第7話 反撃の設計


 10月22日、朝。

 十度目のループ。

 詩織は鏡の前に立っていた。

 映っているのは、冷静な目をした女。

 もう迷いはない。

 詩織は理解した。

 この物語は、私を殺すように設計されている。

 誰が犯人でも、どんな方法でも──結果は同じ。

 ならば──

 詩織は微笑んだ。

 今度は、全員を巻き込む。

 全員を疑心暗鬼にさせる。

 そして──

 物語が壊れる瞬間を、見届ける。


 詩織は計画を練った。

 ノートに、詳細な戦略を書き込む。

ステップ1:柊と瑠奈を対立させる

ステップ2:神崎と梨花を対立させる

ステップ3:母を孤立させる

ステップ4:全員を一箇所に集める

ステップ5:互いを疑わせ、自滅させる

 詩織は完璧な筋書きを描いた。

 今度は、私が物語を書く。


 午後、詩織は柊に電話をした。

「柊くん、会いたいの。緊急の相談があるの」

 柊は驚いた様子だった。

「詩織?どうしたんだ」

「瑠奈のことなんだけど──彼女があなたを裏切ろうとしてるの」

「え?」

 詩織は囁いた。

「瑠奈が、あなたの秘密を父に話そうとしてる。会社の借金のこと」

 柊の声が強張った。

「本当か?」

「ええ。だから、気をつけて」

 電話を切る。

 次に、瑠奈に電話をした。

「瑠奈、大変なの。柊くんが──」

「何?詩織、どうしたの?」

「柊くんが、あなたのことを父に告げ口しようとしてるの。あなたが彼と付き合ってることを」

 瑠奈は息を呑んだ。

「そんな──」

「本当よ。私、偶然聞いちゃったの」

 詩織は優しく言った。

「気をつけて、瑠奈」


 次は、神崎と梨花。

 詩織は神崎を庭に呼び出した。

「神崎、あなたに警告したいことがあるの」

「何でしょうか、お嬢様」

 詩織は深刻な顔をした。

「梨花が、あなたを父に売ろうとしてるの。二人の計画を全部バラして、自分だけ助かろうとしてる」

 神崎の顔が強張った。

「それは──」

「私、梨花の日記を読んだの。そこには書いてあったわ。『神崎を犠牲にして、私だけが生き残る』って」

 詩織は神崎の手を取った。

「あなたは利用されてるのよ」


 夜、詩織は梨花の部屋を訪れた。

「梨花、大変なの」

「お姉ちゃん?どうしたの?」

 詩織は囁いた。

「神崎が、警察にあなたのことを通報しようとしてるの」

 梨花は青ざめた。

「何?」

「私、神崎の部屋を調べたの。そこには証拠が──あなたが氷室家を乗っ取ろうとしてる証拠が、全部揃ってた」

 梨花は震えた。

「そんな──」

 詩織は梨花を抱きしめた。

「大丈夫。私が守るから。でも──神崎には気をつけて」


 10月23日。

 詩織の計画は完璧に機能し始めた。

 朝食の席で、全員が互いを疑っている。

 柊は瑠奈を、瑠奈は柊を。

 神崎は梨花を、梨花は神崎を。

 誰も、誰も信じていない。

 詩織だけが、微笑んでいた。

 優しく、無垢な笑顔。

「みんな、どうしたの?雰囲気が変よ」

 誰も答えなかった。


 午後、詩織は母・雪乃に会った。

 応接室で、二人きり。

「お母様、家族がおかしいの」

 雪乃は不安そうに詩織を見た。

「おかしい?どういうこと?」

 詩織は涙を浮かべた。

「みんなが──みんなが私を殺そうとしてるの」

 雪乃は驚いた。

「何を言ってるの、詩織」

「本当なの!」

 詩織は泣き出した。

「柊くんも、瑠奈も、神崎も、梨花も──みんなが私を憎んでるの!」

 雪乃は詩織を抱きしめた。

「大丈夫よ、詩織。お母様が守るから」

 詩織は雪乃の胸で泣いた。

 だが、心の中では──

 冷たく笑っていた。


 10月24日。

 パーティの前日。

 屋敷の雰囲気は、異様だった。

 柊と瑠奈は口を利かない。

