第9話 初配信
ゆきちゃんがスタジオに入ったのをしっかりと確認してからより姉がわたしに確認してくる。
「それでこっちの手筈は整ってるのか?」
もちろん抜かりはないとばかりに笑顔でサムズアップ。
ゆきちゃんのことに関してはわたしに任せてもらえれば万事大丈夫。マネージャーかってくらい予定を細部まで把握してる。
スマホを取り出し、動画アプリを立ち上げる。そこに表示されている配信者のチャンネル名『雪の精霊/YUKI』
「そのまんまじゃねーか!隠す気ほんとにあんのか?」
わたしもまさかとは思っていたがものは試しと検索してみたら一発で見つかったので思わず笑ってしまった。普段から自分を雪の精霊だって言ってるのにそのまんまって。
これでわたし達には秘密にしておきたいって言うんだからどこまで本気なのか疑っちゃうよね。
「完璧人間なのに変なところで抜けてやがる」
まぁそういうのもゆきちゃんのかわいいところなんだけどね。
「天然さんなのかしらね」
かの姉もくすくす笑いながらスマホを操作してる。
「記念すべきゆきの初配信はスマホじゃなくて大画面で見たい」
「ナイスアイデア、さすがあか姉!テレビにつなげるね」
アプリを使ってスマホをテレビ画面にリンクさせたところで配信開始3分前。
今頃ゆきちゃんはどんな気持ちでいるんだろうな。
不安半分ワクワク半分ってところかな?
わたしもまたこうやって画面の向こうにいるゆきちゃんを見ることのできる日が再び訪れたことをとても嬉しく思っている。
子役の頃から画面の向こうでキラキラと輝いているゆきちゃんを見るのが好きだったから、突然引退したときは寂しくてわたしの方が泣いちゃったくらい。
アメリカではヒットしなかったしすぐに活動休止しちゃったからテレビで見る機会もほとんどなかった。
媒体は変わったけどこうして画面越しにキラキラするゆきちゃんをまた見ることができる。ゆきちゃん本人よりわたしの方が嬉しさで興奮してるかもしれない。
「始まるよ」
カウントダウンが終わって画面が切り替わり、さっきゆきちゃんに見せてもらったアバターが画面に大きく映し出された。おー動いてる!
『見に来てくれたみなさん、はじめまして~!わたし、今日からVtuberとしてデビューしました雪の精霊、YUKIです!初配信なのに160人も来てくれたんだね!ありがと』
絵師さんの最高傑作だけあって確かにかわいいし、コメントを見ていても見た目の賞賛がたくさんある。でも、なんというか……。
「毎日あの顔を見ながら話してるからあんまり意識したことなかったですけど、ゆきちゃんって声もかわいいんですのね」
そう!いざ声だけに注意して聞いてみると抜群にかわいい。多少余所行き用の声を作ってはいるものの、聞いてるだけで癒されるような笑顔になれるような。ドキドキする。
「声だけで十分お金とれる」
違いない。ゆきちゃんの声にはそれだけの魅力がある。Vtuberでも十分人気が出るだろう。
「その声で毎日起こしてもらってるあたしらは幸せもんだな!」
より姉の言う通り、ゆきちゃんに朝起こしてもらうと目覚めがいいのもこのかわいい声を聴くことができるからかもしれない。
コメント欄も最初はキャラの見た目への反応だったけど、ゆきちゃんが自己紹介をするとコメントの内容も変わっていく。【これは声とキャラが見事にハマってますな】【カワユス】【耳が幸せ~】【推し決定】声そのものに対する評価も好評なものばかりでみるみるうちにチャンネル登録者が増えていく。
その流れに便乗してわたしもちゃっかり登録。お姉ちゃんたちもこのタイミングを逃さずにしっかりチャンネル登録をしたみたい。
「これでまたゆきちゃんを愛でる機会が1つ増えたね」
「いつでも好きな時に聞けるのがいい」
「こりゃ睡眠用にもいいかもな」
「ゆきちゃんにバレないようにね」
本気で隠す気があるのか疑うレベルのチャンネル名だけど、本人が恥ずかしがってるのだから知らないふりをしてあげるのも思いやりだよね。うん。
