第4話「兄上、差し入れに行きました」

 拝啓 兄上


 先日、精霊たちと一緒に採取に行ったら薬草を採りすぎました。加工しても加工しても終わりません。

 冒険者にあまり瀉下薬しゃげやくは売れないのに、うっかりリシヌスの葉を集めすぎました。皮膚薬にも加工したけれど、それでも余ってしまいました。

 そんな時は姉弟子のミレア姉さんにお裾分けに行きます。ミレア姉さんの任された薬店は一般の街人がよく来るので、きっとそちらの方がよく売れると思います。



*──*──*──*──*


「余った……」

 山盛りの薬草を前にして俺は途方にくれる。

「でも昨日あいつらに全部使うって言ったから、冒険者ギルドへ納品には行きにくいし……」

「プニァ゙ァ゙ァ゙ー」

 先程まで薬草の加工を手伝ってくれた風の精霊が俺を小馬鹿にするかのように笑っている。


「うん。ミレア姉さんのとこにお裾分けしよ!」

 精霊たちが近くにいるとどうも最近は1人でも喋る癖がついてきた。決して一人暮らしがさみしいからとかではない。ちゃんと俺は精霊に話しかけている。

 

「さっき笑ったそこの風属性のお前。お前は留守番な。あーあ、ミレア姉さんの料理マジでおいしいのに残念でしたぁー」

 指差してケラケラ笑って言うと風の精霊は慌てている。

「ビャ?!ロィ゙エビバルァ゙!!」

「精霊言語は分かりませーん」

 たぶん。「え?!置いて行かないで!!」あたりだろうとは予想がつく。

 大体びっくりした時に「ビャ」って言ってるし。

 

「はい、コレ。この薬草をたんまり詰めた袋。軽量化するなら連れて行ってやるよ」

 そう告げると風の精霊は淡く光を浮かべ魔法をかけ始めた。どれどれと持ち上げると想像よりはるかに軽い。

「お、やるじゃん。こんだけ軽くなるならこれもついでに入れとくか」

 そう言って鹿の角……エラフォルンも追加で持って行くことにした。最近、狩ったばかりだしちょうどいい。

「ビャ?!」って言った風の精霊の声は聞こえなかったことにした。


 ゴルディと風の精霊とともにミレア姉さんの薬店に行く。ミレア姉さんは俺の姉弟子だ。俺より1年早く師匠の元で薬師見習いをしていた。



◇──◇──◇──◇──◇


 貴族名鑑を見て、すげぇ美人と覚えていた「フォリン子爵家のミレア嬢じゃん!」ということは会ってすぐに分かった。

 分かったけれど、貴族令嬢にしても細い肩、どうしても影がとれない疲れた瞳を見て訳アリだと察しはついた。フォリン家の令嬢はたしか貴族学院卒業後、すぐにどこぞの伯爵家に嫁いだはずだし。それがこうして師匠のもとで薬師見習いをしているということは確実に何かがあったんだろう。


 15歳からは平民になることを見据えて冒険者活動ばかりしていたからなぁ……。それ以降の貴族情報はあまり詳しくないんだよな。


「コラ、小僧!ミレアに見惚れてどうする。挨拶をせんか、挨拶を!!」

 師匠に怒鳴られてハッとする。

「失礼しました。ヴァルディリア子爵領から参りました。リシアン・フェルネスと申します。以後、よろしくお願いいたします」

「小僧!何で俺に対してより丁寧な挨拶をしているんだ?」

「あんた、自分の見た目を自覚してねぇのかよ?!熊と可憐な淑女だったらそりゃあ同じ扱いにはできねぇよ!」


 身長2メートル近い大男の、丸太のような腕から繰り出される拳骨ゲンコツは痛かった。確実に頭蓋骨にヒビでも入ったんじゃないかと心配になるほど痛かった。その様子をミレア姉さんは大きな目を見開いて、それから思わずといった風に微笑まれましたね。

 

「可憐な淑女だなんて……ありがとうございます、フェルネス様。私はミレア・フォリンと申します。こちらこそよろしくお願いしますね」

「ミレア、お前も固い!姉弟子になるんだ。小僧に様付けなどせんでいい」

 師匠のすごいところは、この誰に対しても態度がブレないところだと思う。

 

「そうっすね。もっと気軽にリシアンと呼んでください、ミレア姉さん!」

「お前はもうちょっと遠慮しろ!気安すぎるぞ、小僧」

 もう一度師匠が腕を上げたところでミレア姉さんが止めてくれた。

「待ってください、先生。リシアン……弟弟子になるけれど、本当に弟ができたみたいでうれしいわ。そのままミレア姉さんと呼んでくださる?」

「もちろんです、ミレア姉さん」

 こうして辺境の街で3人の生活が始まったんだよな。


 そうしてミレア姉さんとともに師匠の元で学んで3年。晴れて俺も見習いが取れて「薬師」になった。このタイミングで師匠が新たな素材を求めて旅に出るって言い始めた。

 師匠の事は誰も止められない。物理的にはまず無理だし、言い出したら聞かないんだよな。

 