 神崎と梨花は互いを睨み合っている。

 母だけが、詩織を心配している。

 詩織は完璧な「被害者」を演じていた。

 怯えた顔。

 震える声。

 誰も彼女を疑わなかった。

 夜、詩織は一人、部屋で微笑んだ。

 完璧だ。

 全員が、互いを疑っている。

 明日のパーティで──

 何が起こるだろう。


 10月25日。

 誕生日。

 詩織は美しいドレスを着て、会場に降りた。

 拍手が起こる。

 だが、その拍手は──冷たかった。

 柊、瑠奈、神崎、梨花、母。

 全員が揃っている。

 だが、全員が互いを警戒している。

 乾杯の時間。

 詩織はシャンパンを手に取った。

 だが、飲まなかった。

 グラスをテーブルに置いた。

「ごめんなさい、今日は飲めないの」

 誰も気にしなかった。

 料理が運ばれてくる。

 詩織は一口も食べなかった。

「お腹が痛いの」

 時間が過ぎる。

 何も起こらない。

 詩織は安堵した。

 これで──

 誰も私を襲わない。

 互いを疑い合って、私には近づけない。


 夜、パーティが終わった。

 詩織は自分の部屋に戻った。

 ベッドに座り、深呼吸をする。

 ついに──

 ついに、死なずに済んだ。

 詩織は微笑んだ。

 鏡を見る。

 映っているのは──

 勝利した女。

 詩織は立ち上がった。

 窓の外を見る。

 月が美しい。

 そのとき──

 違和感。

 詩織は自分の手を見た。

 手に、何かがある。

 ナイフ。

 詩織は驚いた。

 いつの間に?

 なぜ、私はナイフを握っている?

 詩織はナイフを見つめた。

 そして──

 気づいた。

 ナイフの刃が、自分の方を向いている。

 詩織は笑った。

「そうか」

 彼女は呟いた。

「私が──私を殺すのね」

 詩織の手が、動き出した。

 自分の意志ではなく。

 まるで──

 誰かに操られているように。

 ナイフが、詩織の胸に近づく。

 詩織は抵抗した。

 だが、手が止まらない。

「やめて」

 詩織は囁いた。

「やめて!」

 だが、手は動き続けた。

 ナイフの刃が、胸に触れる。

 そして──

 詩織は鏡を見た。

 鏡の中の自分が──

 笑っていた。

 冷たく、狂気じみた笑み。

 鏡の中の詩織が、囁いた。

「あなたが、私を殺すのよ」

 詩織は叫んだ。

「違う!」

 だが──

 ナイフが、胸に突き刺さった。

 激痛。

 詩織は床に倒れた。

 血が流れる。

 視界がぼやける。

 最後に見えたのは──

 鏡の中の自分。

 まだ、笑っている。

 そして──暗転。


 目が覚めた。

 10月22日。

 詩織は動かなかった。

 ただ、天井を見つめていた。

 涙が流れた。

「私が──」

 彼女は呟いた。

「私が、私を殺している」

 詩織は起き上がった。

 鏡を見る。

 映っているのは──

 恐怖に歪んだ顔。

 詩織は鏡に近づいた。

 自分の顔を見つめる。

「あなたは、誰?」

 鏡の中の自分が、答えた。

 いや──答えたような気がした。

「私は、あなたよ」

 詩織は笑った。

 狂気じみた笑い。

「そうか」

 彼女は呟いた。

「敵は──外にいるんじゃない」

 詩織は鏡を叩いた。

 ヒビが入る。

「敵は──ここにいるんだ」

 彼女は自分の胸を指差した。

「私の、中に」


第7話 終

次回、第8話「記憶の底」

詩織は自分が自分を殺していることに気づいた。なぜ?答えは、封印された記憶の中にある。10年前、詩織が犯した罪。その罪悪感が、無意識に「死にたい」という願望を生んでいた──

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