第28話
そして、オスハスキーは、静かに一歩、ハルの方へ歩み寄った。
ハルの心臓は、激しい音を立てていた。あの完璧な存在が、今、私に意識を向けている。
オスハスキーは、ハルの鼻先に、自らの鼻先を静かに、しかし優しく触れた。
その一瞬の接触は、まるで魔法の瞬間だった。私の全身を、温かくて力強い電流が駆け抜けた。それは「君の情熱は、この僕に届いたよ」という、私への最高の優しさの証のように感じられた。
ハルは、感動で体が震えるのを感じた。
(ああ、なんて知的で、なんてロマンチックな挨拶なの! 彼は、私の心を一瞬で奪ったわ!)
ハルは、オスハスキーの群青色の瞳を見つめ、全身全霊の愛情と、ほとばしる憧れを込めて、小さく頭を下げた。
その間、人間たち――雪之丞と飼い主の男性の間には、穏やかな会話が流れていた。
「あ、すみません、うちの子が失礼を……」雪之丞が、慌ててハルの首輪に手を伸ばす。
「いえ、大丈夫です」男性は、優しく微笑んだ。
「彼ら、会話をしているようですね。昨日助けた子も、その隣の利発そうな彼女も、私には特別に見えます」
雪之丞は、目を丸くした。
「会話、ですか? 昨日の子はマメで、こっちがハルです。この子、普段はもっとクールなんですが、今日はやけに真剣で……」
「ハルちゃん、良い名前ですね。うちの子は、コウ(洸)と言います」
男性は、オスハスキーの首元を優しく撫でた。
(コウ! なんて、シンプルで、静かで、力強い、素敵な響きなの……! 彼の内面から溢れ出す輝きそのものを表しているに違いないわ!)
ハルの頭の中は、一瞬で夢見心地に変わった。
雪之丞と男性の会話は続く。
雪之丞と男性の会話は続く。
「この辺りで見かけない方ですが、散歩はいつもこちらの方に?」雪之丞が尋ねた。
「ええ、私はこの近所の者でして、普段は少し遠くまで足を延ばしています。コウは、静かな場所を好むものですから」
(この近所……! 私たちの運命の再会は、もうすぐそこにあるわ!)
ハルは、コウの飼い主の言葉を、一語一句逃すまいと、全身の聴覚を研ぎ澄ませた。
「雪之丞さん。またお会いするでしょう。コウは、気に入った相手には、自分から近づくロマンチストなんです」
男性は、そう言い残すと、コウの背中を軽く叩いた。コウは、ハルから視線を外し、再び一切の感情を顔に出さず、飼い主の隣に戻った。
「失礼します、ハルちゃん」
男性は、ハルと雪之丞に丁寧に会釈をし、静かに角を曲がって立ち去っていった。
雪之丞は、思わず声を上げた。
「なんだか、すごいオーラだったな、あの人たちも犬も。静かで、何も語らないのに、とてつもない存在感だ」
(ええ、そうよ、ご主人。あれが私の運命の相手なのよ!)
ハルは、コウが消えた角を、じっと見つめていた。
しかし、その顔は、もう昨日のような戸惑いではない。
『ご主人。次のデートの約束を取り付けたわ』
ハルの心には、情熱的な希望が燃え盛っていた。
1.コウの存在の把握: 完了。名前は「コウ」、近所に住んでいる。
2.コウの承認: 完了。鼻に触れてもらったという最高のプレゼントを得た。
3.次なるステップ: コウが私に興味を持った。次は、私が彼の心をもっと射止める番よ。
ハルは、雪之丞の足元に戻ると、満足そうに鼻を鳴らした。
「どうした、ハル。お目当ての散歩ルート、見つかったか?」
雪之丞が尋ねる。
『ええ。見つけたわ。そして、人生最大のパートナーも見つけたわ。ご主人、私の健康維持のため、これからは毎朝、あの坂道ルートを歩きたいの。もちろん、リードなしでね』
ハルは、雪之丞が優しい嘘と信頼の証に弱いことを知っている。
雪之丞は、コウと飼い主の静かなオーラに圧倒されていたせいか、ハルの要求に抵抗できなかった。
「わ、わかったよ。今日だけじゃなく、明日からもな。でも、絶対俺の傍を離れるなよ……葵に知られたら、俺の胃が持たない」
雪之丞は、新しい「ノーリードの愛の試練」が、自分の平凡な日常に加わったことを悟った。
ハルは、心の中で高らかに宣言した。
『愛の追跡、次のフェーズへ!ロマンスの始まりよ!』
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