 2人で師匠の店を引き継ぐことになった。ただ、ミレア姉さんを始め粗暴な者が多い冒険者の対応に苦慮する薬師は多かった。

 師匠と俺は冒険者登録をして活動しているため対応に困ることはなかったんだけど、師匠という抑止力がいなくなると他の薬師にとってはまずい事になる。

 

 そこで森の麓にもう一店舗、冒険者と猟師向けの薬店を新たに開くことにした。ちょうど空き宿が一軒あったので、そこを改修することにした。

 改修が終わったら俺が薬師として店を持つことになった。ミレア姉さんはそのまま街の薬店を引き継ぐ。この話がまとまったところで師匠は旅立って行った。


 改修が終わるまでの半年、2人で街の薬店を切り盛りして師匠がいない生活にも慣れた。春を目前としたタイミングで、完成した新しい森の麓の薬店に俺は引っ越した。



◇──◇──◇──◇──◇

 

 俺が引っ越した後もミレア姉さんとの関係性は変わらない。今日のように薬草の差し入れに行ったり、ご飯をご馳走になりに行ったりしている。

 本当の姉弟みたいな関係だ。


「ミレア姉さーん、見て!めっちゃ採れたからお裾分けー」

 間もなく昼時になるこの時間はお客さんも少ない。ミレア姉さんしかいない今の薬店はあちこちにドライフラワーが飾られて、少し雰囲気が変わった。やさしい香りのする店で心地いい。

 

「リシアン!来る時は連絡してちょうだいっていつも言っているでしょう?あといきなりそんな勢いで入って来ないの、お客さんがいたらびっくりさせてしまうわ」

 早速怒られた。

「ごめんなさい。でもこれさぁ、すごくね?あと俺、最近精霊と話せるようになったんだよ!それで精霊に手伝ってもらったらめっちゃ採取が捗ってさぁ」

 袋いっぱいの薬草とオマケのエラフォルンを差し出してドヤる俺。

 

「……リシアン、ちょっとそこの椅子に掛けて」

 熱を計ったり、耳の中を見たりとなぜか一通りの診察をされる俺。


「……見える範囲では異常はなさそうね。リシアン、前来た時と比べて耳の調子はどう?他のことでもいいわ、いつもと違うことはない?」

「えーと……左耳から精霊が喋ってる声が聞こえるから今ちょっとずつやつらの言葉を覚えてるくらい?あ、発音がめっちゃ難しいわ」

「……もう少し詳しく調べたいわね。午後から時間はある?」

 ミレア姉さんが薬師モードに入ってしまった。


「ミレア姉さん待って!俺元気だからね?そりゃあ耳の調子はもどってないけど。でも、マジで精霊たちの言葉分かるんだって!そこの風の精霊、ちょっと助けて」

 風の精霊が俺の隣にやって来てくるくる飛び回っている。「そうだよー、分かってるよー」と知らせるようにアピールし始めた。よし、デザートもあげよう。

 

「……リシアン、精霊は話さないわ。精霊と言語による意思の疎通は不可能っていうのが常識なんだけど。でも、先生もリシアンも何をするか分からないからすごく否定しづらいわ……」

 風の精霊は俺の隣でうんうんと頷いている。

 

「とりあえず、おかしいなと思ったら一人で抱え込まずにここに来るのよ?あとこの薬草……エラフォルンもあるの?!ちょっと、何で返せばいいのかしら……?」

「それはこないだ鹿を狩ってきたからオマケ。昼ご飯はミレア姉さんが作った料理がいい!あとデザートも食べたいなー」


 そう頼むとミレア姉さんは仕方ないなって顔をしながら台所へ向かって行った。そして振り向くと

「リシアンが鹿を狩るほど元気なのは分かったけれど、食後は一応これを飲むのよ」

 そう言って一本の瓶を渡してきた。揺らしてみると液体の薬。そしてこの独特の臭い。……俺が前に煎じた、あのめっちゃ苦くてマズい難聴の治療薬じゃん?!

 

「え、これはちょっと……」

「デザートはお薬を飲んでからよ、リシアン」

 そう言って美しく笑うミレア姉さんには、やっぱり敵わない。






☆――☆用語解説☆――☆

(不要な方は読み飛ばしてください)


【瀉下薬】

分かりやすくいえば「便秘薬」

冒険者には長期遠征とかにいく者くらいにしか売れない。一般住民の多い街にある薬店ではそれなりの需要はある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る