第19話 悔しかったから、努力したんだよ。
ズラリと並ぶラーメンの器に、ロゼッタが息を呑んだ。この街でも指折りの大富豪の娘であっても、100を優に超える陶器の山にはそうなってしまうのだろう。
ロゼッタに良いようにやりこめられてから半年が過ぎ、この世界の物価についてもなんとなく調べがついてきた。もしこのラーメン器をこの世界で買おうとすれば、良くて銀貨数十枚。高くなれば金貨になってもおかしくはない。
ロゼッタが青空市場で売りさばいた銀貨20枚という値段でも、十分すぎるほどに安かったのだ。アレは、あの当時このラーメン器がどれくらいの期間存在できるのか不確かだったためにロゼッタも値段を抑えていたのだろう。下手に高額にすると、その金額を払える相手と揉める可能性がある。それをロゼッタは嫌ったのだ。
だが、あれからすでに半年以上の時間が過ぎた。俺と妹が毎日食べ続けて居るラーメン器はどんどん溜まっていき、100を超える数になっている。念のために最初期に出したラーメン器の一つを普段使いの食器にして、いつ消えても分かるようにしていたのだが春の始め頃に出したラーメン器は、冬になった今も特に問題なく存在し続けて居る。
もちろんここから先、どこかで俺が出したラーメン器が消える可能性はまだ残っている。だが、半年以上も存在し続けているのならそのままの可能性の方が高くなっていると俺は判断した。高確率で俺が出すラーメン器は、消えずに残り続ける。
つまり、俺の夢想具現の価値は、跳ね上がった。
俺一人では抱えきれないほどに。
「ここの孤児院は10歳で働きに出る事になるんだっけ」
「ああ。どこぞの丁稚になったり徒弟になったり様々だけど、10歳の誕生日までには大体みんな孤児院を出ることになる」
「なら、今のままだとアンタが自由で居られるのはそこまでね」
「……俺もそう思う」
「レンツェル神父の庇護下から離れた瞬間、うちも含めた5大商家は全部アンタの身柄を狙うし、もしもそれまでに噂が広まってたら都市連合の他の都市や帝国からも狙われるでしょうね。本物の金のなる木だもの」
俺がなんとなくそうなるだろうな、と思っていたことをより具体的にロゼッタは口にする。そうか、この都市の中だけじゃなくて他からも狙われるのか。外の事については碌に知らないから、意識していなかったな。最悪の場合は妹を連れてサニムから逃げようと思ってたんだが、むしろそっちの方が危ないかもしれないのか。
なんとなく、こうなる事は予期していた。レンツェル神父がそこらの商家ではなくイールィス家に俺を連れて行った段階で、俺が出すラーメン器はそのくらいの家が扱う格の品物なんだと思っていたからだ。それを際限なく出すことが出来るように見える俺は、ロゼッタの言う通り金のなる木に見えるのだろう。傍から見ると。
レンツェル神父には最初から分かってたんだろうな。俺が体を鍛えたいと言ったとき、レンツェル神父は戦い方ではなくまず森を歩く事を勧めてくれた。あれは下手に戦う方法じゃなく、逃げるための足腰を鍛えてくれようとしたんじゃないだろうか。あの時は俺のステータスの異常な伸びも分からなかった時期だったから、レンツェル神父の視点では逃げる手段を与える事こそが唯一の選択肢だったのだ。
信力もどこまで伸びるか分からなかったし、もし10歳になった時、あの当時のステータスから順当に成長した程度のステータスだったなら俺には逃げるかもしくは、どこぞの商家か貴族様の家で閉じ込められて一生をラーメン器の生成に費やす事になっていた筈だ。
「ロゼッタ。このラーメン器はイールィス家で商って貰いたい。取り分は俺が3でそっちが7で良い」
「それじゃうちが取りすぎになるけど、代わりに欲しいのは安全? それならうちが9でアンタが1よ」
「それは流石にぼり過ぎだろ。原材料費一切かからずに定期的にこれが売り物になるんだぜ?」
「……付き合いがあるから甘く接してあげてるけどね。アンタみたいな後ろ盾のない人間にこれは裁けないわよ。うちが8でそっちが2」
「後ろ盾はあるよ。10歳までレンツェル神父とマリア教が。ああ、どうせ奴隷みたいな扱いになるかもしれないならそのままマリア教の神官見習いになろうかな? もし俺が神官見習いになったらこの力はもちろんマリア教の為だけに使う事になるだろうなぁ。当然の事だけど」