賞賛のコメントとはじめましてのあいさつが落ち着いてきたころにゆきちゃんの絵を描いた絵師さんからコメントが入った。【日向キリ:配信開始おめでとう!この日が来るのを指折り数えて心待ちにしてました】ただの祝福コメントにしては熱量が高い。
『キリママも来てくれたんだ、ありがとう!みんな、YUKIの産みの親のキリさんです!以前からわたしの推しの絵師さんなんだ!』
キリさんは絵師界隈でもそれなりに名前が通っているらしく最初は【おぉキリさんの絵だったのか】【キリさんの絵ワイも好き】なんてコメントが並んでいたけどそのうち【でもなんか今までの作品よりクオリティ高くない?】【めっちゃ丁寧に書いてある感ある】【レベチでかわいいやん】というコメが出てきた。
【日向キリ:とある事情によりYUKIちゃんの絵は全力を注いで書き上げた最高傑作】ということなので知っている人ならだれの目から見ても分かるくらい気合の入れようが違うみたい。
本当に頑張ってくれたんだと、ゆきちゃんの身内としては感謝の言葉しかない。
『わたしも仕上がった絵を送ってもらって一目で気に入っちゃったよ!キリママありがとう!』
【日向キリ:YUKIちゃんのおかげで絵師としてワンランク上がった気がする。こちらこそありがとうだよ】それだけ苦労したんですね、お察しします。
リスナーの人たちはよく意味が分かってないみたいだけど、わたし達姉妹にはキリさんの苦労が良くわかる。
ゆきちゃんのかわいさを2次元に落とし込むなんてマジ無理ゲーだよね、ほんとお疲れさまでした。今後のさらなる飛躍と活躍が楽しみです。
『あいさつも終わったところで今後の活動方針を発表します!わたしのチャンネルの主なコンテンツは歌とダンスです!いいネタがあれば何か企画ものをやるかもしれないけど、メインはあくまで歌とダンス。基本はわたしが自分で作った曲を歌うけど、リクエストがあれば歌ってみたや踊ってみたもやってみたいかな。リクエストはボカロなんかの著作権のないものにかぎらせてもらうけど希望があればSNSの方にどんどんメッセージくださいね。生配信は毎週土曜日の21時予定!初回はいきなり明後日だね!動画投稿は月水金と週3回を予定してるよ!』
これでわたし達4姉妹の毎週土曜の夜の予定が決まった。ゆきちゃんの生配信を見逃すわけにはいかない。
【毎週新曲をだすの?】【ふつーに無理じゃね?】まぁ常識的に考えて毎週新曲を出すとか無理だよね。でもゆきちゃんはそのへん普通じゃないからなぁ。
『途中リクエストなんかも受けるつもりだし、どうしても間に合わなかったら他の曲もやるつもりだけど、作りためてある曲がそこそこあるんでしばらくは大丈夫だと思う!』
【ダンスも自分で?】ゆきちゃんは歌ができたころにはもうダンスもできている。横で見ていたら神業にしか見えない。
『そうだよ!曲を作りながら同時に頭の中で振り付けもできていくからそんなに苦にならないし』
当然のことのように言ってるけどそれが一般的なわけもなく【え、それって普通なん?】【いやフツーじゃねっしょ】【天才?】【そういえば昔、曲歌詞ダンス全部自分で作っちゃう神童子役っていたよな】当然そうなるよね。
そんなこと簡単にできる人がゴロゴロいてたまるか。いきなり核心つかれてゆきちゃん動揺中。
『そ、そうなんだ!世の中上には上がいるもんだね!あははは』
誤魔化すの下手か。とりあえず落ち着け。
『こないだアメリカから日本に帰ってきたばかりで芸能関係とか疎いから知らなかったよ。わたしも負けないようにがんばってみんなに歌声を届けていくね!』
「……これ誤魔化せてんのか?」
「さぁ……。突っ込みがないからある程度は信用されてるのかな?アメリカに渡ったっていう情報までは一般に出回ってないだろうし」
「名前もそのまんまだしバレるのも時間の問題……」
「バレようがバレなかろうが人気が出るのは間違いないですね~。こんなにかわいいんですもの」
それについては同意。容姿と声両方とも受け入れられてるし、なによりゆきちゃんの歌を聞いて魅了されない人なんていないもんね!ゆきちゃんの歌声を聞いた後のリスナーさんの反応が今から楽しみで仕方ない。
