第二章 消えたティッシュ

カーテンの隙間から、朝の光がまぶしく差し込んでいた。

鳥の声が聞こえ、いつもと変わらない穏やかな朝。

けれど──蒼汰の胸の中は、昨日のわくわくした気持ちでいっぱいだった。


「今日、ママと歯のケース買いに行くんだ!」

そう言いながら、リビングへ駆け込む。


……あれ?


テーブルの端に置いておいたティッシュが、ない。

昨日、ちゃんと「捨てないでね」って言ったはずなのに。


蒼汰はテーブルの上を覗き込み、椅子の下をのぞき、床にもしゃがみこんだ。

どこにも見当たらない。


「ママー! ここにあったティッシュ知らない!?」

「ティッシュ? ううん、ママ触ってないよ。おじいちゃんに聞いてみな?」


キッチンの奥から、新聞を畳む音がした。

湯のみを手にしたおじいちゃんが、何気ない調子で言った。


「ああ、あれならゴミだと思って捨てちゃったぞ」


一瞬で、頭の中が真っ白になった。


「……え……?」

声が震える。

「捨てないでって言ったのに! あれ、歯が入ってたのに!!」


おじいちゃんが眉をひそめる。

「なんだと? そんな大事なもんだったのか。すまん、蒼汰──」


「なんで!? ちゃんと言ったのに! おじいちゃんのバカ!!」


言った瞬間、胸の奥がじんっと熱くなる。

それでも、止められなかった。


「……おじいちゃんなんて、大っキライっ!!」


目に涙がにじみ、頬を熱く流れる。

胸の奥がぎゅっと締めつけられて、言葉にならない思いが溢れた。


「もう知らないっ!!」


蒼汰はそのまま駆け出し、自分の部屋のドアを思いきり閉めた。

バタンという音が家中に響き、しばらくのあいだ、誰も動けなかった。


おじいちゃんは湯のみを手にしたまま、呆然と立ち尽くしていた。

手の中の湯気が静かに揺れ、少しずつ消えていく。

その白さの中に、どうしても掴めない“孫の気持ち”が浮かんでは消えた。


窓の外では、春の風が木の葉を揺らしていた。

まるで、何も知らないふりをするように。




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