06 それは何かの呪文ですか?


 エリックは救国の英雄、という立場になるのだと思う。

 世界の半分を牛耳っていたらしい魔王を打倒し、平和をもたらしたのだから、そういう扱いになるのでしょう。一応、魔王は世界の脅威と言われる存在だったわけだし。


 まぁ、何が言いたいのかといいますと。国への報告や後始末で忙しいはずなのに、頻繁に会いに来てくれる程度にはエリックに気を遣われているなぁと思うのよ。

 エリックからすると、信託を受けたとはいえ、一年間離れていた埋め合わせのつもりなのかもしれない。そんなに気にしなくてもいいのに。

 確かに心配はあったわよ? でもこれは私の危機感が薄いのも相まって、魔王とか魔物などの脅威がどれ程のものかもわからず、その内元気に帰ってきてくれるでしょう、とばかり。


 以前にも増して高頻度で会いに来るエリックと庭園を散歩しながら話す。

 二ヶ月後、エリックや彼の仲間たちの功績をたたえるための式典があるらしい。今日来たのはその式典に婚約者として同行してほしいというお伺い。

 そういう式典は、今まで何度も同行していたので問題は無い。にもかかわらず、了承した瞬間、どうして嬉しそうな顔をするのかしら。


「受けてくれてありがとう。また、ドレスやアクセサリーの手配で忙しくさせてしまうがよろしく頼むよ」


 忙しいのはあなたの方でしょうに。決して短くはない旅から帰って、まだ半月ほどしか経っていない。もう少しゆっくり体と心を休めるべきでしょうに、なんだかエリックのやることばかりが増えている気がする。

 式典が楽しみだと語るエリックに、曖昧に笑いかけた。


「共に旅をした仲間のことも紹介したいんだが、皆忙しいようでね。ああ、心配しなくていいよ。皆気さくでいい人ばかりだから」

「楽しみにしていますわ。でも皆様がお忙しいなら、エリックもそうなのではなくて? あまりムリをして、私を訪ねなくてもいいんですよ?」

「え? いや、その。確かに意識して時間を作ってはいるが……迷惑、だったかな?」

「そういうわけではありませんが……。大変でしょう?」


 世界を救って、はい終わり。というわけにもいかないのも理解はできるのよ?

 私に見えない様にしてくれているだけで、きっと隠れたところで色々と後始末をしているに違いないわ。もしかしたらまともに休めていない可能性だってある。

 元々、大抵のことはそつなく熟せる人ではあるけれど、だからといってしっかり休まなくていい理由にはならない。

 顔を見せてくれるのは嬉しいけど、それが負担になってしまうのは良くないわよねぇ。


「なら、これからもこうして会いに来ることを許してほしい。少しでも、君との時間を持ちたいんだ」

「そう、なの?」

「うん。えぇと、もう少し、歩こうか」


 半歩、エリックが近付いて来る。これは、いったい、どういう状況なのかしら?

 なぜか自然に腰を抱かれ、寄り添うように歩き始める。何? 何が起こっているの? なんでこうなったの?

 腰に触れている熱にわけがわからずつい、俯いてしまう。以前は手を取ることはあっても腰を抱くなんて、ダンスの時くらいにしかなかった。何ならこの間のミルフィーユの苺だって、以前ならあんなことしなかったはず。


 私にとってエリックは幼馴染であり友人だったけど、もしかしたらエリックは自分とは違うように見ていたのかもしれない。

 少なくとも以前はこんなに距離が近くはなかった。


「そ、そう! 旅の途中、よく一緒にトレーニングをした仲間がいてね。最近ドラゴンフラッグという腹筋を教えて貰ったんだ。これがなかなかの高負荷で、改めて体幹の重要性を認識したよ」


 よもやエリックが自分に対して恋心を抱いているのではと考えるも、隣から聞こえてくるのは甘い睦言などではなく、まるで呪文のような何か。

 いつもなら言葉の意味すらわからず異国の言語みたいに聞こえてしまう言葉に、この時ばかりは感謝する。ありがとう、よくわからないトレーニングの用語。おかげでちょっと冷静になれたわ。

 色々変なことを考えかけたけど、全部私の勘違いね。きっとそうよ。幼馴染だし、普通に話す分には気を遣わなくて済むので、息抜きのついでに来てくれているんだわ。


 そう、そうよ。わたしたちは幼馴染なの。

 なのに、なんでかしらね。ちゃんと、顔を上げられないのは。


「あーいや、違う。今日はそういう話をしに来たんじゃなくて。その、マリー」

「はい」


 さすがにこのまま俯いているのも失礼すぎるし、少しだけ息を整えて顔を上げる。

 友人だった。仲の良い、友達。なのに、今、エリックが私に向けている感情がわからない。

 妙に動悸が激しい。見上げた先のエリックが、キラキラして見える。容姿は変わっても声や仕草は変わらないのに、どうして。こんなにも。


「たまには出かけないか? 二人で」


 柔らかい、耳に馴染んだ声が降って来る。真っ直ぐ、青い目が私を見つめている。

 見つめられているだけなのに、その視線から逃げられなくて。ただ、小さく頷いた。



****

マリーはパニックになると頭の中でぐるぐる考え込むタイプだが、エリックは照れるとよくしゃべるタイプ。

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