『それじゃ、さっそく明後日わたしのデビュー曲を披露しちゃいますね!あと、歌の後に大事な発表もあるのでみんなぜひ見てくださいね~!』
Vtuberとしてのゆきちゃんの初舞台は好印象で終わった。大事な発表ってなんなのかすごく気になったけど、本人に直接聞くわけにもいかないから明後日の生配信を楽しみにすることとしよう。それよりゆきちゃんが戻ってくる前に証拠隠滅しとかないと。
それぞれスマホをポケットにしまい適当にテレビのチャンネルを変えて何食わぬ顔でちょうど放送されていたバラエティ番組を見ていた風を装う。途中からだから内容は誰もわかってないけど。
少ししてゆきちゃんが戻ってきた。
「終わったよ~。緊張したけど楽しかった!」
「おつかれさん。デビューおめでと」
より姉がそう声をかけると嬉しそうにパタパタとスリッパの音を鳴らしながら小走りで寄ってきていつもの指定席にストンと座る。こんな仕草のひとつひとつもかわいい。
「これからまた歌が歌えるな。ゆきおめでとう」
「より姉、あか姉もありがと!もうデビュー曲はしっかり出来上がってるし早くカメラの前で歌いたいよ」
本当に楽しみで仕方ないんだろうな。子供のように足をぱたぱたさせながら目をキラキラさせている。こうやって生き生きとしたゆきちゃんはやっぱり誰よりも輝いていてかわいいしキレイでかっこいい。憧れるなぁ。
それぞれが確信をもってゆきちゃんに激励の言葉をかけていく。
「ゆきちゃんならすぐに人気者になれますよ~」「応援してるから頑張ってね!」姉妹全員がゆきちゃんなら必ず人気者になれると信じて疑っていないのだ。
「かの姉ありがとう。ひよりもありがとうね!お兄ちゃんいっぱい頑張るからいっぱい応援してね!」
そう言って隣にいるわたしの頭を撫でてくれる。むふ~、顔の筋肉が緩んでしまう……。ゆきちゃん大好き!
「ひよりちゃんだけズルいです!」
「私も頭ナデナデ所望」
2人の姉から苦情が出るとゆきちゃんは2人に飛びつくように抱き着いていって両腕を使いかの姉あか姉の頭を撫でてあげている。2人ともだらしないくらい表情が緩みまくっている。さっきのわたしも同じような顔してたんだろうな。
より姉は微笑ましい光景を見るかのような笑顔を浮かべて珈琲をすすっている。元の位置に戻ってきたゆきちゃんは何も言わずより姉をハグしてナデナデ。
「ちょ、わたしは頼んでねーぞ」
そんなこと言ってるけど顔が緩みまくってるよ、より姉。
「顔に書いてあったもん」
ゆきちゃんに強がりは通用しない。些細な表情や仕草から分かるのか、人の心が読めるんじゃないかと思うくらいこちらの気持ちを的確に読んでくる。
寂しかったり、悲しかったりした時、ゆきちゃんは見逃さず声をかけてくれる。相談に乗ってくれることもあれば何も言わずずっとそばにいてくれることもある。
こちらがしてほしいと思うことを何も言わなくてもしてくれるの。
逆にいいことがあって喜んでいる時も一緒になって自分の事のように喜んでくれる。
そうやって1人1人の心にきめ細かく寄り添ってくれるところがゆきちゃんの本当の魅力なのかもしれない。
ゆきちゃんが隣にいてくれるだけで安心することができる。そういうところも含めてわたし達姉妹4人は全員ゆきちゃんのことが大好き。
姉妹同士も十分に仲がいいんだけど、なんだかんだで中心にはゆきちゃんがいることの方がほとんど。誰もブラコンであることを隠そうともしない。
こんなにわたし達に溺愛されているゆきちゃん、きっと世間からも愛されるだろう。ゆきちゃんの魅力の前では老若男女問わずメロメロに決まってる!
初配信でテンションの上がったゆきちゃんがかわいすぎてつい遅い時間まで盛り上がってしまった。
これから頑張って!わたし達はいつでも見守ってるからね、ゆきちゃん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます