ近づきそうで。


そのためにはほら、原因をはやく突き止めないと!

原作通りだと、ぼくはワガママが原因で本の少しだけの味方もいなくなって、結局無実の罪で裁かれるわけだからね。


「サファ……もし話しにくかったら、無理に言わなくてもいいのだが、その――」

「……? はい」


え、言いにくいことですか? なんでしょう! ぼくが嫌われるようなことでなければ、ぜんぜん答えますけど!


「さきほど言っていたな?」

あ! ファランさま!

そんな、しゃがんだりしなくていいですからぁ! お洋服、汚れちゃいますっ!

「……」

でも、話の腰を折るのはNGだ。ここは大人しく聞こう。


「ここに来てからのことを、あまり覚えていないと」

「あ……はい」


なんかねぇ、前世の記憶が戻った影響なのか、今世の記憶は全体的にぼやぼや~っとしてるんだよねぇ。なかでも、ここに来て人質生活始まってからの記憶は、だいぶ薄い。

さいわい侍女さんたちのお世話が手厚いから、生活に支障は出てないけども。これが使用人とかだったら、その日に役立たず認定されて激怒解雇されてるやつ。あぶなかった。


そう考えると、小国のいらない子でも、人質でも、一応お客さん扱いの王子って身分でまだよかった。ラッキーともいえる。


……いや、それはさすがにうそ。全然うそ。なんせ、このままだと10年の命だし。


「そうか……よほど辛い思いを……」

「……!」


はっ! そっか、ぼく人質だもんね? 子どもだしね?

記憶がなくて~って、正直かつのんきに答えてたけど、そんなに辛いことが!ってなるか。ファランさま、超やさしいし。そっか、そうなるのかぁ……。


「すまなかったな。今まで……」


ファランさまは、まるで自分が悪いことをしたみたいに、しょん、と肩を落としていった。


そんな……そんなこと。ファランさまはなーんにも悪くないのに。悪くないどころか、こんなにぼくにやさしくしてくれて、それで心配までしてくれて……。


「そんな、ぼく……」

ぼく、こんなに誰かにやさしく心配されたことなんか……あったっけ? 自分の国でも割とどうでもいい子で、いたっけ?みたいな感じだったのに。


ぼく、ここには人質できたのに、ファランさまはなんの責任も義務もないのに。それなのにこんなに、こんなにぼくのこと――


「ふ……」


なのに、そんなにぼくのこと気にかけてくれるなんて。しかもこの国の王太子であるファランさまが。


「……サファ?」

「ふぇぇ……」


なんか、胸がじぃぃんとして、ちょっと泣きそう。


「……! すまない! 辛いことを思い出させたな」

「ふぇぁ……」


あああ、違うんです!

ちょっと目の水分が多くなったのは、イヤなこと思い出したとかじゃなくて――


「ちが、あの、これはちがうんです! かなしくてじゃなくて、あの……う、うれしくて……」


あ、やだ。うれしくて泣きそうになったっていうのだいぶ恥ずい……。どうしよう。


「……?」


ファランさま……そんな顔で続きを待たないでぇ……。


「…………」

ま……待ってる。やっぱり、ちゃんと言わないとダメよねぇ。うんー。


「あの、ぼく、あの――」

「ああ、ゆっくりでいい」

「ファランさまが、その――」

「私が?」

「ぼくのこと、しんぱい、してくださるので……その、うれしくて……」

「心配……それはそうだろう。そなたは、まだこんなに幼いのにひとりで見知らぬ国に来て」

「……でも、まさか、ファランさまが心配してくださるとは思わなくて」

「なぜだ?」

「だって……だって……。自分の国でも、ぼくのことそんなに気にしてくれる人いなかったですし――」

説明下手すぎて、ボソボソしゃべるだけになっちゃうぅ。

「な――」

そしたらなんか、息を呑んだみたいな?声になってない声みたいな?そんなのが聞こえてきた。


「……?」

見上げると、ファランさまはさっきまでよりもっと、ぎゅーと眉を寄せてぼくを見ていた。なにぃ、なんでそんな顔ぉ? 雨の日にボロボロの捨て猫を見つけたみたいな。


「母国でも、そんな扱いを……」

「あ、あの……」

大丈夫ですよ、慣れてますし。と言おうとして、なんかそれはちがうかも、とひとまず口を閉じる。ぼくなんか、さっきから話すのが下手なせいで余計な心配をさせているような気がするし。


「そうか……いやいい、無理に話さずとも」


あ、あれ? 今度は、途中で言うの止めたせいで、話しにくくて……みたいな感じになった?


「それで……なにか、ここに来て困ることがあったか?」

「いえ、あ――だいじょうぶ……と思います。みんな、やさしくしてくれます」

なんかフワッとした答えになっちゃうぅ……。

ファランさま、せっかく気にかけてくれて聞いてくれてるのにぃ、ごめんなさいだよねぇ。あんまり覚えてなくて、ちゃんと言えない。どぉぉしよぉぉ、困った。


「そうか……」

ファランさまは、うむ――って慎重な感じでゆっくりうなずいて、そのまま考え中の顔になった。

なに考えてるんだろー?

今日もあんまりうまくいかなかったけど、ぼく大丈夫かなぁ?


「サファ――」

「ふぁい」

あ、こえ裏返った。


「ひとつ、約束してほしい」

「はい!」

なんでしょう! 命を差し出せ、とか以外ならだいたいなんでもおっけーです!


「なにか心配になったり、困ったことがあったらすぐに私に、教えてくれ」

「……は、はい」

え、そんなことを? それは……約束っていうより、ぼくがひとりで困らないようにっていう気遣いですよね?


「決して1人で悩まないこと。いいな?」

「わかりました!」

やっぱり。ほんとうに、この王太子様という人は――


「ありがとうございます。でん……ええと、ファランさま」

「うむ」


満足、なお顔でニッコリしたファランさまが手を差し出す。

「では、もう少し歩こうか」

「はい!」

ぼくはふわふわした気持ちで手を引かれ、きらきらな薔薇園のなかを進んだ。



【今日のメモ】

・王太子殿下のことは「ファランさま」と名前で呼ぶ

・心配になったり、困ったことがあったらすぐにファランさまに知らせる

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