「ちっ。分かった。うちが後ろ盾になるし、取り分もそっちの言い分で良いわ。ただし、卸すのはうちだけ。それを契約で約しなさい」
「商談成立だね」
だが、今は違う。この半年と少しの間、毎日鍛錬を繰り返したお陰で俺の現在のステータスはそこらのガキなんか眼じゃなく、それこそもう少しで平均的な大人くらいにまで成長した。あの日、まるで歯が立たなかったロゼッタ相手に互角の商談をまとめる事が出来るようになった。まだ齢5つの俺が、この短期間でここまで成長したのだ。
今の俺は、夢想具現以外の価値もある。それを売り込み出来る段階に来ている。
ロゼッタ・イールィス
生力9 (9.1)
信力12 (12.4)
知力19 (19.2)
腕力4 (4.0)
速さ8 (8.2)
器用10 (10.9)
魅力20 (20.8)
幸運1 (1.0)
体力10 (10.9)
「え、嘘」
互いのステータスを出したまま、握手を交わす。この世界において契約を結ぶときによく行われるこの風習は、相手に自身のステータスを提示する事によって嘘偽りなくこの契約を遵守する事を誓う行為だ。この方法で交換したステータスは互いの脳裏に浮かび、誤魔化すことも出来ない。このステータスを見ると春に比べて、ロゼッタもかなり成長しているのが良く分かる。特に元々高かった知力と魅力は、もう一般的な大人と同じ領域に入ってきている。その二つは、今なおまだ追い抜けていないものだ。
けれど、他は全て追い抜いた。
俺の一切誇張の入っていない現在のステータスを、ロゼッタは今、見ている。春の初め頃の俺のステータスはありとあらゆる面で彼女よりも下だった。どの能力値も数倍は彼女の方が高かった。
「……アンタ、いえ。ステータスは誤魔化せない。それは間違いない。でも、これ。こんなの。こんな伸び方、知らない」
目を見開いたロゼッタに、ちょっとした優越感と、それ以上の達成感を覚えながら、俺は自分の右手を見る。ステータスが表示された右手は、春先に彼女と握手をした時よりも随分と硬く、分厚くなっている。
悔しかった。2,3しか年齢が違わない彼女に、何もできずにやり込められた。けど、それはしょうがない事だった。彼女と当時の俺とでは、土台がそもそも違ったのだ。前世という下駄を履いても、今生の俺より当時のロゼッタの方が上だっただけだ。
あの時ロゼッタに言われた言葉は、今も一言一句頭に刻み込んでいる。悔しいなら、努力しなきゃいけないのだ。だからがむしゃらに頑張って。春が過ぎ、夏が来て、秋になり、そして冬。
「悔しかったから、努力したんだよ。まだまだ、未熟だけどね」
この世界に来て初めて勝ちたいと思った君の驚く顔を見てようやく。ようやく今、俺は君と同じ目線に立つことが出来た気がするよ。
「ところでロゼッタ。一つ頼みがあるんだけどキャーンって言ってくれない?」
「え? 今の話しの流れで急にどうしたのよ。普通にヤだけど」
それはそれとしてあん時煽られた件は今もムカついてるんで、いつか絶対にキャーン言わせたるからな(私怨)
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山城黄河さん、@paradisaeaさん、すくすくさん、@Nissanさん、@Debu-Debuさんコメントありがとうございます。
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タロゥ(5歳・普人種男)
生力17 (17.6)
信力48 (48.5)
知力14 (14.5)
腕力15 (15.8)
速さ19 (19.2)
器用16 (16.7)
魅力12 (12.6)
幸運9 (9.5)
体力20 (0.0)
技能
市民 レベル2 (31/100)
商人 レベル1 (70/100)
狩人 レベル2 (37/100)
調理師 レベル2(52/100)
地図士 レベル1(20/100)
薬師 レベル0(58/100)
我流剣士 レベル0(22/100)
スキル
夢想具現 レベル1 (100/100)
直感 レベル1 (11/100)
剣術 レベル1 (10/100)
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