恋人『役』の刺繍令嬢ですが、気づけば王子の最愛になっていました
星名柚花
01:養父母に売られました
顔も知らない実父が貴族だったと知ったのは、私が十二歳のときだ。
孤児院出身の私は王都で仕立て屋を営む夫婦に引き取られ、幼少から店の手伝いをしていた。
大人に混じって大量の布を洗い、干し、切り、裁縫の練習をする。
努力が認められ、七歳で自分用の小さな刺繍枠と刺繍針を貰えたときは本当に嬉しかった。
――立派な針子になり、両親の役に立とう!
私は張り切って針仕事に打ち込んだ。
事件は五年後に起きた。
リース男爵家の当主だと名乗る貴婦人が私に会いに来たのだ。
「私はダフネ・リース。ユミナの父親であるバルク・リースの妻です。バルクは三か月前に亡くなりました」
亜麻色の髪を結い上げ、緑色のドレスとほのかな香をまとった美女は無表情で淡々と言った。
実父は男爵家のメイドと関係を持ち、私を孕んだ母に手切れ金を渡して家から放り出したらしい。
実父の死後、家令から隠し子の存在を知らされたダフネ様はずっと私を探し続けていたそうだ。
「私はユミナを引き取り、娘として養育したいと思っています」
ダフネ様は銀縁眼鏡を指で押し上げ、私をレンズ越しに見つめた。
……いやいや、ちょっと待って。
冷や汗が頬を伝い落ちた。
私の実母は愛人で、ダフネ様は本妻。
そんなの絶対、いじめられるに決まってるじゃん!!
継子いじめって、物語では定番でしょ!?
この前読んだ本だってそう!
主人公の女の子は、意地悪な継母と姉にいじめられてたもん!!
最終的には王子様に見そめられてお姫様になってたけど、現実にそんなうまい話があるもんか!!
お願い、私を見捨てないで!!
私は救いを求めて養父母を見た。
「突然そんなことを言われましても……」
「養子とはいえ、ユミナは私たちの大切な娘ですし……」
渋る養父母に、ダフネ様は金貨が詰まった袋を渡した。
たちまち養父母は輝かんばかりの笑顔を浮かべ、ユミナをよろしくお願いしますと口を揃えた。
『大切な娘』を金で売るな、裏切り者おおぉーーーー!!
王都からリース男爵邸までは四日かかるそうだ。
ガタゴト揺れる馬車の中。
私は屠殺場に向かう家畜の気分を味わっていた。
相変わらず無表情のダフネ様が怖くてビクビクしていると、ダフネ様は静かに言った。
「私にはベロニカという、あなたと同い年の娘がいます」
――私と同い年ってことは、よりにもよって妻の妊娠中に愛人を孕ませたのか、お父さん……。
激しい眩暈がして、私は頭を抱えた。
実父はお忍びで夜の通りを歩いていた際、女に刺されて死んだそうだ。
どうやら私の実父は領地経営よりも女遊びに精を出す、最低な男だったらしい。
ダフネ様は実父の生前から実父に代わって領地を切り盛りしていた。
その手腕は誰もが認めるところだったため、ダフネ様が女男爵として叙任されたときも大きな問題はなかったそうだ。ダルモニアでは女性の継承権が認められており、女性が当主を務めることも珍しくはない。
そんな話を聞いた後、ようやく男爵邸に着いた。
覚悟を決めて馬車から下りた私を出迎えてくれたのは、たくさんの使用人たちと、可憐な天使。
ふわふわと波打つ亜麻色の髪。アメジストの瞳。
薔薇色の小さな唇に、抜けるような白い肌。
ベロニカ様は、とんでもない美少女だった。
――え、流れている血の半分でこんなに違うの?
と、困惑してしまうほどに。
「あなたがユミナね。ようこそ、歓迎するわ」
私の手を取ってニッコリ笑う天使――もとい、ベロニカ様。
「お母様から聞いたかしら? 私たち、同い年なんですって。でも生まれたのは私のほうが一か月早いから、私がお姉さんになるわね。こんなに可愛い妹ができるなんて嬉しいわ。仲良くしましょうね」
……口ではそう言いつつ、いじめる気満々なのでは?
私の心は疑惑と警戒でいっぱいだったけれど、ベロニカ様は根っからの善人だった。
嬉しそうに私の手を引き、日当たりの良い部屋に案内して「ここが今日からあなたの部屋よ」と屈託なく笑った。
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